ありふれてない人
食事の後は、二人で後片付けをすることになった。
「とりあえず洗っていくから、洗い終わった奴から拭いてってくれ」
「はーい」
泡立ったスポンジで、食器を次々と洗っていく魔緒と、それを手際よく拭いていく仁奈。まるで、最初のうちは家事を手伝う亭主と、新婚ほやほやで浮かれている新妻のようだ。と例えたら、この二人はどう反応するだろうか。
「そういえば、まおちんって結構マメだよね」
「そうか?」
「うん。料理や皿洗いなんて、私だってしないもん」
「普段は一人暮らしみたいなのだって言ってなかったか?」
「いつも店屋物とかだもん」
嘆かわしい。魔緒は、心の中でそう呟いた。いつもたった一人で、利益重視の既製食品を口にしているのかと思うと、自然とそんな気持ちになったのだろう。
「……料理、近いうちに教えてやるよ」
「……ありがと」
ほんのり、顔を赤らめあう二人。一体何処にそんな要素があったのか知らないが、本人達が楽しそうなので良しとしよう。
片付けを終えた二人は、それぞれ入浴を終えて、就寝前の歓談に興じていた。さすがの魔緒も、旅行のせいで浮かれているのだろうか。
「それでね、お姉ちゃんったら意地になっちゃって、お金がなくなるまで回してたの」
「ほう。あいつがガチャガチャに、そこまで執着するとはな」
七海がガチャガチャをしていたら、一つだけ出ないものがあって、それを手に入れようと所持金を全て注ぎ込んだ。という話をしていた二人。
「それで結局出なかったんだけど、私がやってみたら一発で出たの」
「そりゃまたなんとも……」
なんとも滑稽な、と続くと予想する。
「お姉ちゃんって、昔から向きになりやすいから」
「将来、ギャンブルに嵌って破産するタイプだな」
「……それは困るかな」
仁奈は苦笑しているが、それほど嫌そうではないように見えるのは、気のせいではないのだろう。もっとも、望んではいないと思うが。
「ねえ、まおちん」
「ん?」
「今度はさ、まおちんの家族のことも聞かせてよ」
「俺の家族か? 分かった」
魔緒は、ゆっくりと語りだした。
「まず、親父は滅多に帰ってこないな。東京へ単身赴任してる。お袋は韓流ドラマばっかり見てる普通の主婦で、兄貴は役所勤め。ごく普通の家族だ」
「でも、あんまり似てないよね。まおちんと」
確かに、魔緒の特徴である白髪や赤目が、彼の母や兄にはなかった。遺伝的なものではないのだろうか。
「そりゃ、血が繋がってないんだから当然だけどな」
「えっ? 血が繋がってないの?」
「言ってなかったか?」
初耳だ。少なくとも、仁奈の前では言っていない。
「まあ、言いふらすような話でもないからな」
「……なら、聞かないほうがいいよね」
「聞きたいか?」
「えっ! そ、それは……」
聞きたそうだ。いや、是非とも聞きたいのだろう。というか聞きたい。
「この際だから、話しとくか」
魔緒が声のトーンを下げたためか、仁奈も聞く姿勢(雰囲気的なもの)に入った。
「俺は、捨て子だったらしいんだ」
「捨て子……」
確かに、それなら血が繋がっていないことも納得がいく。
「まだ赤ん坊の頃に、道路に放り出されてたみたいでな。家の親がそれを拾ったらしい」
「そう、なんだ……」
仁奈は、表情の暗くなった顔を俯かせる。そんな話をされて、どう反応すればいいのか分からないのだろう。
「別に気にすることもないけどな。血が繋がってなくとも、家族に違いねえさ」
「うん、そうだよね」
「ま、そんな訳で未だに分からんのさ。この髪と目の理由は」
そう呟く、魔緒の姿が儚げで。けれど、仁奈の目にはそれさえも魅力的に映っていた(と願いたい)。
「まおちん」
「ん?」
「ありがとね。その、一緒にいてくれて」
魔緒は一瞬、呆気に取られたような顔をしていたが、すぐに頬を緩ませた。
「俺のほうこそ、礼を言わないとな」
「えっ?」
「俺みたいな奴と、一緒にいてくれてありがとう」
「まおちん……」
顔を見合わせ、微笑み合う二人。見ているこちらまで、穏やかな気持ちになってくる。
そして二人は、それぞれの部屋へと戻っていった。
こうして夜は更けていく。




