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森の中で

作者: 佐倉 紅

 ひっそりとした森の中。すでに日も落ちていて、月の光がところどころ木々の間からこぼれているだけだ。

 そんな中で一つ、ぽつん、と森の中では目立たないであろう黒いテントが存在していた。

 辺りには背中に寒気が走るような気配が漂っている。フクロウなのか、時折「ホーホー」という鳴き声すらも聞こえてきて、感じられる恐怖がより一層大きくなってきている錯覚すらさせる。

 この、森の中で佇み、生気に溢れているとはお世辞にも言い難い、せいぜい十代後半にしか見えない少年。

 少年の中で、この状況下において突然見つけた黒いテントというのは、恐怖なんかよりも驚きや興味のほうが外に出てくる存在になっていた。

 本来ならやらなくてもいいこと。自分の中でやってはいけないと決めたこと。

 そういったものをすべて打ち砕かれているようだった。

 そして、少年はそのテントに向かって歩いていく。まるで、どうしようもないものに操られ、引き寄せられているようだった。

 テントの中は明かりが点いていて、中で誰かが動いている影を映し出していた。影は大きいわけではなく、むしろ小さい子どもを想像させるものだった。

 興味が出てきてしまった少年は、ついにそのテントの中に入ろうとしてしまう。

「一体、テントの中で動いている影は何なのだろう?」と。

 テントの中に入ろうとした瞬間、中から少女が出てきた。少女はあたかも当然のように少年の手を引っ張ってテントの中に連れ込んだ。

 少年は少女の行動に驚いたが、テントに入った瞬間にはそんな感情はなくなってしまった。少年は思考停止に陥ったのだ。

 その原因はテントの構造。外から見た感じだと、テントの大きさはせいぜい四人くらいがゆったりと入っていられるくらいだった。しかし中に入ってみると、外見なんか比較にならないくらい広かった。パッと見た感じでは、ちょっと広めの一軒家くらいはあった。

 わけのわからないテントと少女に、少年は混乱してしまい間抜けな顔で口を開けたままになっていた。

そんな少年を見て、少女は可笑しそうにクスクスと笑った。そして、

「おいで。紅茶でも淹れるから、そっちのソファーにでも座ってて」

 優しい声色で少年に声をかけた。

 少年はその言葉に従うように、ふらふらと二人掛けのソファーのところに行って座った。

 少女は紅茶を淹れて戻ってくると、ソファーの前にある小さなテーブルの上にカップなどを乗せたトレイを置いた。そして紅茶をカップに注ぐと、少年の隣に座った。

「どうぞ」

 少女からカップを受け取った少年は未だに茫然自失となっていた。

 少女はそんな少年を特に気にすることもなく、自分の分の紅茶を注いで、ゆっくりと飲み始めた。紅茶の出来が良かったのか、少女は満足そうな表情で「うん、おいしい」と、呟いていた。

少女が二杯目を飲み終わろうとした頃、ようやく自分が紅茶の入ったカップを持っていることに気付いた少年は、隣に座っている少女を見た。

 少年の視線に気付いた少女は、少年のほうを見て微笑み、「どうぞ、飲んで」と言った。

 少年はどうするか少し迷ったが、ふと何かに気が付いたのか、迷いが消えて紅茶を口に付けた。

 紅茶を口にした男性は自然に『ほう』っと息が出た。そして、だんだんと落ち着いていった。

 少年が飲み終わると、少女は「落ち着いた?」と少年に聞いた。

 少年は頷くと、ようやく疑問に思ったのか、

「えっと、君は一体…………?」

 と口にした。

 少女は、それもそうね、という感じで頷いた。

「わたしは、ここの森一帯を守る、まぁ妖精みたいなものね。見ての通り、このテントがわたしの家ね」

「妖、精?」

「そう、妖精」

「…………。えっと、それで君は何で僕を招き入れたの?」

「信じてないわね……。まぁとりあえずいいわ。疑問に疑問で返すようで悪いんだけど、あなたはどうしてこんなところにいるの?」

「それは…………」

 少年言いづらそうに顔を伏せた。

「もう生きるのに疲れたから。違うかしら? あなたは自殺とかでもする為に、ここに来たのでしょう?」

「うん…………」

 この少年は、世間のありとあらゆるしがらみに囚われ、世間から逃げ出すためにこの森にいるのだ。

 人間は生きている以上、社会という枠組みに縛られる。そこから解放されるには、死をもってするしかない。

「この森は死者の世界に最も近くにあるであろう場所よ。だから、あなたがどうしてこの場所にいるかはあえて問うということはしない。でも、あなたは本当にここから先に進んでいいの?」

「ここから先に…………」

 この森は死者の世界に最も近い。そのことから、ここから先に進むということが意味するのはつまり、この世界からいなくなること。端的に言えば死ぬことだ。

「あくまでも、あなたの人生はあなたのもの。それを脅かすことはわたしにはできない。むしろあなたが心の上辺で思っていることならば手助けすることができる」

「きみは、僕が死ぬ手伝いをしてくれるというの?」

「それがあなたの本当に望むことならばね」

「僕が本当に望むこと……?」

 少年は当然ながら、学生のあるべきように学校に通っていた。しかし、それは自らが望んで通っていたのではなく、他から強要されてのことだった。

 学校というのは、大多数の学生にとってはなんてことはない、ただの少しは面白いであろう刺激のある日常の場だ。しかし、この少年にとってはただの苦痛を自分に与えてくる場でしかなかった。

 他の男子生徒からはいじめられる毎日。女子生徒からはそのことで蔑まれる毎日。それらを教師に訴えても、特に力になっても貰えずに、あまつさえ「おまえにも非があるんじゃないのか?」と言われた。両親からは両親からで少年に成績やら学校での素行に怒鳴り散らされる(学校での素行は男子生徒がやったことを男子生徒に押し付けられていた)。怒鳴り散らすだけでは飽き足らず、暴力まで振られた。それも、一回ではなく何度も何度も。おかげで少年の身体はアザだらけになっているし、なによりも精神的苦痛がひどかった。幼少期からやられていたわけではないため、耐性が必要以上になかったのも要因だったのかもしれない。

 とにかく、社会のありとあらゆる人が生活しているこの日常が少年にとっては苦痛でしかなく、そんな日常から逃げ出したいが為に、少年はここまでやって来た。

 自らの手でリストカットや身投げをするほどの勇気を持っていない少年は、日常からは逃げ出してしまいたいがそれを行う勇気はない、ということでふらふらと彷徨って来たわけだ。

「そうか、それは大変だったな。さぞかし苦痛だったのだろう」

 いつの間にか少年はすべてをぶちまけていた。それでも少年は激昂するわけではなく、ただ淡々と話し続けていた。

 それを聞いた少女は慰めるわけでもなく、ただ淡々とこう言った。

「それで、あなたの本心は何かしら? もしかしたらあなたの望みを助けられるかもしれないわよ」

「本心……」

 自分の本心。それは自分でしか完全に理解できないモノ。でも、自分自身が一番わかっていない。わかりたくないモノ。自分自身の保身のために、無意識にわかりたくないモノ。心の奥底ではわかっているのに、「これは自分の本心ではない」と蓋をしてしまう。

 いくら自分をさらけ出そうとしても、なかなか上手くいかない。

 当然、少年も同様に自分の本心をさらけ出せるわけではない。しかし、不思議な雰囲気に包まれた少女を前にして、なぜだか思いついた言葉をつらつらとしゃべっていた。

「僕は…………、本当は死にたくない。死ぬのなんて怖いよ! 僕だって本当は生きたい! 他の人と一緒に笑いたいんだ!!」

 ダムが決壊していくように、少年の心から想いは溢れ出していった。

「そう。あなたは一緒に笑いたいんだね? それがあなたの本心なんだね?」

「そう……、かもしれない。うん、そうだと思う」

 少年は心の底から笑いたかった。笑い合いたかった。

「では、答えは簡単だよ。あなたはここで笑えばいい」

「え?」

「だから、ここで笑えばいいんだ。ここはわたしの家。いわばわたしの城だよ。ここならあなたを脅かす存在はいない。強いて言うならわたし自身が、あなたの上辺だけの本心が本当の本心になったらそれを手助けしてあげられることくらいかしらね」

 そう言って、少女はにっこりと笑った。

「ここでなら、僕は笑える…………?」

「そう。こちらへおいで」

 少女は少年に優しく手を差し伸ばした。

 その手を少年はゆっくりとつかみ、ぎこちなく、だがしっかりと笑った。

「うん」

 少年はついに心の底から笑えた。少女の前で、しっかりと―――――――。





 それから数日後。とある家で点いているテレビからニュースが流れていた。

『――――日前から失踪中のこの少年の所在は未だわかっておらず、警察側は、少年が何らかの誘拐に巻き込まれたとみて、捜索をしているもようです』

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― 新着の感想 ―
[良い点] とっても想像力を掻き立てる作品でした。 [気になる点] 細かい指摘を失礼します。 >男子生徒がやったことを男子生徒に押し付けられていた 文脈から内容はわかりますが、加害者と被害者が同じ…
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