1 召喚
空は既に藍色に染まっていて、空気も冷たくなってきている。もう一日も終わりに近づいていると、何故だかしんみりとした気分を抱え、俺は家に向かっていた。
体育祭まであと一週間をきり、看板の製作とやらのせいで、帰宅部の俺までかり出されなきゃいけなくなっていた。勿論日中はその練習もあるわけで、一般男子高校生以下のスタミナしか持っていない俺は、十人中十人がそうと言うほど疲れきっていた。しかも、何をどう思ってかこの学校は、体育祭の三日後にテストという、迷惑極まりないスケジュールをたててくれている。日中の練習に疲れ、看板作りに走り回り、疲労困憊で帰ればテスト勉強が待っているのだ。明らかにおかしいと思いながら、俺は溜め息を吐いた。
その疲れもあってか、俺は足元をよく見ていなかった。もし見ていたら、明らかに奇妙なそれに気が付いていただろうに。
ずぶ、と何かに沈むような感触がし、踏み出していた右足を見ると、それはくるぶしまで地面に沈んでいた。正確に言えば地面ではなく、ゆっくりと渦巻く円形の『なにか』だ。悲鳴を飲み込み、何とか抜け出そうと試みるも、足は泥沼にはまったかのようにどんどんと沈んでいく。異常過ぎるその光景に、背中に暑さからきたのではない、冷たい汗が流れた。渦巻くそれは既に膝まで呑み込んでいて、だんだん広がっていっている様にも見える。これはかなり、まずいことになっているんじゃないか?頭は既に冷静に物事を考えられないほど混乱していて、どうしよう、という思いだけがぐるぐると回っている。『なにか』は投げ出してある俺の鞄まで呑み込み、もう胸まで迫っていた。これではもう、抵抗のしようもないだろう。
そこまで考えて、俺はもがくのを止めた。どうせ、もがいたって結果は変わらないだろうと思ったからだ。これに吸い込まれて終わり。ただそれだけだ。
『なにか』は、俺の腕を引き、ついに肩を呑み込んでしまった。
そこでふと、数ヵ月前読んだケータイ小説を思い出した。それは、主人公が異世界に行って英雄になる、というような内容だった。確かその主人公も、街中に現れた奇妙な穴に吸い込まれたような気がする。そして、着いた先が異世界で、そこに蔓延る魔物を相手に大活躍し、人々に英雄として称えられたのだ。
それならもしかして、これも異世界トリップとか、そういうアレじゃないか?
そこまで考え、そんなガキ臭い考えに自嘲じみた笑い声を漏らした。ありえない。あれは小説の世界で、こっちは現実だ。細く溜め息を吐き、俺は沈んでいくそれの流れに身を任せることにした。
やはり俺はここで死ぬのだろうか?
一抹の不安が胸をよぎる。死ぬのは誰だって怖いだろう。でも、特にこれといって未練もないし、案外それも良いかもしれない、と考え直した。
このあとどうなったとしても、俺は無事ではいられないだろう。それが死でも、異世界トリップだったとしても。だから俺は呑み込まれかけた口で、こう呟いた。
「さよなら、俺。」
俺の意識は、そこで途絶えた。
初めまして、遊兎と申します。
文才のない私の処女作ということで、凄く酷い作品になると思いますが、よろしくお願いします。