共同戦線を張れ (1)
恋歌を送り出してから早一週間。龍哉からさりげなく旅行の詳細を聞いたのだが、どうやら新婚旅行と会社の出張を兼ねているらしい。
そんなんで堪能できるのかどうなのか。
気になって聞いてみれば、マイペースを地でいく龍哉と恋歌には関係ないらしい。その期間を聞いた瞬間は受話器を落としそうになったのだが、それも仕方ないだろう。
年頃の男女。しかも血の繋がりのない思春期真っ盛りな二人を置き去りにして、何か間違いがあったらどうするつもりだと、声を大にして叫びたい。
実際は在り得なさ過ぎて、逆に笑いが込み上げてくる。だがしかし、その辺りの心配はお約束だろう。
お約束ならばぜひとも口にせねばと言ってみたら、玲奈から冷たい視線を頂いた。
「いいじゃない。お約束って大事だよー。自分じゃ体験出来ないけど王道みたいなね」
実力テストという夏休み明け早々の面倒な行事が終わり、背中に羽が生えたような開放感に、秋空はついつい在り得ない事を口にしてみる。
そんな仲になる以前に、未だにコミュニケーションを満足にとれていなかったりもするのだが。
「会話時間10分未満が何を言ってるのかしら?」
「あはは。そうなんだけどねー。おかしいね。夏休み前に会ったからもう一ヶ月以上? それで会話が10分未満ってありえないね」
口に出してみれば、同じ屋根の下に暮らしているとは思えない程の会話の少なさ。両親の新婚旅行をきっかけに、顔を合せない日さえ出てきたのはきっと、気のせいではないはず。
「実力テストの後はやけに頭が軽くなるのね。今まで何が詰まってたのかしら?」
玲奈の細長い人差し指に、ツンツンと突かれる秋空の額。
「前は公式。今は夢と願望と欲望かな」
「そうね。貴方の頭はそんな感じよね。義弟君の事をあえて口に出さない所もアキらしいけど。でも…」
「でも?」
わざとらしく語尾を濁らせた玲奈。わざとだと解っているが、それにのっかり耳を玲奈の方へと近づけながら続きを待つ。
どことなく語尾が弾んでいるのは、玲奈が仕入れた情報によるものだろう。そのルートはどうなっているんだと気になる程、玲奈の情報網は凄いのだ。
「そろそろ文化祭の準備よね」
気になって耳を近づけてみれば、突然の学校行事のお知らせ。
「そうだねー。去年のメイドさん喫茶は良かったよね。絶対領域はやっぱ捨て難いわ」
デジカメでパシャパシャと撮りまくったら、何でか購入希望者が殺到。遠慮なく売りまくって、クラスの打ち上げが豪勢になったのは今でも印象に残っている。
秋空はギャルソン。玲奈は伝統派のメイド服。長い紺のスカートと、機動性を重視したシンプルな純白のエプロン。勿論秋空希望の絶対領域を披露する事はなかったのだが、これはこれでいいという客が数多く集まった。
この時、伊達である分厚い眼鏡を取っ払われ、素顔で接客する羽目になった秋空としては、その点だけは思い出したくない過去だったりもする。
だからこそひたすら人物を撮っていたのだが、今年もその線で行こうと密かに心に誓いながら玲奈の顔を伺う。
「……」
形の良い唇で弧を描き、頬杖をつきながら目を綻ばせる。我が親友ながら絵になるわー。と拝みたくなるが、嫌な予感がするので真面目な表情を浮かべ、無言のまま続きを足す。
「今年は…」
「今年は?」
「聖城と合同開催に踏み切るらしいわよ」
散々もったいつけた玲奈だったが、思いの他あっさりと爆弾を投下する。
「文化祭は展示だけっていう聖城が、金城の勢いについてこれんの?」
割合なんでも有りな金城学園。物の売買も相当されるし、プライベートな同士も来る。フィギュア部やら料理部やら手芸部等が力を込めすぎた作品を販売し、それに続けと言わんばかりに小規模な部活が突っ走る。
それと同時進行で行われるクラスの催し。一学年一クラスは劇や演奏をやる事が決まっており、悪ふざけした面々が相当盛り上げるのだ。
後は飲食系学年毎に一クラス。他には展示やお化け屋敷や参加型企画等。学園全体でこれでもかという程打ち込み、近隣住民のみならず、遠くからも足を運んで貰えるような催しが盛り沢山。それと比べると、聖城の文化祭は厳粛な空気も勿論の事、大体が学校関係者が展示物を見学して終わりというシンプルなもの。
「さぁ? 経営者の考える事はわからないけど。とりあえずアキは空いた時間は部活の出し物を中心にした方がいいかもね。どうせ色々と発売するんでしょ。書き物部としては」
「発売はするんだけどねー。クラスが何やるかわからないし、ちょっと保留しとく。共同戦線を張るってのも気になるし」
これだけ仲の悪い生徒同士を、どうやって歩み寄らせるのかと興味をひくが、態々それを見学する為に残るぐらいなら、秋空としては自室でパソコンとお友達する事を迷わず選んでしまう。
「しっかし…聖城と共同戦線かー。うーん。出来るなら関わり合いになりたくないや」
正直、聖城との共同戦線で音哉と関わったとしても、自宅以上に喋れる気はしない。聖城は金城の生徒に対して冷ややかな眼差しを向けてくる。その聖城の人間が沢山いるのに、新しい姉。金城学園に通ってます。なんて説明は態々したくないだろう。
そんなしたくもない説明をされて、自宅の雰囲気が悪くなるのだけは正直避けたい。
両親が関わらなければ、滅多に体験出来ない凍るような雰囲気を楽しんだりもするのだが、一歩間違えると致命傷になりかねない。
珍しくも第一線から退く事を仄めかした秋空に、玲奈は意外そうに目を見開き、コテン、と間抜けな音をたてながら首を傾げる。
「いやいやいや。お母さんがいなくて家が広くてね。ちょびっと堪えているのですよ実はね。だからあんまり刺激したくないなぁって思ってさー。どちらかっていうと、あっちの方が過剰に反応しそうだし。私の義弟です~なんて紹介してさ、皆に囲まれたら尚更金城嫌いになりそうじゃない??」
「否定出来ないわね」
「でしょ? 悪化はさせたくないんだよねー」
「わからなくもないけれど。でも、ここまでくると中々歩み寄れたりはしないのね」
これ以上距離をあけたくないと言いながら、歩み寄る素振りは見せない秋空。誰とでも仲良くなる秋空を考えれば珍しいと思うが、どうやら色々と考えているらしい。放置した期間が長いと逆に、どうやって距離を詰めて良いかわからなくなるのかもしれない。
「義弟君が学校で気まずくなっても嫌だものね」
何処か納得したように玲奈が頷く。
金城嫌いの聖城。
金城の生徒と仲良くしていたというだけで、いじめが起こったのは実際過去に起こった事。黒歴史として閉口令がひかれているが、人の口に戸はつけれずといった所だろう。
「いや。単にそんな馬鹿げた理由で義弟君がいじめられたら、私が嫌な気分になるというかね。自分が嫌だからやらないっていうかさ!」
「まぁ、わからなくないけれど。でも、これで向こうの印象が変わるわね」
「…? 変わればいいけど。変わってくれたら平和的だけどね~」
印象が変わってくれたらそれが一番だと、秋空は玲奈の言葉にほんの少しだけ首を動かして頷く。聖城の伝統的な一方通行図は正直気にならないが、最近では少しだけ音哉と仲良くしたいかな、と思い出したのだ。
その理由としては、この一週間の音哉の態度が関係していたりもする。元々、秋空が作ったという理由でお弁当も拒否していた音哉。食事を作った所で両親が居ない状態で食べるはずないと思い込んでいたのだが、食事を共にしないものの、音哉は秋空の作った物を綺麗に食べてくれる。
単に買いに行くのが面倒だったり、栄養が偏るからだったり、こんな事で小遣いを使いたくないだけかもしれないが、それでも…。
食べないと思っていた相手が食べて、秋空の認識に少しだけ変化が訪れた。多分というか絶対、両親がいたら起こらなかった変化。
そんな変化を身近で見てきた玲奈は、この時ばかりは微笑ましげに秋空を見ていた。まるで頑張って、と言わんばかりの表情で。
「玲奈…ありがとね」
頬を朱に染め、ぽそり、と照れくさそうに言う秋空。それを笑みで受け止め、首を横へと振る玲奈。
これだけ見ると親友同士が友情を深めているようにしか見えないだろう。
玲奈が言葉を発するまでは。
「というわけで、実行委員お願いね」
「はい? 実行委員とな??」
何だろう。その初めて聞いちゃったけど聞きたくなかった響きをもつソレは。
「互いの高校を行き来しながら文化祭を盛り上げる責任ある委員会よ。私も実行委員よ。嬉しいでしょ? 頑張りなさい」
容赦なく言い切られ、秋空のあずかり知らない場所で実行委員に名を連ねさせられているのだという事実に、さっきまでの良い雰囲気は何だったんだと叫びたくなってくる。玲奈相手に無駄だと心底わかってしまっている為、やらないが。
「玲奈さん…(あのね。関わり合いになりたくないなぁっていうかさ。前線から退きたいなぁって感じで玲奈も納得した感じだったよね~っていうのが超本音なんだけどなんだろう。しかも実行委員って一番面倒な委員じゃない? あんな難しい学校と歩み寄る為にパソに向かい合う時間を減らしたくないんだけど。でも口に出して言ったら怖いっていうかさっ)」
「実行委員をやるとね、内申が上がるのよ? 勿論、協力してくれるわよね?」
一週間前にも感じた突貫工事並みの警報が再び、秋空の脳裏に鳴り響く。
関わり合いになりたくないと宣言したが、その警報に背筋が寒くなる感覚を覚えながら、秋空は机に突っ伏した。
「……誠心誠意、頑張らせていただきます」
目に見えない圧力に再び、心が折れた秋空。
「実行委員で切り盛りすれば見る目変わるわよ。寧ろ変わらせるから。遠慮なく――いくわよ?」
フォローなのか何なのか。それとも巻き込んだお詫びなのか。
悠然と微笑む玲奈を視界の隅に収めつつ、ソッと視線を外した。確かに、玲奈ならばやれてしまうだろう。
「いつまでも秋空を認めない義弟なんて、蹴散らしてしまいなさい」
続けて言われた言葉に、視線を逸らしたまま秋空は頬を引き攣らせた。
どうやら、秋空が然程気にしていなかった義弟と不仲という事実だが、玲奈は相当気に掛かっていたらしい。
だがしかし、蹴散らしてどうしろというのか。
何となく、玲奈と義弟は会わせない方がいいんじゃなかろうかと、今後のお約束などまったく考えずに、本気でそんな事を考えていた。




