ありふれてない遭遇
その後魔似耶は、冷蔵庫のハムを摘まみ食いし、トイレで用を足した。
「にゃ~、さすがに眠いのにゃ」
そして、部屋に戻るようだ。と思ったら、急に立ち止まった。
「うにゃ、誰かいるのにゃ」
なるほど、誰かの気配を察して、急に止まったのか。
「この気配……、仁奈ちゃん?」
「この声……、魔似耶?」
魔似耶の正面から寝巻き姿の仁奈が現れる。
「どうしたのにゃ、こんな時間に?」
「ちょっとトイレにね。……魔似耶こそ、どうしてここに?」
「にゃ。夜は私の活動時間なのにゃ」
「そうなんだ」
「そうなのにゃ」
確かに、魔似耶の初登場も夜だった。昼間は魔緒が、夜は魔似耶が起きているのだろう。
「あれ? 確か魔似耶って、前にもお姉ちゃんと会ってたんだよね?」
「にゃ? そんなこと言ったかにゃ?」
「だってお姉ちゃん、魔似耶のこと知ってた風だったし」
これも魔似耶の初登場時のことだ。その細かいことも「三叉路ROAD1」を参照されたし。
「それがどうかしたのにゃ?」
「いや、夜にお姉ちゃんと会う機会が、前にもあったのかなって」
「……にゃ、にゃ~」
わざとらしく目を逸らし、口笛(実際は声)を吹く魔似耶。都合の悪いことでもあるのか。
「聞かれると困ることなの?」
「ぎくっ……!」
その擬態語を口で言う奴がいるとは……。
「もしかして、悪いこと?」
「そ、それは……、その……、えーっと……、にゃ?」
「「にゃ?」とか言われても……」
仁奈から疑いの眼差しで見つめられる魔似耶。そのせいか、冷や汗がダラダラだ。
「きょ、今日はお日柄もよろしく……」
「もう終わる頃だけどね」
現在十一時五十七分。その誤魔化し方は使えない時刻だ。
「……どうしても、言わなきゃだめなのにゃ?」
「うん」
それでもまだ迷っているのか、魔似耶は暫くもじもじとしていたが、やがて躊躇いがちに口を開いた。
「学校に、最初の亡者が出た時だったのにゃ。幸い人気のない時間だったけど、念のために私が出て来たのにゃ」
「念のため?」
「にゃ。魔緒のままだと、誰かに見られたときに厄介なのにゃ」
「なるほど」
しかしどの道、その特徴的な髪と目の色は誤魔化せないのだから、厄介なことに変わりはないと思うが。
「それで……、どうにか対処したその後に、七海ちゃんと鉢合わせたのにゃ」
「そう、だったんだ……」
要するに、人を殺めた後に出会ったことを言い出しづらかったのだろう。
「……」
「魔似耶?」
「にゃにゃにゃんにゃのにゃっ!」
仁奈の覗き込むような視線に気づいて、魔似耶が慌てて飛び退いた。
「えっと……、まだ何か言いたそうだったから」
「にゃんでもにゃいのにゃっ! 七海ちゃんが仁奈ちゃんのノートに宿題の答えを書いてたとこなんて見てないにゃっ!」
「えっ……?」
「にゃ……!」
そこまで具体的に口走ったら、見たと言っているようなものだぞ。
「……あれって、お姉ちゃんだったんだ」
例の如く、「三叉路ROAD1」を参照するように。
「にゃ……口止めされてたのに」
言い出せなかった理由はそっちか。
「……ふふ」
「にゃ?」
仁奈が突然笑い出した。
「お姉ちゃん、相変わらずだったんだなって」
「にゃ。それが恥ずかしくて口止めしたのかもしれないのにゃ」
「そうかも」
そうやって、二人はしばらく笑い合っていた。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「にゃ、おやすみなさいなのにゃ」
こうして、更に夜は更けていく。