探偵ごっこ
赤松はバトンミスに関与していたと思われる人物を手当り次第に訪ねていたのではないか。月山追いまでの忙しいバドミントンの練習を早退し、まず8時前に三上と会った。その後、一時間後に竹聖の室崎と会うまで、緑園と竹聖の間に位置する建芸学院の陸上部にも出向いていたのではないか。そこまでして確かめたかったことは、バトンミスに関することだけなのか。あの清沢によると、赤松は全く陸上に興味がなかったというのだから、赤松は偶然、永瀬のバトンミスについて何かを知ってしまったに違いない。と考えると、赤松が誘拐されたとすれば、そのバトンミスについての隠蔽工作としか思えないし、万が一、バトンミスが第三者の意図によって引き起こされたのなら、緑園大学の推薦枠に大きくつながってしまう。だが、大学進学が関わっているとは言え、どうしても俺には誘拐までする必要があるとは、思えない。
室崎翔太は永瀬と同じく二年生で、現在竹聖のエースである。ともかく、その室崎がたまたま通りかかって、その後失踪した赤松を見かけたというのはでき過ぎている。俺は陸上部の陣取っている、校庭の一番奥に向かった。三上は見当たらなかった。部室で着替えているのだろう。俺は柔軟中の永瀬のところへ歩み寄った。永瀬は顔を上げて、なんだおまえかと歓迎していないような響きで言った。練習中に、部外者が入り込むのは、部長として許せない面があるんだろう。そうだとしてもまあ、俺は全く持って気にならないが。
「陸上部にでも入ることにしたのか?」
永瀬はこちらに目を向けずに尋ねた。
「あー残念だが違う。赤松のことだ」
俺は単刀直入に切り出した。赤松、という言葉に一瞬、眉をひそめた永瀬の動きを俺は見逃さなかった。
「その話か。どうして俺なんかに?」
黙秘権の行使といったところか。永瀬は常に仏頂面をするくせに考えが読みやすい。これは幼馴染みの特権だな。
「お前、赤松と最近話さなかったか?」
「いいや」
即答だった。今度はピクリとも表情を永瀬は変えなかった。形勢逆転。
「……そうか。じゃあ、いいや」
「えっ、いいの?」
永瀬には似合わない素っ頓狂な声。思わす俺は吹き出してしまった。
「ふっ、ははは。練習中、悪かった。他に用無いから帰るわ」
それじゃあ、と言って軽く手を振って俺は背を向けた。そのまま帰ろうとすると、永瀬はふと思い出したようにぼそりと言った。
「会ったよ」
俺の足が止まる。結果的に誘導尋問になっていた。俺は敢えて振り返らなかった。無言で永瀬に言葉を続けるように促した。キザなやり方と自分でも思った。永瀬が俺の近くに寄ってくるのが分かった。
「赤松が失踪する前日に、月山のところで会った。練習中だったから、長話はしなかったが、重要な話があるから練習が終わったら携帯に連絡してって言われた。それだけだ」
思った以上の情報が得られた。俺は振り返った。
「その話、警察には……」
「言ってない」
「なんで?」
永瀬は下を向いた。
「そうか。お前は今年からこの学校に来たんだったな。ずっと同じ学校だから、忘れてたよ」
意味深な発言だな。どうせ俺は余所者ですよ。
「面倒ごとには巻き込まれたくないんだ。この時期に時間を取られるのは、本当に迷惑なんだ。もう失敗できないし」
文脈がよく理解できなかった。
「だからって、警察に話すくらい、いいだろ」
「よくない」
永瀬は真剣な表情だ。
「まあ、いいけど。それで、赤松から連絡は来たのか?」
「いいや。連絡は来なかった」
永瀬は他に赤松に関して知っていることがある。そう確信できた。それだけで満足だ。探偵としての俺はこれだけで十分な成果であろう。
永瀬と話してから、3日が過ぎた。バドミントン部に正式に入部することになったので、放課後はバドミントン部の練習場所である体育館に行かねばならなかった。バドミントン部は体育館のバスケットコート三面の内、一面しか使うことが許されていない。残り二面はバスケ部の領域である。これも部活動配点による影響である。バスケ部はバドミントン部よりも配点が高い、つまりはそういうことである。
同じクラスのバドミントン部は、岩崎だけだ。岩崎以外は、顔だけ知っている連中だけだった。エースである赤松が不在の影響なのか、女子の動きに切れがなかった。男子はもともとそこまで強いわけではないので、相変わらず動きに切れがないままである。
俺は暇そうにしている女子に声をかけることにした。かなり小柄なので、選手ではなくマネージャーだろうか。
「ねえ、今暇?」
めっちゃ、暇!とその女子は元気に返した。名前を尋ねると、木村萠だよと言われた。
「実は、赤松のこと気になってるんだけど、何か知らない?」
「えっ、東君も香織のファンだったの!なんか意外」
聞き方を間違えた。
「そうじゃなくて、赤松の失踪したことについてだよ」
「あ、そっちね。それ、バド部内で禁句なんだけど」
「すみません」
「まあでも今はいいよ。周りには聞こえないと思うし。わたしの知ってるのは、香織があの日、三上君と一緒に帰ったってことだけだよ」
えっ、三上君?どういうことだ。
「待って。今、三上君って言った?」
「うん。言ったけど」
「帰ってるところを見たのか?」
木村はえーと、と何かを思い出しながら首を傾げた。
「香織が早退するって言ったから、つい聞いちゃったのよ。もしかして三上君?って。そしたら、誰にも言わないでよって言われたから、間違いないわ」
三上って、あの三上じゃないよな。
「三上京か?」
「そう、香織の彼氏の」
彼氏?三上が?
「なんか色々とありがとう」
「あ、これ誰にも言わないでね。できるだけ秘密にしておきたいから」
「なんで俺に喋ったんだ」
「東君は友達、少なそうだったから」
「悪かったな」
馬鹿にされたが、衝撃的なことを聞いたせいで全く気にならなかった。
バドミントン部の顧問は白水であったが、実質的にはコーチである見良戸が仕切っていた。見良戸は典型的な体育会系の教師だった。見良戸の長いミーティングを終えてようやく部室に戻ることができた。部室ではやはり赤松のことが話題になった。仲のいい奴が全くいなかったので、すぐに部室を出た。そして陸上部の部室に直行した。今は午後9時過ぎだった。陸上部の部室には、数名部員が残っていたが、三上はいなかった。どうやら既に帰ったらしい。陸上部は帰りが早かった。次に生徒会室に向かった。生徒会室の明かりはまだ灯っていた。夜遅くまでご苦労なこと。部屋から宮池を引っ張り出した。
「はい、ノート返すわ」
宮池は若干、不機嫌だった。
「わざわざ、どうも」
「なんかあったのか」
宮池はただでさえ細い目をさらに細くして俺を睨んだ。
「配点に関して全く意見がまとまらないんだ。教師陣がやたらと干渉してくる」
宮池はそう言って、すぐに戻って行った。もうやることもないので、そのまま家に戻った。
そしてまた3日が過ぎた。いまだに赤松に関しては音沙汰がなかった。手がかりが少なく、本格的に捜査を開始しない警察に痺れを切らしたのか、保護者の会が自主的に捜索と夜中のパトロールを始めた。また、赤松の失踪の件で学校側は部活動を7時までに禁止した。これには真面目な部活動生が猛反対したが、日が短くなってきた最近は7時でも既に真っ暗であることなどから、異議は却下された。また、他校も影響を受けたらしく、7時下校令は県内ほぼ全てに行き渡った。
部活を終えて、帰ろうとした時、下駄箱のところに清沢を発見した。俺を待っていたようだ。
「よう、久しぶり」
清沢は何も言わずに近付いた。
「三上が赤松の彼氏だったって話、本当?」
その話は既にしてあった。
「ああ。当の本人は否定してるけど」
清沢は疑いの眼差しをこちらへ向けた。
「それ、木村からの情報よね。わたしは全くそんなこと知らなかった。信じられない」
俺だって信じられないよ。声に出して言わなかった。
「他に何か得られた情報ある?」
「まだ言ってないことは一つある」
清沢は腕を組んだ。
「竹聖に昨日、行って来た。室崎とあって来たよ」
「誰それ」
「竹聖の100メートルのエースだよ。永瀬と張り合ってた。宮池から聞いたんだけど、赤松は三上とあった後、室崎にも会っていたらしい。前にも話したけど、その前に永瀬とも話している。共通しているのは、全員、陸上部ということ」
「意外と情報網あるのね」
と一言呟いて、清沢は考え込んだ。7時を過ぎていたので、部活帰りの生徒の数が増えてきた。大きな声で話せなくなった。
「室崎が言うには、赤松と会ったけど、後で連絡を入れるとだけ言われて別れたらしい。これは永瀬と一緒だ。室崎にもその後、赤松から連絡は来てない」
「やっぱり……」
清沢は俺から目をそらした。嫌な予感がした。
「もう茶番は止めましょう」
唐突に清沢は言った。
「どう考えてもいたずらよ。もう止めましょう。あの手紙もだれかのいたずら」
「急にどうしたんだよ。別に俺は楽しんで詮索したりしてるわけじゃないし、えっと、なんか怒らせたなら謝るけど……」
「警察のやることだって意味。もう入試だって1年とちょっとしかない。無駄。赤松のこただったから、血が上ってた。とにかくもういいから」
数日前とはえらい変わりようだった。俺はなんとも言えない気分のまま清沢と別れた。