四、魔女の居城
「イヤァ、ヤメテェ……イタイ、イタイ、イタイ……コロサナイデ」
歩むのに邪魔だったから、目の前に居るものを排除した。
「クルナ、アッチヘイケ、バケモノ」
繰り返し繰り返し言われる言葉を口にしている間に、言葉というものの存在を理解した。殺していった人々の悲鳴から、罵声から、それを学び口にした。
笑いながら呼応するその言葉の意味を、理解したのはいつだったか、いつのまにか周りには私に媚びへつらう者達が存在していた。
お腹が鳴ると、人の死骸が目の前に転がった。
欠伸をすると、側に褥によさそうな藁が、落ち葉溜りがあった。
服が汚れると、きれいな布が、服が、投げかけられた。
怪我をすると、治癒の力がふわりとまとわりついてきた。
睨みつけると、わずらわしいものが寸時に消滅した。
気づけば、自分で力を振るうまでもなく、密かに周りに潜む者達がが不快を緩和するようになっていた。
命じる必要などなく、褒美や賞賛を与える必要もなく、ただただ、私のためだけに働き、私を崇め奉るその連中。私の力は重々承知か、不用意に近づいてくることもせず、私の望みを叶え、控えている。
初めはうっとうしくてそうした連中もまた排除していたが、殺せば殺すほどに増えてゆくばかりで、途中で呆れて放っておいた。
そのうち、私のためにと城が築かれた。
城……それは、わずらわしい連中から隔離され、ぼうっとするにはうってつけのものだった。
美的感覚など知れた魔物たちが作り出すした城は、石を積み重ねた程度の無骨であるばかりのものだったが、人間達のところより奪ってきたらしきタペストリーで埋め尽くされ、それなりに居心地がよく設えられていた。
衣食に不自由がなく、常に清潔に保たれており、雨風にあたる心配もない。暗ければ明りが灯され、眩しければ光が遮られ、寒ければ暖められる。
幾度かわずらわしい連中も訪れたが、私のくつろぐ部屋にたどり着く前に排除された。
それでも、初めに味わったあの世界の居心地の良さとは比べるべくもなかった。
帰りたい、帰りたいと思えども、もう帰ることなど叶わぬあの世界。
あの世界を渇望しては、耐えかねて城より出奔し、やがて疲れて城に戻る日々。
望みは叶えられず、叶えられる者もなく、だが、私を封じる者もない。
渇望と絶望とを繰り返し、退屈と怠惰の日々を過しゆく……ずっと、そんな日がそのまま続くものと思っていた。
「あなたが、魔王たちの言う王? でも、魔王というよりは……魔女? うぅん、どっちかってぇと、オコサマよねぇ。そうよ、魔女じゃあなくって、魔子よね」
「なんだ、キサマは」
「私? 私は賢者よ」
「なに?」
「あらっ、賢者っていう存在を知らなかったかしら? そうよね、こんな城に引きこもってちゃぁ、人間社会の職なんて分かりはしないわよね。あらゆる知識を用いて人を導く者だとか、占星術の学者というのが主だけど、私の場合は、魔術と学問を修めたということで頂いた位よ」
「……賢者だろうが何だろうがどうでもいい、キサマは何なのだ」
そう、あの妙にしゃべりまくる女が、ずかずかと城に上がりこんでくるまでは……。




