三、魔女の歩行
地面に這い蹲い進めば、下敷きにした小石や岩の突起が肌を傷つけていく。手足や腹が血だらけなのは、死肉を喰らったせいばかりではない。無数の傷から噴出す血に濡れ、それが乾く間もなく、痛みはいや増すばかり。
痛くて辛くてしょうがなながら、傷を一つ塞ぐ動きで、新たな傷を作ってしまうようではどうしようもない。
だから、まず飛ぶ術を身につけた。
ふわり空に浮いてしまえば、石も岩も触れてこない。だけども、浮遊したままの不安定な状態では、出来ることも狭まってしまう。一つことに対処する間にバランスを崩し、地面に叩きつけられてしまう。
葉が顔にかかっていやいやと首を振る間に地面に落ち、鳥が側を通り過ぎる風に驚いては地面に落ち、遠くがうまく見渡せられずに気がそぞろとなりて地面に落ち……。
二本の足の裏だけつけて進む術を覚えたのは、それからどれだけたってからか。
浮遊の最中に見た人影を真似て、両足のみを地面につけて立とうとするも、足はすぐに弛緩し、地面にへたり込んでしまう。膝はかくり折れてしまい、どうしてもまっすぐにいてくれない。なんとかバランスが取れたかと思うと、すぐに崩れて新たな傷を作る。
足のつくりが違うのか、自分の足がどこかおかしいのか、近場を通る人の気配を探りとり、その足を奪って、肉を骨を指で探った。
軟骨が少なくて、骨と骨との隙間が狭く、裏側は平らではなく内側にアーチがある。自分の体を作り変え、その痛みに疲弊した。
そこまでしたというのに、軽く浮遊し両足を地面につけて立とうとしても、やはりへたりと地面に伏す。
足だけではダメなのだ、膝が、腰が、背骨がと、すっかり体全体を作り変えた時には、屍は山となっていた。
なんとか立つことに慣れれば、全ての傷を塞いで止血し、ようやっと人心地がついた。塞いだ傷の内すらも、砂や土で汚れていれば、痛みは止むどころか増すばかり。
小石が入り込んでしまっている場所こそが一番痛いと気づけば、その小石を、砂をと排出してゆく。
でも、痛みを完全に排除する術までは、わからなかった。
体を構成する全てを増幅させることも、わからなかった。
そして、次にどうすればいいかもまた、わからなかった。
小さな体に大きな痛みを抱えたまま、不自由なこの世界で不快さをどこから解決していけばいいのかわからない。あの世界に戻れないことはわかっていても、次に、どんな手を打てばいいのかわからない。
気持ちが高ぶって、すんっすんっと息を乱していると、ぼろぼろと目から零れ落ちてゆく滴りに、頬にへばりついていた血が流されていった。
不意に、舌にあの時のとろけるような甘さが蘇る。
あの世界の匂いを纏った屍から感じた、あの、甘い味わい。それは、山と築いた屍の、探る最中につまみ食いしたどの肉とも違っていた。あれほどまでの死肉を齧ってみたというのに、一つとてあれと類する味わいはなかった。
柔らかな二つのふくらみを持つあの者は、おそらく稀有なのだろう。クセになる赤い滴りもそれなりにうまいが、あの、舌にとろける快感には敵わない。
探せば、どこかにまた同じものがあるのだろうか、あの世界に戻ることができぬのならば、せめてこの世界で唯一のこの喜びばかりは追いたいものだ。
まだ慣れぬ歩みでもって、進むは人の気配の多い場所。
食を求めてそうしたことで、どのような騒ぎが起こるのかも、まだわからぬながらの歩みだった。




