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番外編・雨の日の君

 拍手掲載小話です。

 音哉視点。


「…あ」


 頭上で聞こえた嫌な音。

 強い風に煽られ、本当の意味で折れてしまった折りたたみ傘。便利な反面折りたたみ傘の弱点だな、なんて思いながら俺は商店街の軒下に身を寄せた。

 雨脚は弱まりそうに無い。

 

「どうするか」


 濡れて帰るか、雨脚が弱まるのを待つか。

 厚い雲に覆われている空を見上げて見れば、暫く止みそうはない雨雲。風の流れが弱いのか、数時間は降り続けそうだ。

 どうするか、なんて漏らした所で、結論なんて一つしかない。

 ここで立ち止まって時間を浪費しながら身体を冷やすよりは、ずぶ濡れになりながら家に帰って風呂に入って温まる方がいいに決まってる。

 覚悟を決めて、よし、と気合の声を上げようとしたと同時に、バタバタバタ、と人の足音が耳に届いた。

「…?」

「ひゃー。すっごい雨。時々の突風がきっついよねー」

「………」

 俺と同じぐらいの女の子が、傘をさしながら俺と同じ軒先に入ってきた。距離は少しあるけど、傘を持っている人間が態々雨宿りをするなと悪態をつきそうになるが、視線を逸らす事でそれを抑え込んだ。

 別に、俺の傘が壊れたのは女の子の所為じゃない。


「濡れてないかなー。あ、良かった。濡れてなかった」


「……」


 チラリ、と横目で確認してみれば、布製のバックの中身を確認しながらホッと安堵の息を漏らした。

 一体何が入っているのか。

 ゴソゴソと布製のバックから鞄に中身を移動し、これで大丈夫ー。と俺がいる事もわかっていたいのかよく通る声で、分かりやすく嬉しそうな声をあげた。


「……」


 女って、こんなに大声を出すのか。

 真正面から見てるわけじゃないけど、コロコロと表情が変わっているようにも思える。眉間に皺を寄せたり、不満気に口を尖らせたり頬を膨らませたり。

 俺がよく見る女の子たちでも頬を膨らませたり口を尖らせたりはするけど、明らかにこれとは違う。あっちは、上目遣いのおまけが入ったりもするからだろうけど。

 まったく俺を見ない大声の主は、鞄に入りきらなくなった巾着や他の物を布製のバックに詰め替えると、それを肩にかけて空を見上げてた。

 本当に、俺なんか視界に入っていない。

 学校でも何処でも騒がれる事には慣れているけど、こうしてまったく視界に入らないという経験は初めてだ。

 思わず、凝視するように見つめてしまうが、それでも俺と視線が交わる事はなかった。


 こっち見ろ。


 交わらなさ過ぎる視線に、思わずそんな事を思ってしまう。


「あっ」


「あ?」


 そんな柄にも無い事を考えたからなのか。

 突然あがった声に珍しく俺の心臓が飛び跳ねた。

 考えを読まれたようで、居心地の悪さというか羞恥心というか。よく分からない感情が身体全身を駆け巡ったような気がする。



「じゃんじゃかじゃーん。こんな所にもう一本ー」


「……?」


 何が?

 と声には出ず、行動がまったく読めない女の子を思わず凝視してしまった。

 もう一本の意味がわからない。

 俺から手元は見えず、女の子も見せる気はないのか。というよりただの独り言なんだろうなとなんとなく理解もしてた。


 しかし、相変わらず俺の存在なんて気付いていないかのように、女の子は着々と準備を進めていく。

 鞄を背負い、よしっと気合をいれる。

 シャッターに立てかけてあるのは、青と黒の傘。

 和傘というやつなのか、傘の骨組みがものすごくしっかりしているのか俺からでもわかった。


「──っ」


「はい」


「な、な、んだ?」


 傘だけを見てたのが悪かったのか。

 目の前には女の子。

 雨に濡れたのか、染めたことのないような黒い髪を雫が伝い地面へと落ちていく。


「だから、はい。折りたたみ傘が一本余ってたからあげるねー。じゃ、さらば!」


 手に押し付けられるように渡された折り畳み傘。白い。真っ白な傘。水色や青色の雫がプリントされたシンプルなもの。


「って、もらう理由は…」


 唖然として対応が遅れたが、貰う理由はないと傘を突っ返そうとした。んだけど。


「いない」


 そんなに呆然とした覚えは無いのに、女の子の姿はなかった。


「………」


 AKIZORA.S。


「…あきぞら? 変わった名前というか……あんな女の対応はじめて見た…」


 結局、折りたたみ傘を使わせてもらって雨に濡れずに帰れた。

 が、この日の出会いは忘れられず、金城高校の制服を身にまとっていた時は密かに。俺にしては珍しく握りこぶしを作ったりもした。

 それから一年と数ヵ月後。

 俺と彼女はある意味運命的な出会いをするわけだけど、それを今の俺が知るはずもなく。密かに手に入れた写真を机の中にいれて大切にしてたのは…。


 絶対誰にも言えない秘密だった。



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