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共同戦線を張れ (4)

 怒涛の日々でした。まる。


「現在進行だけどね。これは辞世の句でも書くべき? 書くべきだよね? ねぇ、玲奈」


 思わず感情のままに言葉を吐き出せば、名を呼ばれた玲奈は瞳を細め、チラリと一瞥しただけですぐさま視線を逸らした。

 そんな玲奈が視線を落とす先には分厚い書類。今度の文化祭に関わる資料一式。

小分けされた紙の束。全て合わせれば広辞苑も真っ青の厚さになるだろう。

「ぅえー…資材。許可。日程。貸し出し。台本。プログラム。両校を行き来するに辺りの警備員。分厚いねぇ」

「私はこれを読んで覚えているんだけど? 辞世の句を読みたいなら読ませてあげましょうか?」

「いえいえ。謹んでご辞退申し上げますことよ?」

「あら残念」

 心底と言ったばかりに細めた瞳で弧を描き、口の両端を上げて笑みを形作る玲奈に、秋空は迷わずに背を向けた。

 自分で投下した爆弾もどきだが、これは関わってはいけないという自己防衛本能が働き、自分に与えられた資料を手に取り視線を落とす。隣から聞こえる溜息に、ぞわり、と背筋が嫌な感じで粟立つが、あえてそれも見ない振りを決め込む。

「……」

 ここで何かを言おうものならば、それにつけ込まれとってもよろしくない事が起こりそうな予感に、無言のままぺらぺらと資料を捲りながら付箋でチェックしていく。

「(ふむふむ。ここの業者さんと…警備員さんを雇って、両校を行き来しやすくするわけね。あ、もう申請済みなんだ。裏道使用っていっても道路だもんね。許可は取らなきゃだよなぁ。って結構大掛かり)」 

 一校だけじゃ出来ない企画や、それに伴い大掛かりな仕掛け。頭の良さを活かしての脚本。トリックを見破れた上位10組に渡される豪華な商品。

 そのトリックが中々見破られない事が前提なのだが、例え見破られても宣伝効果を得られればいいといった所だろう。

 金城の難攻不落なトリックをつくろう部と、ミステリーは任せとけ部に協力を要請しつつ、これについては聖城のミステリー好きにも手伝ってもらった。脚本についてはミステリー部(略)と総合小説部を中心に作成。金城と聖城からは有志クラスを募り、当日はそのクラスに一任される。

 当日といっても、今の段階で話し合いには参加。一般的な感性から意見を言ってもらい、重宝してるらしい。

 両校で盛り上げるといっても、金城は兎も角聖城の人間がここまでぶちまけていいのだろうか。なんて心配を秋空がしてしまう程、聖城の学生が金城についてこれてしまっている。

 分野がミステリーというのがいいのか。

 それとも感化されたのか。

「(面白いならいいけど。どうせなら色々と写真も撮りたいなー)」

 学校が変われば雰囲気も変わる。

 ここでバシャンバシャンと撮っておいても損はない。いや、堂々と撮れるチャンスを逃すべきじゃないと、心の奥にそっと決意を秘めておく。

 ちなみに、秋空のクラスはお菓子処。喫茶店ではない。あくまで、販売員を置くだけの持ち帰りお菓子販売店である。

 クラスの意見はあっさりと纏まった。当日は色々回りたいよな、をコンセプトにした話し合い。前日に行われる劇やその他の催しでもいいんじゃないかという話しもあったのだが、小腹がすいた時の持ち帰りお菓子ってよくない?なんていう一人の意見から、一気にそちらに流れた。

 四時間目という時間帯が決め手だったのかもしれない。

 

 ペラペラとページを捲り、最後まで目を通した後、秋空はそれなりの厚さを主張するそれを机の上へと置いた。

 玲奈の方を見てみれば、広辞苑真っ青の書類は既に最後の方に差し掛かっている。速読は身に着けているが、捲る腕は疲れないのだろうかというふとした疑問もわくが、口に出すことはしなかった。

 細身の美人に見えて、玲奈の筋力は洒落にならない。

 アイアンクローの餌食になった人間を間近で見た事があるが、その悶絶した表情は忘れられそうにない悪夢だ。

「何かしら?」

「いえいえいえいえいえ。なんでもございません」

 チラリチラリと横目で確認していただけだというのに、秋空の方を一瞥もせずに玲奈から発せられた言葉に、秋空は本能で首を振りながら答えていた。

 こちらに向かせてはいけない。

 妙な沈黙の中、ペラペラと玲奈が書類を捲る音だけが響く。

 席を立つ事も考えたが、とりあえずそれは止めて鞄からノートを取り出した。文化祭に向けて、書き物部として色々と書かなければいけないのだ。会誌に一つ。後はグループ毎にジャンルを決めて、そこで一つ。最低ノルマは二つだが、秋空としてはこの機会に個人誌を発行したいと思っていた。

 余裕があれば二次創作にも着手したいが、この分でいくと難しいかもしれない。ストックがないわけではないが、その辺りは某イベントで発行したいのが本音だったりもする。

 止まる事なくペンを走らせ、原稿の下書きを完成させていく。

 実行委員として燃え尽きるなら、最低限のノルマだけをやっておいた方が無難だとは思うが、時間が足りなくなればなる程色々なものに手を出したくなってくるのは何故だろう。

 そこまで器用な人間じゃないとは分かっているが、つい横道に逸れたくなるのも心情だったりする。

 玲奈もソレは分かっているのか、この件については何も言わない。ただ時折り、ジッと見られながら栄養剤を差し出される時があるのだが、それは素直に気遣いだと思って受け取っておく。

 おそらく、実行委員に付き合わせたお詫び――というよりも、最後までついてこれるわよね?という脅しのような気がしないでもないが。

「アキ」

「ん?」

 読み終わるのも時間の問題だとは思っていたが、やはり予想よりも早くに読み終えた玲奈が、文化祭の資料とは別のそれなりの厚さの紙の束を秋空に押し付ける。表紙には何も書かれていないが、指先が触れた瞬間ぞわわ、と背筋を嫌な感触が走り抜けた。

 動物的本能が発揮されたのか、それとも玲奈が素晴らしい程の笑顔を浮かべていたからか。

「これ…」

「見てみればわかるわよ」

「そうですよねー」

 紙の束を押し付けられた時点で見ろ、ということなのだ。

 しぶしぶといった雰囲気を隠す事もせず、秋空は紙を一枚めくり、その瞬間凍りついたように固まった。

「………玲奈さん? これって…」

 戸惑いを露わにしながら玲奈を見てみれば…。

「義弟君のファンクラブがあるみたいよ?」

「……へぇ」

「聖城に入る前からでね。その子たちの一部が金城に入って、細々とだけど続けてるみたいね」

「……ほぉ」

「流石にプライベート過ぎる事は調べていないから、一線は越えてないみたいよ?」

「越えてたら怖いわ」

 そんなストーカーさんがいたら、今の秋空の自宅の状況は決して良くは思われないだろう。

 背筋を走り抜けた嫌な予感はこれか、とも思ったが、玲奈はそんな秋空の様子を承知の上で言葉を続けた。

「中学時代はあったみたいよ。でも…ね。高校入学と同時にかしら? 義弟君が駆逐したみたいね。そうそう。ファンクラブ情報によると、その一ヶ月前の雨の日に、走り去る少女に熱い眼差しを向けている義弟君の姿が目撃されたみたい」

「どこからその情報を得たのかがものすっごく不思議だけど…大丈夫! あえて突っ込まないよ。怖いから!」

 寧ろそんな話しは別に聞きたくないと思うのだが、玲奈が止める気はないらしい。

「義弟君は女嫌いで有名みたいね。初恋は雨の日の君かしら?」

「というか、十分その雨の日なんとかは個人情報じゃないの?」

「偶然らしいわよ」

「……そかそか」

 執念を感じさせる偶然に、秋空は沈黙する事を選んだ。ぺらぺらと資料を捲れば、音哉の日常を感じさせる写真が山ほどとある。

 聖城は共学だが、見事に写っているのは男だけ。

「学校でもデレがないんだ」

 眉間に皺はデフォルメかと、この時ばかりは心底実感したりもするのだが、次の瞬間秋空はその資料を玲奈の目の前へと置く。

「ちょっと見ちゃったけど……これ以上はいいや。女嫌いでも何でも、家だと今更? なんていっていいかわからないんだけどね。心配してくれてありがとね」

 とりあえず、文化祭は成功させよ。 

 と笑う秋空に、玲奈もそうね、と微笑を浮かべた。


 

 秋空はペラペラと捲っただけで、その資料は読まなかった。

 精々写真が目に入った程度の事。それも日常に流されるように、記憶に残らない些細なもの。

 けれど、見なくて正解ね。

 そう、玲奈な内心呟く。


 秋空は覚えていないが、高校入学前に傘を一本、見知らぬ誰かにあげた事があるのだ。

 次の日、お気に入りの傘を持っていない事を疑問に思った玲奈が聞いたのだが、返ってきた言葉は知らない子にあげた。という単純なもの。

 折りたたみ傘は持っておくべきだよねー。なんて軽く笑っていたが。



「(あらあら。ホント、秋空ってば無防備ね)」


 そんな事を玲奈が考えているとはまったく思っていない秋空は、改めて文化祭に向けて気合をいれたのだった。




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