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目撃者A





 翌朝、2−9の教室に入る前に、2−8の教室をのぞいてみたが、今日も赤松の姿はなかった。俺は赤松とは一度も言葉を交わしたことがなかった。バトミントン部の赤松がなぜリレーのバトンミスに関わることになったのか……。調べてくれと言われても、何から手をつけていいかわからなかった。俺はひとり、机の上でもだえていた。その醜態を見てか、隣の女子が変な目で見て来た。俺はとりあえず無視する。気まずい30秒を過ごして、水本が現れた。

「礼は省略。まず今日は引き続き赤松の件で話をする。二日たっても未だ赤松は行方不明のままだ。本格的に捜索活動を行うことになる。昨日も言ったとおり、少しでも赤松に関して情報を持っているものは、申し出てくれ」

 水本は、生徒の反応が薄いのを感じて、岩崎の名だけを呼んだ。

「バドミントン部の生徒は至急、生徒ホールに集合とのことだ。授業は遅れてでいいから、いきなさい」

 岩崎は納得した様子ですぐに廊下へ向かった。事情徴収だろうな……と俺は思った。岩崎の後ろ姿を目で追っていくと、偶然、三上と目が合った。三上は渋い表情で俯いた。目のやり場のなくなった俺はふとさっきの隣の女子がまだ俺のことを見ていることに気がついた。なんだ、よっぽど俺が悩んでいるのがおかしかったかと心の中で思っていると、その女子はあ〜もうとため息をついて椅子を引きずって俺に近づいて来た。

「いい加減、気づきなさいよね」

「いや、気づいてたけど、なんだよ?」

 さらに俺に顔を寄せる。そしてひそひそ声で言った。

「ねえ、清沢ってわかる?」

 俺は首を捻った。

「誰?」

「隣のクラスの」

 そう言われても、ぴんと来るものがなにもない。

「知らないの?まあいいけど、とりあえずこれ」

 差し出されたものを見ると英語の単語テストの裏紙だった。透けて見たところ、いやらしく満点のテストの裏紙だ。そこに小さな雑な文字でただ一言、目撃者Aとあった。名前の記入欄には清沢怜とある。

「何、これ?」

「わかんないよ。朝、怜ちゃんにあんたと三上君に渡してって言われただけなんだから」

 なぜ三上は君付けなんだ?俺はちょっと膨れっ面をした。しかし女子はまったく気にする様子はなく、

「目撃者って何?ゲームでもしてるの?」

 と声のトーンを上げて訊いてくる。その怜ちゃんと本当に友達ならすぐにゲーム等していないことくらい分かるだろうが。俺は軽く毒づいた。もちろん、声には出さないが。それよりもっと重要なことがある。三上にも清沢はこの意味不明なメッセージを届けようとしたのだ。俺と三上、両者をつなぐものは一つだけ。

「ちなみにこっちは三上君にわたす方」

 またもや何かの裏紙だった。満点の小テスト。目撃者A。だがその横に、俺のには無かった3つの数字が綴られていた。


 ”522”


 何を意味するのかは定かではない。


 

 怜ちゃんは早退したみたいと四限目のはじめにあの女子から聞いた。逃げたとしか思えなかった。とにかく俺は昼休みになってから、真っ先に三上を捕まえた。いつもすぐに食堂へ走ってしまうからだ。三上にあの紙を見せた。

「もしかして里中?」

「里中って言うんだ。知らなかった」

「隣の女子の名前くらい覚えてろよ」

 俺は軽く笑って受け流した。膨れっ面をした割に俺の方も名前すら覚えていなかった。俺がよく嫌われる所以がわかった。

「清沢怜か……。よく知らないけど、陸上部でよく悪口言われてるよ」

「だろうな。御丁寧にも満点の小テストなんかでメモ渡してくるやつだからな」

 三上もそれには苦笑した。

「それで、その数字はなんだと思う?」

「この数字?そうか、おまえにはわからないよな」

 三上は納得して頷いた。

「この522は、永瀬のゼッケン番号だ」

 俺はなるほどと呟いた。やっぱり清沢は永瀬について何か知っているに違いない。俺と三上を結ぶのは永瀬だからだ。

「陸上にもゼッケン番号なんかあったのか」

 三上はあたりまえだよと返した。

「ゼッケンがないと試合に出れない。けっこう大事なものだよ」

「その大事なナンバーをわざわざ書いてよこすとは、清沢が永瀬の何かを知っていることは間違いないってことか?先生に相談すればいいのに」

「それは駄目だ」

 三上が断固として言い切った。

「言っただろ。教師は信用できない。みんな緑園大学進学のことしか考えてないから」

 この学校の異質な雰囲気。転校早々、俺はすぐに感づいた。妙に馴れ馴れしい教師の態度。何かといえば、緑園大学に合格しろの一言。一年間通った前の高校とはまるで違った振る舞いをする。そして、この学校にやたら若い先生が多いこと。長年緑園学院に勤務している教師は担任の水本くらいだ。それらは全てある緑園学院に課せられた宿命に原因がある。こう言い換えることもできる。緑園大学への生徒の進学率の劣る教師は、この学校にいらない。暗黙の了解の内に、教師陣にはそれがわかっているようだった。

「確かにそうだな」

 俺はこう答えるしかできなかった。

「嫌な世界だな、先生って」

 三上は何も言わなかった。



 午後の授業、ひたすらどのクラブに入るか考えた。締め切りは今週いっぱいまで。この緑園学院では二年になってからは全生徒が何かしらの部に所属しなければならない。特徴として、生徒会などもクラブとしていて、生徒会活動を練習といっている。生徒会にでも入ろうかな……と危うく本気になるところだった。あそこには宮池がいる。絶対嫌だな。

「——いいか、ベクトルには掛け算というものがない。しかしその代わり、内積というものがある。外積もあるんだが、それは後々やる。とりあえずベクトルの内積には、この点を使う。この点を×と勝手に書き換えたら駄目だぞ。まずはこの内積の定義を板書してくれ」

 水本の声が俺の思考を遮った。二年の夏になってから数学がやたら難しくなった。それまでは適当に授業を聞いているだけである程度は理解できていた。残念なことに三角関数や微分あたりから俺の赤点回避神話は崩れた。宮池のお世話にもなる始末。はやく脱宮池化を計らなければ、永遠に馬鹿にされる。

「東、ぼっとするな。さっさと写せ」

 水本にマークされているのを忘れていた。俺は簡単にノートに書いた。さて、どうするか。文化部に入ろうにもやりたい部活もなし、運動部にしても緑園学院のレベルの高さじゃあ、ついていけないところが多い。一番ましだと思えるのは、バドミントンなのだが、肝心の俺の腕は現在故障中。怪我人が入部希望を出すのはためらわれる。

「東、二度目だぞ。集中しろ」

 俺は軽く頭を下げた。水本は無視して授業を続けた。いいか、この際。バドミントン部に入れば、赤松のことに関しても情報を得られるかもしれない。ならこの腕が完治するまでは諜報活動といこうか。俺は気持ちを固めた。それは大げさだな。水本の視線が気になって、俺はノートに板書するふりをした。頭に入って来ない内容をノートに書くのは俺は好きではない。後で宮池君にノート見せてもらおう!脱宮池化は、遠い先のことになるだろう。授業が終わって、ノートを借りに宮池の席に向かった。

「ノートだろ?どうぞ」

「話がはやいね〜」

 遠慮もせず受け取る。理解しながら写す。俺のモットー。

「数学は得意じゃなかったのか?」

「そうだね。ついこの前までは」

 宮池も俺の信条を知っている。俺がノートを借りるのは、授業を理解できなかったときだ。

「内積がよくわかんなかったから。明日までには返すよ」

「今日までに返せ。どうせ俺も遅いから」

「俺に居残れってか?」

 宮池は意地悪い笑みを浮かべた。

「話がはやいね〜」

 むかつく。

「あ、ついでにバドミントン部にするから」

「バド?腕は大丈夫なのか?」

 俺は過剰に腕の包帯をさすって痛みを確かめた。

「全く大丈夫だ」

「嘘つけ。だけど」

 宮池はノートに目を向けた。

「それ写し終わってから俺んとこ来い。別棟の生徒会役員室。ちょうどバドミントンの顧問と部長が来ることになってるから、そのとき入部届けを出せばいい」

「恩に着ます!」

 俺は即答で返した。

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