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無駄口娘と勇者と魔女と……  作者: あまみ
序章【魔女】
2/7

二、魔女の戦闘

 私の爪は鋭くして硬く、そして、その肉は驚くほどに柔らかかった。

 今まで、どうしてこの世界を壊さずにいられたのか、自分で不思議に思うほど、私を包む肉はなんとも柔らかくして、もろかった。

 とても大切に大切にしていた世界を、自分でぶち壊し、そうして外に出た途端……。


 世界を取り巻く全てのものが、私を攻撃してきた。


 羊水のたまった肺を作り変えねばならぬほど、辺りは水気が足りず、汚れた空気は肺に刃を突き立ててくるよう。

 羊水で潤っていた肌は干からび、ともすればぱりぱりとはがれてしまう。その下の皮膚を外気から守るべく、丸めた身を震わせ両手で掻き抱いた。

 周りはあまりに明るすぎて何も見えず、そのくせそのわずらわしい光と色彩に目が行ってしまい、周囲の様子を察する力が散漫になる。

 地面は硬く肌を傷つけ、せっかく広くとも立っていることすら叶わない。


 こんなに生き難い世界に放り出されたことに、まず、涙した。


 あの、心地よかった世界の、なんと素晴らしかったことか。失う前とてそう思っていたものを、失ってなお強く思う。

 今更どんなに語ったとて、あそこへ戻ることができないのは承知しながら、私は腹の中に納まっていた羊水や血を吐き出しながら、声の限り泣きわめいた。

 振り返れば、ずたずたになった腹を曝して横たわる女がいるばかり。


 もう、あの世界の入り口すらわからない。


 後悔に心揺さぶられている私に、突きつけられた冷たい刃。触れる鋼の感触は、あまりにもあの世界の優しさからかけ離れていた。

 鼓膜を直接揺さぶる声のわずらわしさ以上に、激しい怒りを感じずにはおられず、私は、それを掴んだ。


 あぁ、うるさい、うるさい、うるさい、うるさいっ!


 なんと、この世界はわずらわしいのだろう、そのわずらわしさを振り払おうと、逆の手を振りたてた時、私を攻撃していたこの世界が、私に従った。

 私の手の動きにあわせるように、渦巻きながらに目の前の輩を弾き飛ばし、手の届かぬところに居る者までも、もんどりうって転がる。

 回りを取り囲っていた連中が一掃されて、やっと、少しの静寂が取り戻された。


 でも、まだ、足りない……。


 転がった連中はすぐに立ち上がり、警戒を帯びた目でこちらを睨みつけてくる。

 私の周りの風は、相変わらず私に従い、竜巻のように渦巻いて去ってゆく。この力だけでは足らぬのだと考えるも、どうしていいかわかりもせず、吹き抜ける風を腕に絡めとる。手の中に凝縮したところで、自分の長く鋭い爪を見た。


 この爪ならば、あの世界を滅ぼしたように、このわずらわしい者たちも滅ぼせるのではないかと思いして、手の中の風に自分の爪のイメージを乗せて、投げつけるようにその手を振りたてる。

 その風は、刃のように鋭くも、連中を切り裂き、血と肉片とに変えて行った。

 生臭い匂いが辺りに充満し、血溜りの中に、もう、あのわずらわしい音を立てるものはいなかった。


 そうして、やっと、私はこの世界で安堵した。


 ほうと吐き出す息を、風がそっと浚ってゆく。

 ふと、あの世界の匂いがした気がして振り向けば、初めに屍となった女が横たわるのみ。なぜ、この女からその匂いがするのか、わからぬながらにその傍らに膝を付けば、惹かれるようにその死肉を食らった。

 冷たくなった肉はなんともまずく、どこもかしこも骨ばっていて筋ばっていて、食べられたものではない。だけども、ずたずたになった腹の上にある二つの丸みだけは、とろけるようにうまかった。

 その甘さだけ食らい尽し、私は、同じものを求めてその場を立ち去った。

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