帰宅その②
◇
……そして、二人一緒に帰宅。
「ただいま」
「おっ、いたいた」
帰宅した二人を出迎えたのは、スーツ姿の青年だった。
「兄貴じゃねえか。どうしんだよ、こんな時間に?」
どうやらこの青年、魔緒の兄らしい。この暑い夏に、スーツを着るとは……。見てるだけで暑苦しい。
「ほう、この子が例の……」
魔緒の兄はそれには答えず、その隣にいた仁奈に目を向けた。
「こんにちは」
仁奈は、ぺこりと一礼する。
「まあいいや。それより、ほらよ」
青年は魔緒に向かって、何を放り投げた。
「何だよこれ?」
それは鍵だった。何の変哲もない、キーホルダーさえ付いていない普通の鍵だ。隠し金庫の鍵だろうか?
「俺からのプレゼント。この近くにある海辺の別荘の鍵な」
「何でそんなもん……」
「おや、この心の篭ったプレゼントのありがたみが分からないと。そう言うことだな?」
「俺はただ、どういう意図でこいつを渡したのかを訊いているだけだ」
なんか、険悪な雰囲気が……。
「ったく……。折角の夏休みなんだから、そこの彼女と行って来いよ、って意図で渡したんだよ」
「兄貴……」
魔緒は一度、意味ありげに目を伏せ、再びそれを開くと、
「気障な上にチャラい」
ずばりと言ってのけた。
「文句あるか!?」
「文句はないが、突っ込み所は山ほどある」
「相変わらず、可愛くねえな」
「兄貴に可愛がられても気色悪いだけだ」
それから数分ほど、あーだこーだ言い合っていたが、それも直ぐに治まる。
「とにかく、折角お前らに特別旅行を進呈したんだ。俺を敬いながら、喜んで行くがいい」
「何様のつもりだ。仮に行くとしても、敬わないからな」
魔緒の兄は、無言で家を出て行ってしまった。
「ねえ、大丈夫なの……?」
仁奈が、心配そうに尋ねる。
「ん? ああ、あれか。心配するな。兄貴とはいつもあんな感じだ」
「そうなの?」
「物心ついた頃からな」
長い間姉とは離れていた仁奈には、そういった長年の付き合いというものが、ピンと来ないのだろうか。この双子たちも似たようなものだと思うが。
「それよか、どうしたもんかな、これ」
魔緒は、先ほど渡された鍵を眺める。彼の兄は、近くにある海辺の別荘の鍵だと言っていたが。
「おい、どうする?」
「どうするって言われても……」
そんなもの、「行く」か「行かない」の二択しかないだろう。
「そんなに遠くないし、気分転換くらいにはなるが。行くとなれば準備もしなきゃならないし、食事も自炊になるけどな」
結局、魔緒には意見というものがないのか。単なる思考放棄なのかもしれない。
「う~ん……」
唸る仁奈。確かに、魔緒と二人っきりで小旅行に洒落込むのも悪くない。寧ろ、是非そうしたいくらいだ。しかし今だって、彼の家にお泊りしているのだ。それで十分ではないか。そもそも、自分は家出してきたのではないのか。そんなことをしていていいのか。……といった葛藤をしているのだろう。
「保留してもいいが、夕方には決めてくれよ」
さてさて、どうなるのやら。