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義姉にデレを見せれない義弟



「お母さん何してるの?」


 思わずそう聞いてしまった秋空だが、それも仕方ないだろう。玄関に置かれた旅行用のバック。明らかに中身をギッシリと詰められたソレ。しかも二人分に加え、玄関に置いてある磨かれたばかりであろう余所行きの靴。これも二人分。

 これは両親の靴と鞄だろうという事だけはわかるのだが、それが何故玄関に置いてあるのかが解らない。わかるけど、わかりたくない。

 秋空が隠す事無く怪訝な表情カオをしながら母である恋歌に説明して、と言わんばかりの視線を投げかければ、語尾が弾ませた言葉が返ってきた。


「これから龍哉さんと旅行に行くの。新婚旅行ね。アキちゃんは料理も作れるししっかりしてるから、お母さん安心して行けるわね」

「………」

 行けるわね?

 行けるわよね?

 恋歌の笑顔のプレッシャーに押し負け、秋空はギギギとぎこちない音を立てながら時間をかけて首を縦に振る。こうしなければいけないんだというどうしようもないプレッシャー。おっとりとした見た目でも流石は自分の母親。侮れないぜ。と思ったりなんかもしたのだが。

「あらタクシー。じゃ、行ってくるわねー」

「(あらじゃないでしょうがお母様)」

 明らかに恋歌の手からは余る鞄二つを楽々と持ち上げ、語尾を弾ませるどころかスキップをしそうな勢いの恋歌に、声には出さずに不満を漏らす。

「何かしら?」

 その瞬間足を止め、軽やかに振り返った恋歌に、秋空は勢いよく首を横へと振った。

 これに、逆らっては、いけない。

 リンリンリン、などという可愛らしい警告音ではなく、突貫工事か的な音が秋空の脳裏に鳴り響く。

「ううううん。お土産楽しみにしてるね! 気をつけて。怪我しないように。お腹出して寝ないように!」

「あらら。アキちゃんってば心配性ね。大丈夫よ。アキちゃんも気をつけてね」

「はぁ~い」

 先月、全部お母様がやった事ですよ?

 と、本音は決して口にしない。寧ろ考える事もしない。恋歌の姿が玄関の外へと消えた後、漸くそんな事を考えれた秋空は、疲れ果てたようにその場へと座り込んだ。どうして考えている事がわかるのか。

 動物的な直感を持っているのかどうなのか。兎に角心の中は読まないで欲しいと心底思いながら、ここにきて一つの結論にぶち当たる。


「あははー。音哉さんのご飯作れって事かぁ」


 食べるかな。 

 どうかな。

 絶対食べないよね!

 非常に仲がよろしくないの、忘れまくっちゃってるよねお母様~。


 学校用の鞄を胸に抱き、そこに額を押し付けるように暫くぐったりとくたばっておく。傍から見たら異様な光景だが、それでもいい。両親が揃って出かけたならこんな姿は見られまい。

「………」

 はぁ。

「………っつーか、新婚旅行って何処よ。いつまで行くんだかもっと早めに教えてよ流石にさっ」

 携帯という文明の利器があるのに。メールという手段を秋空以上に使いこなしているのに。それなのに、学校から帰ってきた秋空を出迎えてそのまま旅立っていった恋歌。きっと、前もって言っていたら色々と説明が面倒だったからだろう。

 全てを丸投げしていった恋歌と、恐らくそれを知らない龍哉。知っていたらきっと、なんだかの言葉を貰えたんだろうかと思うとちょっと悲しくなる。

 ガックリと項垂れていたら、いつの間にか音哉が帰ってきたらしい。ドサリ、と玄関に置かれる音でそれに気付いたが、顔を上げる気力も無く。

「おかえりー」

 と、言葉だけでお出迎え。

 あんな居た堪れない空気だって両親がいるからまったく気にならないのだ。作った料理を目の前で拒絶されたら、流石の秋空だってへこまないわけがない。多分。そう思う辺りでへこまないだろ?なんて自分へ突っ込みが入るのだが今更だろう。


「(そうだ。今日は空気読まないイチャイチャラブなツンデレカップルな短編を書こう。今なら書けそうな気がする!)」

 普段は専らファンタジー。ちまちまと乙女の夢という名の逆ハー状態にするのが好きなのだが、いつもは書けないバカップルが書けそうだと気分を入れ替えようと試みる。この時点で、すっかりと音哉の存在は抜け落ちていた。

 挨拶をしないのはいつもの事。言葉を交わさないのもいつもの事。だから、項垂れている秋空を遠慮なくほっておいて部屋に戻っていると思ったのに、顔を上げて見れば何故かまだ音哉が靴を履いた状態で突っ立っていた。

「何してるの? あ、多分三時のお八つは用意してるはず。お母さんが忘れるはずないし。旅行に行ったみたいだけど……あ、知ってるんだ」

 何を今更?

 そんな凍える視線を向けられ、娘に何故報告しないのお母様。と、この短時間に何度か思った言葉を思い浮かべる。

「ご飯は作ってレンジの中にいれておくから」

 食べたかったら勝手に食べてねと言わんばかりに、秋空は重たい足を引きずるように靴を脱いでリビングへと向かう。まず初めにやる事は、エプロンを身に付け夕食作り。一度部屋に戻れば外に出る気力は無いだろうと、先に必要最低限の事をやる為に忙しなく動き出す。

 両親が結婚した後も、台所管理は秋空のまま。両親が揃って仕事をしているというのが一つ。もう一つは、恋歌よりも秋空の方が料理の腕が確かだからだろう。

 朝食、夕食のみならず、家族のお弁当――本人希望の為一人除く――作り。これで小遣いに色をつけてもらっているのだから、不満などあるはずもなく日々食事作りに勤しんでいたりもする。バイトをするよりも割がいいのも、やる気をアップさせる秘訣だろう。

 リズムよく包丁の音が響き、手際よく料理を作っていく。本日のメニューは和風あんかけハンバーグ。キャベツとブロッコリーを皿に盛り付け、メインのハンバーグをのせる。見栄えよくあんをかけるが、足りなかった時の為に小さな器にソースを用意しておく。

 家族で囲む食卓なら、ほんわか温まるようなうどんが良かったのだが、いつ食べるか。もしかしたら食べないかもしれない相手に、のびる食事は用意出来ない。

「はぁ……作ったけどお茶漬けで食べよ。あ、そうだ。明後日実力テストじゃないですか。今回はどんな問題が出るのかなぁ。さぁて、サクッと食べてお風呂に入って部屋でパソとお友達~」

 こういう時は何も考えずに趣味に突っ走れ。あは、と不気味な笑いを浮かべながら、一人で椅子に腰をおろし、早めの夕食を胃へと流し込む。

 玄関で会ったっきりの音哉は部屋に閉じこもっているのか、物音一つ聞こえてこない。

 新築の新しくて綺麗な家。前のアパートとは比べるまでも無い広い部屋。


「せんちめんたるちっくなのねー」


 秋空にしたら珍しく。

 本当に珍しく。

 広い部屋が寂しいなぁ、なんてポツリと弱音が漏れた。

 その小さな呟きは誰にも聞かれず、ただ空気に溶けて消えるだけ。秋空本人でさえそう思っていた呟きをまさか拾われていたなんて思わず、使った食器を洗って部屋へと戻る。





「………こういう場合、何て言えばいいんだ?」


 リビングへの入り口が二つあったのが良かったのかどうなのか。歩み寄る機会に気がつかない秋空と、歩み寄る機会を逃した音哉。

 今更なコミュニケーションは難しいと、IQは高いが対人関係には弱い音哉が、ポツリとそんな言葉を漏らしたのだった。




 

不器用?な音哉と、鈍い秋空。

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