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そして事件



その人物は、葛城と言った。自称、何でも屋である。この男との出会いは、およそ1年前である。こちらに戻って来る時にお世話になった不動産屋なのだが、今では探偵事務所に変わっていた。葛城は背の高い男だった。そして渋い顔である。そのわりによく冗談を言った。その葛城と久々に会う予定を立てた。こちらから一方的にセッティングしたのに葛城は文句を言わなかった。便利な男だった。

この地方ではかなり都会の方にある椎木という有名な喫茶店の前で待ち合わせをした。そのまま葛城の事務所に向かった。今日は無口だった。ボロいアパートの二階の奥にそれはあった。中は小綺麗に片付いていた。中央のソファーに俺は腰掛けた。対面にもソファーがあり、そこに葛城も腰掛ける。先に口を開いたのは、葛城だった。

「例の殺人事件のことだな」

葛城は徐に煙草を吸いはじめた。

「ああ、気にするなよ、これは電子タバコだ。雰囲気でるだろ」

俺が睨み続けた結果、その電子タバコを側のダンボール箱の中にしまい込んだ。

「どうして今は探偵なんかやっていらっしゃるんですか」

「敬語はやめてくれよ、やりづらいな」

「葛城さんに、相談したいことがあります」

「え、敬語やめないんだ」

「まずはこの手紙をお読み下さい」

俺は昨日届いた手紙、というよりは脅迫状の入った手紙を手渡した。遂に俺の元にも届いたのだ。

葛城はゆっくりと脅迫状を取り出した。無表情のまま読み進めて行く。脅迫状の中身は以下の通りであった。



『東真一さんへ

あなたは緑園学院全校生759名の中から幸運にも、"探偵"の役に選ばれました。定期的に指示を送るので、内密かつ迅速な行動の上、指示に従って下さい。では最初の指示です。あなたは"協力者"である葛城と共に事件の真相を明らかにして下さい。あなた及び葛城は基本的に自由行動を許可します。事件は既に起きたため、これからはその犯人を探り当てて下さい。申告という手段を用意しています。月山追い、駅伝、体育祭、陽炎祭の当日に犯人の申告を行うことが可能です。申告をするときにはその大会の優勝校の校長に行って下さい。(注)われわれは、あらゆる場所で監視活動を行っています。』




「こりゃまた大袈裟な。ところでどうして俺の名前が」

そう、それが疑問なのである。

「うーん、俺が関係しているとすれば、それはあれだな、俺が緑園学院高校かつ緑園大学出身ってことだな」

それは初耳だった。立派な先輩だったわけか。

「これが殺人事件に結びついていると?はははは、そういうことか。だけどわりとたくさん疑問点があるな」

葛城は再び電子タバコを手に取る。口に咥えた。

「まず、この脅迫状はいつ届いた?」

「昨日です。殺された友人の1人と、あともう1人には、同じ形式の脅迫状が一週間ちょっと前に届いています」

「このこと、警察には?」

「いえ、まだです」

「届け出るべきだな。次にこの葛城って、俺のことなのか?」

それはかなり悩んだことだった。クラス中の人にこの学校に葛城という人物がいるかと尋ねたが、1人もいなかった。そして俺の知っている葛城という人物名をサーチした結果、こういう事態となったのだ。

「確かに俺は今、探偵なんだが、殺人事件の調査になるとな……警察に知り合いがいないこともないが……って、危ない、危ない、これがいたずらの可能性もあるんだった」

葛城は腕を組んだ。

「とりあえず、話を聞こうか」

俺は一連の出来事(といってもここ2週間くらいの話だが)をある程度、話した。葛城は静かに聞いていた。

「簡単だな」

一段と低いトーンで葛城が呟いた。

「犯人は木村さんまたは室崎君と永瀬君だな。それで全て辻褄が合う」

「それ、推理になってます?」

俺は葛城の顔を見た。葛城は苦笑いを浮かべていた。

「問題は、木村さんの証言だな。8時くらいに赤松香織さんが早退したという証言。その他の証言が正しいと仮定すると、香織さんは7時に早退し、月山に行って、永瀬君と室崎君に会う。その後8時くらいに学校に戻って三上君と会ったということになる。つまり、木村さんの証言が真なら、永瀬君と室崎君が嘘をついていることになり、木村さんの証言が偽なら、永瀬君と室崎君の証言が真になる」

「その通りです。ですけど、木村以外の人物も赤松香織は早退したといっているんですよ。それに木村が嘘をついていたとしても、どうして赤松香織は三上に月山で用事を済ませなかったんでしょう?」

葛城は頭をかいた。

「知らんわ。今分かってるデータではこれくらいだよ。まあ、赤松香織さんを誘拐した犯人と清沢さんと赤松詩織さんを殺した犯人が一致しているかどうかは分からないんだけどね」

実際に名前を出されて現実に清沢と赤松詩織が殺害された、という事実を思い出した。思い出した、というのは、正しい表現ではないか。正しくは受け止められるようになったのだ。清沢が殺されるとは。悪い冗談ではないのか。清沢はあの脅迫状の要求に反した行動をとったのか。朝刊には清沢と赤松詩織は月山の山腹で死体で発見されたらしい。死因までは覚えていない。新聞を見て、ショックでしばらく何も考えられなかったからだ。あの脅迫状が本物だということだけが、ただただ俺の精神の中に迫ってきていた。

「不謹慎だったね。君の友人にまずはお悔やみ申し上げるよ」

「いいえ、推理をお願いしたのは、自分の方なので」

「最後に、1番気になる質問をするよ。三上君と赤松香織さんはもしかしてお付き合いがあったのかな?」

俺は葛城に頷いた。

「その話、さっきしましたか?」

「いいや、してもらってなかったけど、もし2人が付き合っていて、もし赤松香織さんが自分の身の危険を悟っていたのなら、7時頃に月山に行ったにも関わらずもう一度学校に戻ってまで三上君と会った、というのなら、辻褄が合うと思ったからね。ま、あくまでも木村さんの証言が偽だと仮定した話だけれど。そうだ、ちなみに三上君の下の名前、何ていうの?」

俺は葛城は頭のいいやつだと確信した。

「三上……京ですけど、それが?」

「京君か……それは愉快だね」

たまに意味不明なことをぼやく葛城探偵だった。





葛城は東と別れてから、すぐに警察に連絡を入れた。といっても、管轄外である池袋署の女刑事にではあるが。その女刑事とは、香川由紀代のことである。とある事件でお世話になった刑事だ。彼女は女ではあるが、強行犯係の主任である。

「はい?ああ、葛城さんですか。お久しぶりです。どうかなさいました?また詐欺にでもあいましたか?」

全く洒落がつまらない彼女である。

「よう、久しぶり。実は例の殺人事件絡みだ。ほら、女子高生2人が殺害されたあの」

「もちろん、知ってますよ。すみませんが、それは完全に管轄外です。それを承知でおっしゃってるんですか?」

「当たり前だ。用件を言うぞ。地元の警察を信用できない男がいる。その男はこの事件の重要な事実を知っている。さて、この男の話を聞いていただけないか」

電話越しで、香川がため息を漏らしているのが分かった。

「あのですね、わりとこっちも暇じゃないんですよ。代わりといってはなんですが、たしかそっちに知り合いの刑事がいるので、紹介しましょうか。その人は信頼できます」

「それはありがたい」

「迫田航平っていう方です。警部の方です。たしかその事件の担当だったと思いますが」

葛城の思った通りだった。香川は顔が効く。目論みが当たった。

「顔、突っ込み過ぎないようにして下さいね。それでは、また」

香川はすぐに電話を切った。仕事のできる女という印象は未だに変わらなかった。






迫田という刑事にあった。実際に刑事に会うのは初めてだった。すぐにあの脅迫状を見せた。

「これを他の人には?」

察しのいい人だった。

「内容は違いますが、三上と清沢のもとにも届いています。自分のものは昨日、学校の引き出しの中に」

「これはこちらで預からせてもらう。後はいくつか質問に答えてもらいたい。昨夜の午後7時から9時の間は何をしていましたか」

よくあるアリバイの確認だな。俺は昨日の行動を思い出した。

「部活が終わって、そのまま家に帰りました。それからはずっと家にいました」

「それを証明できる人物はいますか」

俺には友達が少ないので、帰りも一人でした、とは言いたくなかったが、結果的に同じようなことを言った。迫田は全くメモをとっていないが大丈夫なのか。

「次に、清沢さんあるいは赤松詩織さん、赤松香織さんについて何か知っていることはありますか」

俺は予め用意していた解答を答えた。

「清沢と赤松詩織はなぜ月山で発見されたのかということは気になります。特に清沢は文化系の部活だったと思うので、月山にいたというのは不自然だと思います」

ほー、と呟いて、迫田は口元を緩めた。かすかに笑っているようだ。

「つまり、犯行現場は別にあると?」

「清沢は慎重な人なので。夜中に女子高生二人だけで月山にいるというのは……」

「おっしゃるとおりですよ。おそらく現場は別にあると考えるのが普通です。しかしですね……」

一度、迫田は言葉を切った。

「午後8時頃に月山で二人の姿を目撃した人がいまして、そして赤松の母親の方ですが、赤松宅に清沢さんが訪ねてこられて、午後7時頃に学校に戻るといって、出て行ったという証言があります。この時期、月山には多くの部活動生がいるのでしょう?他にも多くの目撃証言があります。二人が月山で殺されるというには、かなり不都合な場所だと思いますし……まあ、犯人の考えなんて理解してもしようがないですけれど」

俺は口を挟まなかった。迫田は続けた。

「とにかく違和感があるのは、証言が多過ぎることです。これだけ目撃証言があるとなると、殺人なんてできるはずがないと思うんですが……ああ、すいません、話しすぎました」

迫田は最後までメモを一切とらなかった。






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