共同戦線を張れ (3)
話し合いは概ね順調だったはず。と秋空は心の中で頷いておく。
例え話し合いの最中に見えない火花が散っていようとも、その話し合いは驚くほど短時間で終わったのだ。単に顔合わせがメインだったからかもしれないが。
とりあえず自己紹介。その後は互いの文化祭のコンセプトを発表。相変わらず金城はお祭りで、聖城は展示会。その装いをどうやって歩み寄らせるのか。それは今後の大きな課題の一つだろう。
正直、この辺りで既にリタイアしたいのは、歩み寄る気配の気の字も今の所見当たらないからだろうか。寧ろ、何でか確執だらけになった両校の歩み寄りを、生徒に一任するなと声を大にして叫びたいのは秋空だけではないはずだ。
「(そうだ。きっと面倒だって思ってるのは私だけじゃないはず! だって小説読む時間が減っちゃうじゃないか!!)」
ぐっと握り拳を密かに。あくまでも密かにつくって訴えてみる。勿論心の中だけで。どちらかというと面倒というよりも、それに時間が取られて小説を読む時間が減るのが嫌だという、ただそれだけの理由だったりもする。
そういう理由じゃなければ、人間観察としてはそれなりに興味深い現場でもあるのだが、音哉がいるとなるとその観察現場としての興味は一気に薄れ、それ所かハイさよならーと現場を立ち去りたい衝動に駆られてしまう。
思考はぐっちゃりぐっちゃりと、秋空らしくなくウダウダと考え込んでいるのだが、後々これも良い経験になるのかなぁ、なんて呟く辺り、秋空のかなり良い性格が伺える。
「とりあえず…とりあえずやるべき事は夕食作りだね」
ゴマをするわけじゃないが、今日は気分的に豪勢にいきたいのだ。疲れ果てた時に美味しいご飯。そしてデザート。ちょっとした贅沢は、気分が浮上するには十分だと手作りじゃない。既に作られた既存のデザートを幾つか買い物籠へと放り込む。
普段は手を出さない高めの嗜好品。スーパーの籠に入れられた88円のゼリーではなく、棚に一つ一つ並べられた見るからに高めのゼリー。他にはそのスーパーで作られた安めのヨーグルトじゃなく、一段高い場所に置かれたヨーグルトに手を伸ばす。
他にはプリン。勿論、これも三個パックじゃなく、単品のものを手に取り籠へと入れた。秋空の趣味でゼリーやプリンやヨーグルトが多数籠に入ったが、ケーキ類も買っておいた方が無難かもと、ロールケーキとショートケーキを買い込む。その際賞味期限は確認済み。
これの他に夕食のメインとなる材料を買い込み、少し重たくなった籠をレジへと持っていく。作り終えるのは七時ぐらいかなぁ、なんて呟きながら、明るい空を見上げながら自宅への帰路へとついた。
ガサゴソと部屋に戻る事無く、エコバックから買ったものを取り出し、それを手際よく冷蔵庫へと入れていく。今日使う食材はそのまま机の上へと置き、まな板と包丁。その他必要なものを並べていく。
玄関に音哉の靴はなかった。
まだ、学校に残って何かをしているのだろう。
あの話し合いを見れば、今頃どうやって金城に対抗するか――なんて話し合いがされているのは当然といえるかもしれないが、文化祭で金城と対抗出来ると思うのは些か、金城を甘く見すぎていないだろうかというのが秋空の正直な感想だ。
聖城が伝統を育んできたように、金城も金城なりの伝統を育ててきた。文化祭も、皆で一丸となって。寧ろ趣味に走りまくった事も、商売に走り過ぎた事も否定は出来ないが。それでも長年育んできた金城の集客力。
それは今まで積み重ねられた力ともいえる事。
金城だけで自由に出来るなら、去年までとは殆ど変わらない。聖城と協力って何をするんだろう。正直まったく予想はつかないが、両校で実行委員に選ばれた面々を見れば、それなりに上手く出来そうな気がするというのもある。
「張り合ってくれなきゃ聖城じゃないしねぇ」
金城に対抗しない聖城というのは、今更想像がつかないというのもある。
トントンとリズム良く包丁を動かしながら、秋空はポツリ、とそんな言葉を漏らした。
「張り合う――か。確かにその通りだけど」
「あれ? まさかの返答。おかえり、音哉さん」
手を止め、入り口の方を見れば突っ立っている音哉。帰ってきたら自室に直行なのに珍しい。そんな感情を滲ませ、秋空は驚いたように目を少しだけ大きく開く。
「まさが、秋空さんが実行委員とは思わなかったな」
「それはこちらの言葉でもあるけれど?」
音哉に背を向け、手を止めていた包丁を再び動かし始める。例え一月以上もの間姉弟をやり、一週間以上もの間二人っきりで過ごしていようとも、未だに他人行儀な二人。
きっかけがどうであれ、こうして言葉を交わすようになったのは、歩み寄ってる証拠だろうか。いや、難しい所だな。と、瞬時に結論を出す。
不自然なほどの沈黙の中に響く、料理をする音。
いつもだったら、という言葉を付け加えるなら、音哉は無言のままこの場を立ち去るだけ。そして秋空も追いかけたりはせず、料理を完成させて一人黙々と食べるだけ。だが、今回だけはどうやら違うらしいと、いつまで経っても立ち去らない音哉の気配で、秋空は包丁を使う作業を終わらせ、切った食材を炒めてから鍋へと放り込む。ホールトマトとローリエをぶち込んで、この後は煮込めば完成するだろう。
後は冷凍しておいたハンバーグや野菜を焼いたりして盛り付ければいいだけ。
炊飯器でご飯が炊き上がる前に焼きだして、蒸し時間も考えながら逆算する。そうすると、立ち去らない音哉と話す時間は十分にあるかなと、秋空はエプロンをつけたまま手早くコーヒーと紅茶を淹れ椅子へと腰掛けた。
話しがあるなら話そうかとばかりに、テーブルの上に置かれた音哉のマグカップ。口を噤んだまま、音哉は自分の定位置である意思へと軽く腰掛けると、まっすぐに秋空を見つめた。
こうして視線を交わすのは初めてじゃなかろうか。
互いにそんな事を思っているとは思わず、真正面から視線を合わせ、互いに眉間に皺を寄せた。
「……」
「………話しがあるんじゃないの?」
沈黙を破ったというか、沈黙に耐えられなかったというか。秋空が観念したように口を開けば、無表情だった音哉が笑みを浮かべた。
「秋空さんから口を開いてくれて助かったよ」
「ソウデスカ?」
「うん。まさか実行委員とは思わなかったし、隣にいる友人も意外だったからさ」
「意外?」
玲奈が?と言えば、迷わず頷かれる。
「彼女、金城に入るタイプには見えなかったし」
「あぁ。そうなんだ」
声のトーンを落とし、秋空は目を細めた。この手の会話は正直な所、好きじゃないのだ。玲奈の事を良く知らないであろう音哉に言われるのも、不快だったのかもしれない。
「他意はないよ。単に、文化祭は成功させたいなって思ってさ」
秋空の心境の変化を悟ってか、音哉はあっさりとそんな事を言うと、鞄から一枚の用紙を取り出した。
頬を膨らませながらも、机の上に置かれた用紙の文字を視線で追ってみれば予想外の文字の羅列が続く。
「…これって…」
「見たまま。聖城の意見はまとめてきたよ。模試の上位常連者に対して、偏差値の事で何かを言うのはこっちが馬鹿っぽいしさ」
「音哉さんって二年だよね? 三年が纏めるんじゃないの?」
紙に箇条書きされた文化祭における約束事。
そして、その下には手書きの名前と、拇印が押されている。金城が帰った後に話し合ったとしても、音哉が家に帰ってくる時間を考えれば、時間は然程長くはない。
驚いたように目を見開く秋空に、音哉は不適な笑みを形作ると。
「当たり前だろ。俺が聖城実行委員長なんだから」
と、さも当然とばかりに。
「……へぇ」
ひょっとして。
ひょっとして?
音哉さんってば結構な性格なのかも。
けれど、それを問いかける自信はまったくない。
「(…成績上位者を持ってきたのが功を奏したっていうか。ま~…わかりやすいもんね)」
玲奈や譲に始まり、三年も一年も実行委員のメンバーは、それなりに偏差値が高い。その偏差値はどうやら玲奈の予想通り、聖城にとってみたら大きな武器になったらしい。
「言いたい事はこれだけだから」
テーブルの上に置いた紙を秋空へと押し付け、音哉は鞄を持つと同時に椅子から立ち上がり、さっさと自室へと戻ってしまう。
「…う~むぅぅ。これってつまり、金城の実行委員に言っとけって事かなぁ」
態々会話を持つぐらいだから、きっとそうかな。
そう結論づけると、メールを送る為に携帯を片手に持つと、空いた方の手でプリントを持ち上げる。
金城と協力します。
金城側のサポートとして、聖城の文化祭を行います。
この期間は今までの事は置いといて、真面目に金城に接すること。
ずらり、と並んだ言葉だが、これを聖城学園実行委員長の音哉が中心になって考えたものだとしたら、思わず秋空の口から笑いが零れた。
少しは歩み寄れてるのかな。と、ほんの少しだけ期待しながら、秋空は頼まれたであろう事を実行する。
今日の夕飯は、音哉を誘って一緒にご飯を食べてみようか。
そんな決意をしながら、秋空は送信ボタンを親指で押して任務――自分的に――を果たしたのだった。




