一、魔女の誕生
――ねんねこねんねん、ねんねこねんねん、かわいいかわいい私の子……。
まどろみの中で、その声だけは、常に優しく柔らかく響いていた。
水を経て、遠く響くその声。なんとも幸せそうな女性の声。
どくんどくんと鼓膜に響くは心臓の音、生命の音。
初めて、自分というものを意識したその時、世界は酷く狭くして、暖かかった。
柔らかな肉に包まれて、手足すらも伸ばせぬほどでありながら、そこはなんとも居心地がよく、常に、幸福というものにたゆたっていたような気がする。
生命が……全ての生命が、一番初めに味わうことのできる、至福の時……。
ずっと、ずぅっと……このまままどろんでいたいと思っていた。
それが、決して叶わぬ夢であることを、心の端で理解していながらも……ずっと、永久にこうしていたいと思っていた。
小さな歌声は、耳をくすぐり甘く響く。
時折、なにやら刺々しいものが混じれど、そんなものはすぐに立ち消え、常と変わらぬ心地よさが立ち戻る。
後を引くことなどはなく、ぽわぽわとまたまどろみの中に戻れば、そんなことがあったことすら忘れられる。むしろ、それを感じる前よりもいっそう感じる幸福感に、めまいがするほど。
そう、いつもならば……
すぐにまたまどろみのなかに戻れると思いきや、今日ばかりはその不快感が増しゆくばかり。
激しくなる心音が鼓膜を震わせる。どくどくと激しくなりゆき、そのまま破裂でもしてしまいそうだ。
周りを包むものがひんやりとした不快感を忍ばせ、硬くなりて私の身を苛む。
外よりけたたましくも騒々しい音か、声かが聞こえてくる。煩いと、いつもは柔らかく歌う彼女の声がそれに幾度も重なり叫ぶ。
わずらわしくてしょうがないものがあふれかえり、酷く怯えた感情がぶつけられる。
何か、あったらしい……。
彼女に、自分を包むものには、敵わぬ何かがあったらしい。
だけどもそれは、おそらく私にならどうにかできるということも、理解していた。
この、暖かな世界を出てゆけば……。
そうすれば、このわずらわしさを生じさせた何かを始末できる。
けれども、再びここに戻れるのかどうか、出て行った先がどういう場所なのか、全くわかりはしない……いや、嫌なことが待ち受けているだろうことしか分からないと言ったほうがいいだろう。
それでも私は、この暖かな世界を揺るがす何者かが許せなかった。
そう、そこに、人がいる。
この小さな世界をぶち壊しにする、わずらわしい人。
この、暖かな世界に私をとどまらせたままにしてはくれない人。
そして、この世界を恐怖させる人。
どくどくどくどくと、心音はどんどん高まり、わずらわしさを増しゆく。
周囲が、暖かいから熱いに変わり、扇動するように肉壁が揺れる。
……あぁ、わずらわしい。
そのわずらわしさに耐えかねた時、私は、私の周りを柔らかく包んでいた肉の壁に爪を立て、切り裂いた。
あふれでる血にうごめく肉を掻き分けて、金きり声を聞きながら、その、暖かく心地のよかった世界を後にした。




