金城と聖城の一方通行図
「実はね、親が再婚して苗字が変わったんだ。で、鈴乃音から小日向に変わったんだけど、とりあえず繊細な高校生って言う時期だから、鈴乃音のままいくけどよろしくねー。家に遊びに来る時の表札だけ気をつけて!」
「長台詞ね」
「一気に詰め込んでみたよ。説明とか長々するの面倒だし」
「アンタらしいわね」
と、月曜日の週初め。邂逅一番に腐れ縁である、腰まで伸ばした艶やかな黒髪と、美人の代名詞のような切れ長の眼差しと長い睫毛が非常に美しい比良玲奈に、秋空が待ったなしで一気に説明を終わらせた。一息である。物凄い勢いというわけじゃないが、口を挟む事も面倒で玲奈は最後まで聞いた後、思った事を聞いてみる。
再婚についての感想はないらしい。
「じゃあ、自宅は変わった?」
前はアパートだったわね、と思って尋ねてみれば、秋空が頷くのを視界に納め、ふぅと溜息をついてしまう。
「んん? 溜息?」
「あの小さな感じが良かったのよ。遊びに来る時気をつけても何も、その前に自宅の場所を教えなさい」
「ラジャです! じゃ、今日さっそく来ちゃう?」
箱に詰められた秋空の宝物は既に棚に収められ、前の部屋とほぼ同じ配置になっている。変わった点といえば、新居の方が広い為、新しい棚が増えたぐらいだ。そこには今まで箱に収められていた出し切れなかった資料関係を置いたのだが、まだ余裕があるのが嬉しい誤算というやつだろう。
思わず語尾が弾むのだが、玲奈はソレには触れずに同じ目線の秋空の顔をジッと、これでもかという程凝視してくる。ジリジリと焼かれそうな程の鋭い視線。元々目つきの悪い玲奈だが、今回の事は再婚相手だろうと秋空は鞄から写真を取り出し、それを玲奈の手に押し付けるように渡す。
会う可能性があるなら、写真は見ようといった所だろう。
「…あら、いい男ね。おばさんと並ぶと美男美女なんじゃない?」
「龍哉さんね。ホント様になるんだよ。で…これが、龍哉さんの息子の音哉さん」
突っ込まれる前に、写真の音哉を人差し指で突っつく。
「似て…る。うん、特徴は似てるわね。で、この制服って…」
パッと見、龍哉と音哉は似ていない。音哉の方が色素が薄いのだ。その辺りは、外国に旅立ってしまった母親が関係するのだろうが、流石にそんな込み合った事情は聞いていない。
だが、それよりも玲奈が目をつけたものが、制服。
紺色のブレザーという特に目立ったものなど何もないという、高校の制服。しかし、玲奈はこの制服には嫌という程見覚えがあった。見覚えがあるのは玲奈だけではなく、この学園――金城学園に通う者には馴染みのある制服だったりもする。
「聖城なんだ。音哉君?」
「そそ。聖城学園。面白いでしょ」
ニンマリと、実体験後とばかりにからかうような秋空の言葉に、ピクリ、と玲奈の眉が動く。
「アンタ…何か言われたでしょ?」
どうせリアル修羅場だすっげー、なんて叫んでたんじゃないの?何て呆れ混じりに呟けば。
「……」
ギクリ、と秋空の体が不自然に揺れる。
切れ長の眼差しを更に細め、玲奈は腕を組み、仁王立ちで椅子の上に立つと秋空を見下ろす。
「玲奈って、絶対領域を作らないタイプだよね」
「相変わらず空気を読まない頭ね」
「嫌だなぁ。そんな私は私じゃないって」
「そうね。態とだものね。まぁ、いいわ。
な・に・を・言・わ・れ・た・か・白・状・な・さ・い?」
一言一言をはっきりと発音する玲奈に、どうしたものかと目線をさ迷わせる。秋空にとってあの件はリアル修羅場もどきで、非常に良い経験をさせてもらったのだ。しかも一ヶ月前。今更な事を報告するのもなぁ、と渋っていたら、耳の横でぐしゃり、と非常に心休まらない音が響き渡る。
玲奈が鞄にいれていたペットボトルを握りつぶした音で、ぽたりぽたりと足元に水がこぼれ、染みを作っていく。
「これさえなければ、深窓の令嬢って感じなのにね」
「あら? これがなくても深窓の令嬢よ。美人でしょ?」
「自分で言い切っちゃってまぁーいいんだけどさー。玲奈美人だし」
「ふふ。わかっていればいいのよ。で、勿論白状してくれるのよね?」
がっしりと両肩を掴み、話してくれるまで逃がすつもりなんてないとばかりに玲奈は微笑を浮かべる。学校は一体いつから尋問所になったのだろう。別に話す事に抵抗は無いのだが、萌えポイントがあっただけにどうやって話そうかを迷ってしまう。
「はぁ…」
迷いつつ迷いつつ、息を1回だけ吐き出し呼吸を整え、観念したように両手を上げた。
「オタクかよ。気持ち悪いな。これが義姉なんてありえない――って一ヶ月前に言われたんだけどね。金城と聖城なら、仕方ないし当たり前だし……それに、私の場合はあれが初、だったんだよね」
「……」
秋空の言葉に、玲奈は半眼のまま秋空を見下ろした。
仕方ないし当たり前だし、と一刀両断出来る程、金城と聖城の生徒所か教師陣も仲が良くない。
学園の創業者が従姉弟同士という間柄。強いて言うなら聖城が本家。金城が分家の人間が運営。聖城は県内トップクラスの偏差値を誇る学園で、金城は県内のみならず、日本国内でも特殊な癖のある学園として知れ渡っている。勉強だけなら比べられるはずの無い徒歩五分程の距離にある互いの学園。
だが、世の中に出た後は……何故か金城学園の卒業生の方が名が売れるのだ。勿論良い意味の方で。
一芸に秀でてさえすれば入学できる金城学園。簡単に言えば、おたくの集まり。自分の興味のある分野をトコトン追求する姿勢。部活に至っては、全てに研究科という前置きが付き、部員数が一人であろうとも結果さえ出せば部室を与えられるというある意味実力重視。
そんな金城学園の生徒は、我が道を突き進むだけ。例え徒歩五分の場所に県内トップクラスの高校があろうが、興味が無いから視界にさえ入らない。だがそれと反比例するかのように、聖城よりも別の意味で名が売れまくった金城学園の生徒を、何故か聖城学園の生徒は敵対視しているのだ。
それは顔を合せる度の一方的な敵視。意味不明な言い掛かり等でわかってしまうのだが、残念な事に、精一杯言い掛かりをつけているのにもかかわらず、それに気付かず素通りする人間が多い。
つまりは眼中外。
それが、尚更どこかの劣等感か自尊心を刺激するらしく、伝統的になってしまう程一方的な敵愾心は続いている。
聖城にとって、金城の人間はおたくで内向的で引きこもり。いつも何をやっているか解らない関わり合いになりたくない一般人ではない存在。
ぅわ。おたくってマジでキモイ。
と、勇気を振り絞ったであろう聖城学園生徒A君。金城学園生徒B君とCさんがニンマリと発した言葉は、A君をその場に縫いとめ、救出されるまでそこから一歩も動けずにいたという伝説の一方通行図。
おたく最高! 万歳!
ぅわー。アンタ良い人。マジで良い人! 俺たちって見るからにおたく! いいね、研究者魂燃えるわー。
と、心の奥底から感動を表すB君とCさんに握手を求められたのだから、A君は人外を見るような眼差しを向けていたらしい。
秋空はまだそういう現場に立ち会った事はなかったからこそ、一ヶ月前の音哉の発言は感動モノだった。初、ナマで聞けちゃいましたよ聖城学園生徒のおたく発言!
「…初、ナマで聞けた感想は……サイトの充実振りが証明してるわね」
「流石親友。よくわかっていらっしゃる。リアル修羅場的空間。場の雰囲気を和ませるのが勿体無くてね! それでさー、あれからずっと目が合わないんだけど、嫌なんだけどついつい私を見ちゃう音哉さんが面白くてね…でも、何で金城ってだけであそこまで意識するのかな?」
まったく堪えていない秋空に、玲奈は呆れたように溜息混じりに息を吐き出すと。
「生真面目な子が多いんじゃないの?」
つまりは不良に憧れる優等生、みたいな感じかしら?
「ぉおおお。いいねいいね、その設定! 王道って感じで勿論ヒロインはくりっとした目が可愛い女の子よね!」
「知らないわよ」
秋空のツボに触れた玲奈は、迷わずに席へと戻ると鞄の中から文庫本を取り出し、迷わずにページを捲り始めた。
真後ろの席からガリガリとシャーペンを走らせる音が聞こえるが、いつものように秋空が設定資料を作成している音だろう。しかも周りを見回せば、そんな光景は珍しいものじゃない。
「(まったく相手にされてないのよね。素でかわされちゃって。まぁ…精々ちょっかいかけて、彼らにネタの提供でもすればいいわ)」
聖城学園の人間がちょっかいをかければかける程、彼らに触発された金城学園の人間のサイトが充実するのだ。それを愛読する玲奈としてみれば、そういった意味でつい聖城の人間を応援するのも仕方ない事なのかもしれない。




