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2つの動機



9月20日、清沢怜、赤松詩織が殺害された。この訃報は翌日、全ての緑園学院傘下の高校に知れ渡った。ついに、人が死んだ、という雰囲気があった。依然として赤松香織の行方は分からない。これで赤松香織の失踪も殺人事件である可能性が高まった。2ー9のクラスメイトにはかなり動揺が見られた。清沢は女子との付き合いがよかったようだ。多くの女子メンバーは顔を机に埋めて泣き崩れていた。男子はというと、呆然としていた。俺は三上と永瀬のところへ向かった。二人は隣どうしの席だった。

「二人とも、昨日は月山で練習だろ?」

「ああ」

精気の抜けた返事を二人は返した。三上に至っては、青ざめた顔をしていた。

「三上ちょっと」

三上を廊下に連れ出した。朝のホームルーム前であったので、廊下は人の話し声で騒がしかった。

「清沢とあれから何か話したりした?」

あれ、というのは脅迫状を俺、三上、清沢が確認したときのことだ。三上は無言で首を横に振った。

「俺は一度話した。確信はないけど、もしかしたら、清沢は何かを知ってしまったのかもしれない。俺にもう脅迫状のことは忘れろと言ってきた。つまり、清沢はその……脅迫状に書いてあったとおり、報復を受けたのかもしれない」

三上は口元を左右に広げて、無理矢理笑顔を作った。目元は完全に笑っていなかった。

「もう、いいよ。どうでもよくなった。俺たちも終わりにしよう。今は……月山のこと以外考えたくない」

俺は危険な賭けをしようと思った。

「三上、本当にお前は、赤松香織と付き合っていなかったのか?」

三上の動きのない動きが空間に固着する。そのように見えた。空間にはまり込んだような、そんな感じ。三上の目線が泳ぐ。

「赤松香織とは、付き合っていない。それは事実だよ」

いつも穏やかな三上はさらにクールな顔をして言った。ああ、怒らせたかもしれない。それにしても要領を得ない答えだった。それではまるで他の女子とは付き合っていたみたいな発言ではないか。三上は教室に戻っていった。俺は一人、深い溜息をついた。





午後7時半。葛城の事務所にやって来た。葛城はデスクで何か作業をしていた。

「東君、君はあの脅迫状の言ったとおり、探偵を続けるつもりなのか?私の方もね、生憎、色々と立て込んでいて……」

「あの脅迫状は本物です」

「でも自由行動を許可するって書いてあったことだし、それは全く行動しないことも許可されているということでもあって……」

「昨日は興味津々だったのに…」

「急にタメ口になったな。それにね、客観的に見て君がそこまで熱心になる理由がいまいちピンとこないんだよなぁー。刑事達も怪しんでいるかもよ」

聞きずてならなかった。

「自作自演だと?」

「違うの?」

「なんでそんなことする必要があるんですか」

「あ、敬語に戻った」

話が逸らされる。葛城の常套手段のようだ。

「殺人事件の捜査は探偵の稼業でもないしね。刑事さんに任せればいいんだよ」

まあ、正論だと思った。

「少なくとも君に届いたっていう脅迫状は君が作ったものだろう?だって、この私、葛城清十郎を知る人物は超限られているからである。どう?」

下の名前は清十郎というのか。

「違います」

葛城は嘘つきめ、という顔をこちらに向けた。

「あーもう、とにかく君のその事件に関わろうとする動機がね……引っかかるんだよな。そもそも犯人は、あ、その脅迫状が正しいとして、どうして君を探偵役にしたのだろう?納得のいく説明をしてみなさい」

「それは、簡単ですよ。俺が緑園学院で唯一の転校生だからだと思います。緑園学院の生徒の中で最も客観性が高いということだと」

葛城はふむふむと首を縦に振った。

「そういえば、そうだな。えっと、たしか転校前は東京の方の学校だったよね?」

俺は頷いた。俺は中学まではこの辺りの公立中学校に通っていて、受験して東京の高校に入学した。しかし、一年経って再びこっちに戻ってきたのだ。

「君、メンタル強いんだね」

話題が変わった。

「君の身近な人が殺されたというのに、随分、冷静だ。私が警察なら君を真っ先に疑うね。状況的にも」

「それじゃあ、これは尋問ですか」

「とも言えるね」

俺は一度視線を葛城からはずした。部屋の中を見渡す。奥の壁に洒落た置き時計が見えた。時刻はまだ8時前。

「自分でもよく分からないんですよ。どうしてこんなに深入りしてしまうのか。それと……どうしてなのか、あまり悲しい、というような感情も湧きません。壊れているんですね、多分。殺人事件といってもまるで現実味がわかない。やっぱり変ですね、自分」

葛城は真剣な表情になった。仕事人の顔。俺はこの葛城の凛とした表情が好きだった。この顔を見るために、今日ここにやって来たのかもしれない。

「哲学的な表現をするんだね。まさに今回の犯人像と一致する」

「犯人像?」

「そうだよ。今回の殺人事件はね、私の経験上、かなり哲学的思考が卓越した人物だと思うね。動機がわからない、すなわち、芸術性の高い殺人」

葛城の言わんとすることがよく分からなかった。

「にもかかわらず、脅迫状なんかを送ったりする。なんともチグハグだ。それでは本題に入ろう。赤松姉妹と清沢怜さんにまつわる事件の首謀者と脅迫状の犯人は全くの別。要わね、脅迫状を送った犯人はこの芸術、あるいは美を壊そうとしているんだ。そして、それに反発した人物が赤松詩織さんと清沢怜さんを殺した、私はそう直感するね」

俺は葛城の言う意味を理解しようと試みた。芸術性?脅迫状を送ったら、それは美ではないのか?

「君に協力するかはまだ分からないけど、もし仮説が正しいのなら、脅迫状を用意したのは清沢怜さんか赤松詩織さんだね。わざわざ月山という衆人環視の環境下で彼女達を殺害した。これは主張だよ。俺様は、人間を自由自在に操れるんだ、というね。さあ、これが私の推論だ。かなり帰納的だけど」

「まるで犯人のような口ぶりですね」

「よく言われます」

葛城は推論だと言ったが、よく思い起こすと何一つ根拠の無いでまかせに思えた。しかし確かに新しい洞察が得られた気はする。殺された清沢と詩織が脅迫状の送り主か……。それでは犯人は一体誰だ……。

「そうだ、もうひとつ付け加えておこう。君の精神安定のためにね。人が死んで、感情の高ぶりが起こる、これはね、全て概念だ。人工的な。君は極めて純粋なんだろう。概念にとらわれていない証拠だよ、何も気にする必要はない」

励まされているのか微妙な感じだった。変人扱いされただけではないか。






迫田は状況を整理しようと思った。9月3日、赤松香織が行方をくらます。目撃証言は多々、あったが、一番有力なのは、午後8時に三上という男子生徒が立ち話をしたということだ。また、彼女の所属するバドミントン部員によると8時前くらいに早退したとのことだった。しかし、午後7時半には、竹聖高校の男子生徒も見かけている。また、永瀬という男子生徒も7時過ぎに見かけたと言っている。さらに不可思議なことは、赤松香織が月山へ向かってもう一度緑園学院に戻ってきていること。赤松香織は陽炎祭という体育大会での緑園学院のバトンミスを疑っていたらしい。疑っていた、というのはバトンミスは仕組まれていたと疑っていた、という意味だ。同僚の中で中高陸上部であったという男数名にバトンミスは仕組むことができるものなのか、とうかがってみたところ、そろってみな、ありえないですよ、と返した。そもそもどうやって仕組むんですか、ただの負け惜しみですよ、と一蹴された。ここで浮上したのは三上という男。彼は赤松香織と恋仲であったという証言もある。三上が嘘の証言をしていれば、赤松の動きがかなり変わってくる。また、清沢怜と赤松詩織の2人は、殺害される直前、すなわち午後8時前に多くの部活動生にそれらしき人物を見た、と証言が集められた。二人が見つかったのは、月山のちょうど中央付近の茂みを抜けた開けた場所だった。その北側に、仏像と思われるがかなり異様なものが安置されていた。地元の自分でもこの奇妙な仏像の存在を知らなかった。新興の宗教だろうか。その仏像には顔がなかった。目、鼻、眉、どれ一つなかった。この事件に関係があるのだろうか。そしてその近辺に古びた屋敷があった。住人はいなかった。管理も長い間、されていないようだった。とにかく証言がまるで合わない、と舌を巻いていた。

「迫田さん、お疲れです」

警部補である真田だ。彼の班は、現在、関係者を片っ端から当たっていたはずだ。

「なんかよくない展開ですよね。正直、かなり困惑してます。犯人がまるで目撃されていません」

迫田は煙草の箱を取り出した。状況が悪くなるとついつい手が出てしまう。禁煙を続けていたかったが……。

「犯人は……学生ということか」

「ええ」

「それにしては、慣れた犯行だとは思わないか」

「そうですね。それに、目的もわかりません。清沢と詩織の二人は何か重大な事実を握っていたのか……」

「口どめか。それにしては、杜撰だな。犯人からしたら少しでも遺体の発見を遅らせたかったはずだ。それにもかかわらず、かなり分かりやすい場所に放置していた」

第一発見者は竹聖の生徒達だった。聞いたところによると練習を抜け出してあの仏像を見に来たのだという。このあたりの学校では、緑園七不思議の一つだとも言っていた。

「突発的な犯行か……殺害した直後に竹聖の生徒がやって来ることに気付いて、慌てて逃げ出したとかですかね」

迫田は首を捻った。何とも腑に落ちなかった。迫田は普段はあまり手に取らないメモ帳を取り出した。今日は9月22日。来月開催されるという月山追い祭りまで、一ヶ月を切っていた。




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