天照のお告げ
「……で、結局何にもなかったの?」
「ねえな」
仁奈の機嫌が直るまでの間、七海は魔緒から色々聞き出していた。具体的には、……以下省略。
「というか、何しに来たんだよ?」
「あら、言わなかったかしら?」
「あれで納得するかっての」
混ぜてもらうとか何とかの話だろうか。
「てか、頭はもう大丈夫なのかよ?」
「何のこと?」
おい。頭を打ったから治してもらう、という名目で上がり込んだのではなかったのか。
「まあ、想像はしてたけどな」
してたのか。そろそろこの展開にも慣れてきたのかもしれない。
「ともかく、誰かに他言したりしてないよな?」
「何をよ?」
「ここのことだ」
忘れていたが、仁奈はただいま家出中なのであった。誰かに(というか彼女の叔母に)居場所を知られると、かなり不味いことになる。
「当たり前じゃない。仁奈に転校されたくないし」
「知ってたのか……」
「叔母さんからね、聞いてたのよ。仁奈を転校させるって」
そこまで話していたのか……。いや、七海の所在を知っていたのなら、伝えるのが普通か。
「折角また会えて、ちゃんと分かり合えたのに……。また離れるなんて、ごめんだわ」
「そこまで言うなら訊くが、痕跡は残さなかったよな?」
「……は?」
魔緒の質問が、分からないといった様子の七海。首を三十度くらいに傾げている。
「親には何も言わずに、勿論携帯の電源は落としたままで、来たんだよな?」
「何でそんなことを?」
「あいつの叔母とやらに見つからないように、だよ。親にはここの場所を言わないのは当然として、念のために携帯電話は電源を落としてるよな?」
「そこまでするの、普通?」
「……してないのか」
いや、普通しないだろう。
「あいつの叔母ってことは、お前の叔母でもあるんだろう? だったら、そのくらいしないと来ちまうぞ」
「何でそうなるのよ?」
「お前の情報収集能力が、先祖の代から受け継がれてる可能性があるからだ」
確かに七海は、魔緒の家の住所や電話番号を知っていた。それと同じものを持っているのだとすれば、かなり厄介なことになる。
「要は、携帯の電源を切ればいいの?」
「ああ」
七海はポケットから携帯を取り出すと、
「その前に、アドレス交換しましょ」
「断る」
何故、今の流れでそうなる?
「だったら切らない」
「あいつが見つかってもいいのか?」
「そのくらいで見つかったりしないわよ」
魔緒は暫く考えていたが、
「なら、好きにしろ」
やれやれと言ったように溜息を吐いた。
「そんなに私とアドレス交換したくないの?」
「てか、その分だと俺のアドレスも知ってるんだろ?」
「だって、貴方が私のアドレス知らないままじゃない」
「んなもん要らん」
それから数分ほど押し問答が続いたが、最後は七海が折れた。
「いいわよ、もう。私のほうからメールするから。それで否応がなしに分かるんだし」
「そしたら受信拒否してやるよ」
「そこまでするの!?」
「お前の番号も着信拒否してある」
「うぅ……、ここまで嫌われてるなんて」
七海はひどく気落ちしたように肩を落とすが、魔緒は気にしていない様子。
「てか、お前ら姉妹は謎だらけだな」
「……何よ?」
「どいつもこいつも、俺なんかに構おうとする。髪は爺さんみたいに真っ白で、目は兎みたく赤いってのに。こんな奇妙な奴のとこに好き好んでくるなんて、姉妹揃って変わり者だなと思っただけさ」
「あら、そうかしら?」
七海は組んだ手の甲に顎を乗せると、優しく微笑んだ。
「貴方って、結構面白いわよ」
「見た目がか?」
「それもだけど、性格も。実際、校内でも他の男子よりも人気高かったし」
「何かうそ臭い」
「嘘じゃないわよ。皆、貴方と気軽に話してる仁奈に嫉妬してたくらいだし。斯く言う私も、大分仁奈に嫉妬してたから」
「お前らが素直に仲直りできなかったのは、そういう訳もあったのか?」
「まあ、妨げにはなってたわね」
突如明らかになった、「魔緒が実はモテモテ」説。果たして、その真相はいかに?
「ったく、女子の考えてることはよく分からん」
「そうよ、乙女心は複雑なんだから」
「乙女心=出口のない迷路」とは、よく言われている。というか今言った。作者が。
「なるほど、合点がいった」
魔緒は頷きながら立ち上がると、
「おい楠川、いつまでも拗ねてないで出て来い」
開きっぱなしになっている扉へ向けて、話しかけた。
「……気づいてたんだ」
すると、その向こうから仁奈が現れた。
「こいつと楽しそうに談笑していればその内釣られてやってくると踏んだ、名付けて「天照大作戦」が成功していれば、そろそろだからな」
日本の神話を基にしたタイトルなのだろうが、この双子姉妹には分からなかった様子。
「さてと、折角だから三人麻雀でもするか」
だから何で麻雀なんだ? お前の家は雀荘でも経営しているのか? それとも作者の趣味か?
「そんなのより、もっといいものがあるんだけど」
七海は鞄の中を漁ると、
「ほら、折角目の前に海があるんだから、泳ぐわよ」
真新しい水着を取り出した。




