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第四話 山民

 山に住む種族はそれぞれが独特の文化を持っていた。彼らの外見が同じように見えても、まったく別の思想を持つ種族の場合もある。

 ヘイジには地人は全て同じに見えた。彼らにとって自分達が皆同じ天人とくくられているのと同じように、ヘイジにはどれも大差がないように思えた。

 山に入る前、小さな集落で何か行われているようだった。ヘイジは気にも留めなかったが、オウビはとことことその近くまで行った。

「今日はお祭りですか? 」

 オウビが顔を隠したまま尋ねると、小さな子供をつれた老婆が答えた。

「今日はシノ姫様の祭り。あんたよその人け? 」

 祭りの真ん中には、綺麗な着物を着た娘が座り、その周りを仮面をつけた男たちがぐるぐる回るように踊っていた。

「シノ姫様はたくさんの子供を産んだ神様の娘、豊穣の神様さ。娘達は子供をたくさん授かるように、姫様から実をもらうんだよ。」

 男たちが踊るのをやめると、今度は娘達が並んで中心に座っていた娘から木の実をもらっている。もらい終わると賽銭を箱に入れていた。

「私ももらっていいですか? 」

「賽銭箱に銭入れてくれればいいけ。」

 ヘイジは止めようか迷っていたが、何か意図があるのかと思いオウビが戻るのを待っていた。

 戻ってきたオウビが嬉しそうにしているのを見て、ただ祭りに混ざりたかっただけなのだと分かった。

「任務中ですよ。」

 思わず言うと、オウビは嬉しそうに木の実をしまいながら言った。

「こんな小さなお祭りの日に偶然通りかかるなんて、参加しなきゃ。」

 他の娘達も大切そうに木の実を持っている。どこにでも落ちていそうな木の実だった。

「何の祭りなんですか? 」

 歩き始めながらヘイジが言った。

「地人に伝わる昔話の姫神の祭り。昔、神々が娑原を治めていた頃、シノという名の姫神が生まれた。黒髪をした美しい姫神で、陽神と月神に愛されたんだって。」

 伝承というのは歴史と結びつくことが多い。陽神と月神とは、それぞれ天人の一族の帝を表しているのではないのだろうか。

「地人の娘が天人の帝に? 冗談が過ぎます。」

「実際、いくつもそういった伝承や祭りは娑原の王によって封じられている。この祭りも昔は銀や金のカツラをつけて舞ったそうだけど。」

 今の娑原の王は天人の機嫌取りに夢中だと聞いたが、あながち嘘でもないらしい。そうして自分達が築いたものすら封じ、破壊するのは、哀れに思えた。

 山に入り人の姿が少なくなる。ヘイジは時々磁石を見る。浮遊石の反応はない。オウビは突然立ち止まり、地面をじっと見つめた。

「どうかしましたか? 」

 足でもくじいたのだろうか。ヘイジが思っていると、オウビは首を横に振った。

「これから何が起こっても先に剣を抜かないで。」

 オウビはそう言って立ち上がり、再び歩き始めた。

「どういう意味……。」

 ヘイジが尋ね終わらないうちに、獣の鳴き声がした。大きな野太い声は、段々近づいてくる。地鳴りに近い足音が響いた。

 ヘイジは無意識に柄を握った。その手をオウビが掴んだ。

 木々の葉をわけ、巨大な生物が姿を現した。二本足で立った、熊のように大きい猿のような獣だ。身体中に毛皮を撒きつけている。

 獣は真っ赤な目で二人を睨んでいる。むき出した犬歯、大きな拳、うなり声が大きな口からする。オウビはヘイジの手を掴んだまま、さっきしまった木の実を差し出した。獣の手がオウビに向かって振り下ろされる。ヘイジは剣を抜こうとしたが、オウビの細い指がぎゅっと掴んでいた。獣の手はオウビの手から、器用に木の実を摘み上げると口に放り込んだ。

 獣が頭を振ったかと思うと、全身から毛が抜け出した。ブルブル震え、身体が徐々にしぼんでいく。

 ヘイジが真っ青になりながら見ている中、オウビは瞬きもせずヘイジの手を掴んで獣を見ていた。

 獣の身体から毛が抜け落ちると、浅黒い肌が見えた。長い髪の間から、大きな赤い眼がこっちを見た。獣が何かを言った。言葉のようにも、ただのうなり声のようにも聞こえた。オウビが同じように応えた。

 黒い髪の間から見える体は人間の女だった。彼女は毛皮を身体に巻きつけると山の中に入っていった。

「行こう。案内してくれる。」

 オウビが手を掴んだまま歩き始めた。

「言葉がわかるんですか? というか、行くんですか? 」

「訛りがひどいけれど、娑原で薬売りが喋っていた言葉に似てる。」

 道とはいえない、雑草と草木に覆われた山の中を登っていく。二人が昇りきった先には、数人の男と女がいた。皆身体に毛皮のようなものを巻いている。自分達を案内した女がこっちを見ながら何か言っている。

 オウビが彼らと同じような、うなり声のような聞き取りにくい言葉で説明をしている。

 男達の視線はオウビではなく、ヘイジにあった。彼らの眼は皆赤く、油断なくヘイジとオウビがどこに武器を隠しているか、確認しているようだった。

「ヘイジ、全部武器を出して。」

「全部、ですか。」

「全部。」

「なんのために? 」

 ヘイジが言うと、オウビは眉間に皺を寄せた。

「聞き分けのないこと言わないの。私達の任務は? 山の中にある浮遊石の場所を把握することでしょ? 山に入れもしないまま終わるわけにはいかないじゃない。」

 子供を叱る母親のように、オウビは言った。

「武器をとられて襲われたらどうするんですか。」

「彼らが守ってくれる。」

「その彼らが襲ってきた時は? 」

ヘイジが言うと、オウビは眼を細めて言った。

「私は彼らを敵にして生き延びる自信はない。山でショウジョウ一族には敵わない。」

 確かに、あの大きな獣の姿になって勝てるのか。少なくとも手持ちの武器では難しい。

「彼らが武器さえ出せば、アテルイ族にも会わせてくれるって。とにかく全部武器を出して。それかヘイジだけ山を降りて。」

 オウビはすでに剣を外し始めていた。ここで自分だけ武器をはずなさいとどうなるか、男達の視線で分かった。ヘイジは渋々太刀を外し、懐剣を荷物につめた。それを男たちが持つ。女たちが先頭に立ち、山の中を歩き始める。オウビは女に何か話し掛けた。女は言葉を返す。

 ヘイジは、よそ者は自分だけのような気がした。

 山の中を奥へ奥へと入る。地図の上でここはどこなのか、磁石はどこをさしているのかさっぱり分からない。日が傾き始めた頃、小さな集落に付いた。

 幼い子供が大きな獣の肉を抱えて走っていた。その後ろには足をしばった獣を抱えた男たちが歩く。女たちはカゴに木の実のようなものをかかえていた。

 皆珍しそうにこっちを見ている。オウビは怖じける様子もなく、彼らの言葉で説明をしている。そばにいた子供たちがくすくす笑った。ヘイジが見下ろすと、自分たちより少しからだの大きい子の後ろに隠れた。

 この集落では子供は子供同士で固まっているように見えた。やっと歩き始めたような何人かの子供たちは女の後ろに隠れているが、自分で動き回る年頃の子供達は、少し年上の子供のそばにいる。

 子供たちも武器のようなものを持っている。ここは戦士の集落なのだろう。女も細い腕をしていない。

 アテルイ族は山に住む一族の中で最も強く、知恵があると聞いた。彼らは娑原のように盲目的に天人を崇めない。アテルイ族はこの山の支配者で、山の多くの一族は、アテルイ族に敬意を払う。

「ヘイジ、ここに泊まる許可が下りた。」

 オウビが嬉しそうに言った。

「ここに、ですか? 」

「そう。寝床貸してくれるって。ヘイジそこを整えて。私は食事の準備を手伝わせてもらえるから。」

 こんな場所での一泊にわくわくしているオウビが信じられない。敵陣の真っ只中で野宿しているのと同じようなものではないか。それなのにオウビは何故嬉しそうにしているのか。眩しい笑顔だ。

「オウビ、やめましょう。寝ている間に殺されかねないでしょう。」

 オウビはぺちっとヘイジの顔を叩いた。

「つべこべ言わないの。」

 そしてオウビは村の娘たちにまじっていく。男達は骨組みと丈夫な布のようなものを置いている場所に案内し、組み立て方を身振り手ぶりで教えてくれた。男はヘイジよりも若い。よく見ればまだ少年のようだが、逞しい。

 オウビは、山で彼らには勝てないと言った。この山に入った時、オウビ以外の誰かが一緒だったら、山に入る前に殺されていたかもしれない。

 組み立て終わってから汗を拭うと、オウビが水を抱えて戻ってきた。

「顔を洗って。ごはん食べに行こう。」

 おそらくアテルイ族も、こんな場所で活き活きしている天人の娘は初めて見ただろう。誰もが不思議そうな顔でオウビを見ていた。ヘイジはオウビに手を引かれ、食事が置かれた場所に向かった。火を囲んだ場所でたくさんの人が集まっている。子供達が老人のそばで物語をねだっている。老人の一人がオウビに手招きをした。

灯りのそばでオウビは地図を持って見せた。オウビが磁石を見せると、珍しそうに見つめる。

「分かるんですか? それが何か。」

 ヘイジが馬鹿にしたように言うと、老人が大きな何かを持ってきた。巨大な磁石、それも時間まで分かる大きなものだ。父が自慢していたのを、昔見た。

「天人が持ってたのをちらっと見て作ってみたらしい。でもここでは時間は空を見るから、必要なくて埃まみれにしてたんだって。」

 オウビがふかした木の実をほおばりながら言った。そしてこんがりと焼けた虫を掴み、背中を割って身を食べる。髪の色、目の色こそ違うが、オウビは周りに同化していた。

「ここから西、三つ川を横切った場所に集落がある。そこでよく磁石が狂った。」

 オウビが訳してくれた。地図をなぞり、男たちが言った。

「陽の民が? 」

 オウビが呟いた言葉にヘイジも身を乗り出す。

「金色の髪をした男たちがいたそうだ。そして、朱色のしるし……こういう印では? 」

 オウビが地面に印をかく。男達は首をかしげるが、そのうちの一人が指差した。オウビが尋ね返すと、男は何度もうなづいた。

「ここ陽の民も探りに来てるんですか? 」

「わからない。不時着したことがあるって。」

 女が何かを配った。オウビが短く礼を言って受け取る。女はヘイジにも差し出した。黒髪に妖艶な笑みを浮かべる女だった。木をくり抜いた入れ物に入った、濁った色の飲み物だ。独特の匂いがする。

 オウビは出されたものは何でも口をつける。大きな殻のついた、細く白い何かを食べながら、もらったものを飲む。周りの男達も飲んでいるので、毒ではないだろう。ごくごく飲んでいるオウビの様子を手を叩いてはやしている姿から、中身は濁り酒だろう。若い男がオウビに何か言う、オウビがくすくす笑った。

「ヘイジのこと力持ちの娘さんだって。」

「は? 」

「小食だから、女の子と思われてる。」

 ここまでの侮辱は初めてだ。ヘイジが出された濁り酒を一気に飲むと歓声があがった。娘達がどんどん注いで来る。こんなに酒を飲んだのは、警吏の歓迎会以来だった。

 気がつけば横になっていた。薄暗く見慣れない天井が見える。起き上がると頭が痛んだ。明日動くのに支障が出るかもしれない。ここは夕方建てた寝床だった。寝袋の中からはいだし、オウビの姿が見えないことに気づいた。外に出ると小さな背中が見えた。

 灯りは遠くにあった。三日月がぽっかり浮かんでいる。周りは少し明るく、冷たい空気が漂っていた。

 あの場で倒れたのかと思うと、情けなかった。振り返ったオウビが少し驚いたように見えた。

「寝てなきゃ。明日に残るよ。」

「貴方は寝ないんですか。」

 喋ると頭がガンガン痛かった。

「寝るよ。少し眼が覚めただけ。」

 オウビが寝床の中に入ってくる。

「明日はヤハクを借してくれるって。アテルイ族に気に入られて良かった。」

 オウビが安心したように言った。ヘイジは暗い中、オウビの輪郭を見た。虫の声がどこかからか聞こえる。

「貴方は、どこででも生きていけそうですね。」

 ヘイジが言うと、オウビの輪郭が傾いたように動いた。首をかしげているのかもしれない。頭痛と睡魔でヘイジの意識は遠のいた。オウビが自分をどんな顔で見ていたか、知らないまま。

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