急な電話
◇
……そしてとうとう夕方になった。
「で、どうすんだ?」
やって来ました、タイムリミット。仁奈が、魔緒との小旅行を決められる最終刻限だ。
「えっと……、その……」
仁奈は、もじもじと煮え切らない様子。要は、「魔緒と二人っきりで小旅行に行きたい」と言い出せないのだろう。
「因みに、母さんは行くこと前提に準備してるが」
その頃魔緒の母は、彼の着替えや、その他諸々を鞄に詰めていた。
「まおちんは、どうなの?」
「俺か? 俺は別に構わんが」
仁奈の決定に従う、ということか。案外、優柔不断なのかもしれない。
「えっと、それじゃあ―――」
<ピピピピピ>
間の悪いタイミングで、部屋の中に木霊する電子音。
「ったく、誰だよ……」
魔緒が携帯電話を取り出す。携帯の着信音だったようだ。
「もしもし」
《あら、陰陽魔緒じゃない。奇遇ね》
電話の相手は七海であった。
<プー、プー、プー>
しかし、電話は切れてしまった。
「誰から?」
「いたずら電話」
<ピピピピピ>
そしたらまたもや着信。
「もしもし」
《何で切るのよ!?》
七海の怒鳴り声が、魔緒の鼓膜を揺さぶった。
「そっちから電話しといて、奇遇も何もないだろ」
《細かいことは気にしないの。それより勝手に切らないで》
さっきのは、魔緒が切ったのか。
「てかそもそも、何で俺の電話番号知ってるんだ?」
《気にしない気にしない》
そうやって、はぐらかされてしまう。
「まあ、それはいいとして……。何の用だ?」
《そうそう、忘れるところだったわ》
もし魔緒が言い出さなかったら、用件言わずに電話を切っていたのだろうか。
《まさかとは思うけど……。仁奈が貴方の所にいたり、しないわよね?》
「質問の意味が分からん」
《……訂正するわ。貴方の家に、仁奈が、いるかしら?》
魔緒は少し迷った。仁奈は確かに家にいる。というか、彼の目前に座っている。しかし、それを七海に話していいものなのか? 何故、彼女がそんなことを訊いてきたのかも気になる。その理由如何によっては、おいそれと教える訳には行かない。
「いる、と言ったらどうする?」
《今すぐ乗り込んで張り倒す》
即答かい! というか、家の場所は分かっているのだろうか。
「……運が良かったぜ。もし本当にあいつが俺の家にいたら、今頃撲殺されてるな」
《冗談。貴方にはあの変な力があるんだから、私なんか瞬殺でしょ》
「いや別に、お前に使う気はないんだが……」
それ以前に、そうだと分かっているなら何故、態々脅したりしたのだろうか。
《とにかく、そっちに仁奈がいないか訊いてるの。さっさと答えなさい》
有無を言わせぬ口調に、さすがの魔緒もこれ以上茶化すべきではないと判断したのか、静かに口を開いた。
「確かに、家にいるぜ」
《……そう。なら安心だわ》
しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。
《私の妹を預かる以上は、丁重に扱いなさいよ。くれぐれも、変なこととかしないように》
「当然だ。VIP待遇でもてなしている」
《そう。それじゃ、お願いね》
そして、電話が切られた。
「……」
「誰からだったの?」
魔緒は疲れ切ったような顔で、仁奈のほうへ向く。
「お前の姉君だ」
「えっ、お姉ちゃん?」
魔緒は、会話の内容を掻い摘んで話した。
「まあただ、あいつはここの住所知らないだろうし、問題ないとは思うけどな」
大方、仁奈の叔母から連絡が来て、心配になったのだろう。そう推測する魔緒。
「そっか」
仁奈は、穏やかな笑顔を浮かべながら頷く。
「それはそうと、結局どうすんだよ」
おっと忘れていた。彼らは小旅行の話をしていたのだった。
「……うん」
折角踏ん切りがついたのに、実姉に邪魔されていた仁奈。なんか、複雑な気分だ。
「じゃあ、えっと―――」
「魔緒ー、荷造りできたわよー」
これまた間の悪いことに、魔緒の母が入ってきた。
「あら、お邪魔だったかしら?」
「少なくとも、話の腰は折ったな」
恐らく、話の背骨が複雑骨折していることだろう。
「それより、はい荷物」
どさり、と大きなボストンバッグが置かれる。一体、何泊すると思ったのだろうか。
「今日は、明日に備えて早く寝なさいね」
そして、怪しげな笑みを浮かべつつ部屋を出て行った。
「「……」」
唖然とする魔緒と仁奈。それでも、二人は一つ理解した。
「旅行、決行みたいだな……」
「うん……」
この辺りの内容が、全て無駄になったということを。