番外編・お弁当配達人
後輩の憂鬱の秋空サイド。
「おんや?」
二度寝から起きた秋空が、リビングに入ると同時に声をあげた。今日は音哉が早くに家を出るという事で、いつもよりもかなり早めに起きてお弁当を作っていたのだが、どうやらそのお弁当を忘れてしまったらしい。
ひょっとしたらメールが入っているかもと、自身の携帯を確認してみれば案の定音哉からの謝りメール。
「うーむぅ~」
二度寝をした所為で、今日はいつもより遅い時間に起きてしまった秋空。聖城に届ける余裕はない。が、それは学校に行くまでの間、である。
聖城ならば、昼休みに届ける事も可能。こんな時は学校が近くてラッキーとばかりにメールを打っておく。
制服に着替え終わる頃に、秋空の携帯が音をたてた。どうやら携帯を見る余裕はあったらしい。牛乳を片手に内容を確認すると、出来れば持ってきて欲しいという事だった。
秋空の申し出がなければ、きっと学食かパンか。おそらく音哉の事だから、家に置いてきてしまったお弁当は夕食にでも食べるつもりだったのだろう。
音哉は食べるしねー。
その食欲は秋空もびっくりする程だ。作るのが好きな秋空としては、作り甲斐があると色々な料理に挑戦していたりもするのだが。
その後は手早く食事を済ませ、二人分のお弁当を鞄にいれて自宅を出発。歩いていける距離なのだが、今日は早さをとって自転車通学。これで少しでも早くに配達出来ると自転車を走らせ、あっけなく学校についた。
突然の自転車通学のため、一応の許可をもらう為に職員室に顔を出しつつ、昼の外出許可ももぎ取る。文化祭以降妙に距離の縮まった聖城だっただけに、拍子抜けする程あっさりと出たりもしたのだが、元々外にご飯を買いに行く生徒もいるぐらいだ。
外出許可がでないわけもない。
「ふふふふふ~ん」
「……」
「どうしたの??」
痛い程に突き刺さる玲奈からの視線に、秋空は別に戸惑った様子もなく真正面から聞き返してみる。秋空が鼻歌を歌うなんて珍しくもない日常風景なのだが、それにこうして反応する玲奈は珍しい。
そう思いながら、作業の手を止めてジッと立っている玲奈を見上げてみた。
「相変わらず少しでも空き時間があると作業に没頭するわね…じゃなく」
「うん?」
「弟君と何かあったわよね。機嫌が良さそうだけど?」
「断定ですか」
「断定よ」
流石玲奈。分かってる!という秋空の言葉は軽く流され、続きを促される。
「相変わらずクールですね玲奈さん」
「相変わらず脱線が好きよね秋空は」
「……脱線してるわけじゃないよ。ただ言いたかっただけ!」
「はいはい。それで?」
「うぅー。くーるぅー……はい。話す話すって」
ジト、とした目で見つめられ、あっさりと白旗をあげた秋空。元々隠すような事でもない。
「お弁当を忘れていったから、昼は届けてくるね」
「あら。珍しい。忘れ物なんて」
玲奈の言葉に、確かにとばかりに頷く秋空。色々と揃った音哉なだけに、忘れ物をするというイメージはまったくといっていい程に沸いてこない。
だが、秋空は表情を崩しながら口元をにやつかせる。
「ちょっと抜けてる所もあるんだよ。メールで確認したらね、楽しみだから、持ってきてくれると嬉しいって。作った甲斐があるよね!」
「……そうね」
何処となく脱線する秋空だったが、それはもう今更なので態々つっ込む事はしない玲奈。音哉からしたら、きっとつっ込んでくれと密かに思うのかもしれないが、そんな事は玲奈の知った事ではない。
それに、この件については傍観するという立場を貫くつもりだった。
「(相田は相当頑張らないと…)」
中々前に進めていない義弟君に負けそうね。
別にエールを送るわけでもなく、事実だけを確認するように内心呟く。勿論、この意味ありげな沈黙も秋空には伝わっていない。
玲奈との会話が終わった秋空は、既に趣味の世界に入り込んでいる。相変わらず多趣味だが、その一部は確実に玲奈に回ってくるので何も言わずに見守るだけにしておく。
が…。
「私は黒がいいわね。ヒラヒラがついているよりも…」
「だいじょーぶ~。玲奈のは丸なら丸!っていう感じの編むから」
今回はネタでなく。寧ろネタから派生したものだろうが、秋空ははっきり言って多趣味だ。オリジナルキャラの得意なものを、自分でも勉強したりするのだ。凝り性な性格から、大体はまり込んでこうして玲奈がその恩恵に預かるのが日常だったりする。
ちなみに、今やりこんでいるのはレース編み。始めは単純な模様から初めて、今は複雑なものに取り掛かっている。最終目標は、レース編みで作った肩掛けや上着らしいが、流石にそこにはたどり付けていない。
人にあげるとやる気があがるからという理由で、現在は人にあげる為のコースターのデザインを考えていたりする。それだけ作れれば十分だと玲奈は思ったりもするのだが、凝り性だけに相当いかなければ止まれない。それが秋空だったりもする。
「(あらあら。相変わらず熱中しちゃって…この分だと、昼になるまで義弟君の事は思い出さないわね)」
思い出してもらえるだけ、相田よりはマシなのだろうと、そんな容赦のない事を考えながら読み途中の文庫本に視線を落とした。
携帯を気にしながら、自転車を軽快に走らせる。
すると、あっという間に着いた目的地。既に音哉がいたのだが、それは仕方ないだろう。
「アキ」
手を振る音哉に、秋空もぶんぶんと大きく手を振り返す。
「やっほー。お弁当配達ー達成ー」
自転車の籠に入っているのは音哉のお弁当。揺らさないように気をつけながら、お弁当を音哉の手にのせると、任務達成とばかりに秋空が満足気に笑みを浮かべた。
「ありがとう。今日は自転車なんだ?」
「少しでも早く届けようって思ってね。遅くなると、ご飯食べる時間減っちゃうし」
「それはアキもなんだけど?」
俺に届けてくれたし。
申し訳なさそうに音哉が言えば、秋空が勢いよく首を横へと振った。
「嫌なら始めっから言わないよ。だから大丈夫! 美味しく食べてくれたら満足さ」
親指をたててポーズを決める。
「そう言ってくれると嬉しいよ。お弁当は…?」
自転車の籠に入っていたのは音哉のお弁当だけ。
不思議に思って聞いてみれば、さも当然とばかりに爽やかな返答が返ってきた。
「勿論金城で食べるよ。玲奈も今日はパンで買いに行かなきゃならないから、ちょうどいいって言ってたし」
「……比良さんかぁ」
「うん。玲奈が音哉によろしくって言ってたよ。じゃ、私は行くね。ちゃんと食べるんだよ」
「勿論。気をつけて」
「ありがとーー」
あっという間に見えなくなる秋空の後姿。
「……折角だから、一緒に食べようって思ったんだけど…」
流石曲者と名高い比良玲奈。一筋縄じゃいかないと、その場に音哉の溜息の音が響き渡ったのだった。




