五、魔女の接見
「キサマ、ここがどこだかわかっているのか?」
彼女が現れたその時まで、城でくつろぐ私の前に、こうまで無謀にも堂々とやってきた者などありはしなかった。
抜き身の剣も持たず、血の匂いもしない。むしろ、花かお菓子の匂いを纏った彼女は、ふわふわと甘そうな感じすらした。
あの白い肌に牙を立てたら、さぞやうまかろう……。
睨むでなく怯えるでなく、まん丸に広げられ、楽しげな光を帯びた茶色の瞳。その上の眉も笑うように弧を描き、そばかすの散る小さな鼻がちょこんとあって、端のあがった薄い唇が幼さを演出する。
こめかみあたりで前髪が跳ねたこげ茶のクセ髪は、後ろで一つにまとめられ、細いリボンで括られている。指にでも引っ掛けただけで容易く破れてしまいそうな布で出来た衣服を纏い、加護どころか保護魔法すらろくすっぽかけてなさそうだ。
そんな無防備な様で、はしゃぐようなさえずり声で、まくし立ててくる。
そう、私を崇める連中は、私の前へこうまでずかずかとやってきたりしない。
名前が何度となく会話の中で持ち出され、なんとなしどんな輩かわかってきたあたりで、やっと挨拶をしに来るのが普通だ。しかも、そうまで手順を踏んだとしても、直接の会話など交わしたりせず、決まり事のような挨拶に対し、常に私の側に控えている連中が勝手に返事をするばかりだ。
私を煩わせるような連中は、こうまで無防備に現れたりしない。
無駄な口上を述べる者もいるが、大抵は抜き身の剣と血の匂いを引き連れて、ギラギラした目で睨みつけてくるばかり。
私がその手を振るえば、ひとたまりもなく血肉の塊と化すくせに、生意気に歯向かってこようというのが煩わしいばかり。
こうまでのんきに話しかけてくる輩など、ついぞいなかった。
私のそばに来る者など、今までその二種しかいなかったから……だから、どう対応していいものか、混乱が先に出た。
「……なんなんだ? キサマは。おい、誰かおらんのか、こやつをつまみだせ」
そうだ、こやつがなんでここに来れたのか、いつもすぐ側に控えている輩が、こんな奴を通すわけがない、こんな態度に黙っているわけがない。
そこではじめてそいつらの不在を察したものの、全く興味などなかったものだから、いつもどこに控えていたかすらわからなかった。
イラつく気持ちが抑えられず、ドンッと叩いた椅子の腕が、パキッとあっけなく割れる。
わずらわしさに手を振るい、魔力の力を唸らせる。そうすれば、こいつもまた、すぐに黙るものと思っていた。だけども、振るった力はすぐさま立ち消えてしまう。
こんなことはついぞなかったものだから、もう一度同じことをしようとしても、慌てて力は振るう前にぽしゃんと消えた。
「悪いんだけど……魔力は使えないようさせてもらったよ」
もう一度、もう一度と繰り返してみるものの、先ほどはシャボンのような形で現れていた魔力が、今や陽炎程度にくゆり消えてしまうばかり。
「まぁ、やり方は簡単で……誰でもわかればなぁんだってなものなのに、誰もやらないものなのよね。禁じ手ってわけじゃないんだけど、意外と盲点? っていうか、わかっているけどやらないのがマナーってな感じなのかしらねぇ。でも、常々思うんだけど、どうして戦争やら喧嘩やらでもそういうお約束っぽいことを守らなきゃいけないのか……ルール無用って言っておいてルールがあるみたいな、なんかいやぁなとこではあるわけだけど……」
「なんなんだ」
「え? あぁ、だからね、何をしたかっていうと、あなたが影響を与える前に、そのもののバランスを崩すことによって使えないようにしたのね。水面に渦を作ろうとしても、波立っていたら出来にく……」
「だからっ……お前は、なんなのだ」
「……私? 言ったじゃない、賢者だって」
「あぁあ、もう、わけがわからん」




