始まりはこうだった
意外と、お約束っていうのは道端に落ちている木の葉程度に転がっているのかもしれない。そう認識を改めざるを得ない事件らしきものが、突如秋空の身に降りかかった。
突然といったけど、ソレは突然じゃない。
予兆であり、片鱗はあったはずだ。
だが、放任主義だったが為に起こった悲劇。言われた本人にとってみたらネタになるかもー、なんていう喜劇程度の認識だったが、それを聞いた周りの反応が余りに面白く、怒るのも忘れて観察をするように凝視してしまう。
「あ…きちゃん…」
吃驚しすぎてどもったダンディなおじ様の声が秋空の上から降ってくる。
噛み噛みですよね。なんて場違いな程の呑気な声を上げそうになったが、秋空はそれを理性で押し留めた。
ここで、場の雰囲気を崩すのは勿体無い。
「音哉君…」
秋空が声を出さなかった代わりに、秋空の横に座った女性――秋空の母だ――が困ったように、男性の隣りに悠然と腰掛けている存在――音哉の名を呼んだ。
子供達に動揺はないが、大人達は違うらしい。
ちなみに、強烈な問題発言をかました秋空の同世代の音哉は、非常に整った顔立ちに嘲りに近い表情を浮かべ、目を細めたまま秋空を見下ろしているだけ。
秋空はソッと息を落とすと、リアル修羅場を泣く泣く緩和させようと、控えめに右手を上げて眼鏡の奥でにっこりと微笑んだ。
「龍哉さん。お気になさらずに。お母さん。私が気にするような性格だと思う?」
本日のテーマは再婚の顔合わせ。
龍哉さん、という秋空の名前を噛みながらくちにした男性は、つまりは義父になる予定の存在だ。今回の再婚について、龍哉の息子である音哉が反対らしいというのは、今回の顔合わせではっきりきっぱりと宣言された。
開口一番に、「オタクかよ。気持ち悪いな。これが義姉なんてありえない」と言ってくれたのだ。
言われた秋空だが、母親の再婚には一切興味を示さなかった。母親が後悔しないなら反対するつもりなんて初めっからなかったのだ。その結果、通学路で車に押し込められ、制服のまま義弟候補と会う事になるとは思わなかったが。
「あきちゃんが動揺したのは見た事がないけど…」
戸惑いながらも言葉を口にする母親――恋歌に、秋空はコクン、とこれみよがしに頷く。
「そそ。子供は巣立つモノ。最終的に大事なのは夫婦の関係。お母さんと龍哉さんの事を反対する気はまったくないんだ。
そっちの息子さんも、たかが一年と半年我慢できないわけじゃないでしょ? それにもう高2だし」
嫌だ嫌だと父親の将来の事を考えずに我侭なんて言わないよな?とばかりに、口元に笑みを乗せる。秋空としたら、今回の件は纏まってほしいのだ。
あの人見知りな母親が、こうして再婚をしたいと思えた相手だ。出来れば手放したくは無い。
「時間さえ経てばある程度の情はわくと思います。イヤよイヤよも好きのうちなんて事には百パーありえませんけど。あぁ…龍哉さんは別、ですよ? お母さんが好きになった相手ですから、それだけですっごく好感持ってます」
分厚い眼鏡によって阻まれた満面の笑み。
龍哉はずっと欲しかった娘に好感を持ってます、と言い切られ、つい頬を緩めてしまう。この時点で、自分の息子の問題発言は何処かに飛んだらしい。
「俺も、おたく以外には…恋歌さんみたいな母親には憧れてますよ」
秋空に対抗したのか本音なのか。非常に判断が難しい所だが、音哉が好きじゃないのは秋空だけだと言い切る。が、その後に言われた言葉が嬉しかったのか恋歌の頬も緩む。龍哉が娘を欲しかったように、恋歌はずっとずっと息子が欲しかったのだ。
当然我が子は可愛いが、異性の子というのはまた別格なのだろう。
子供達の歩み寄る気はまったくない言動とは裏腹に、トントン拍子に進んでいく再婚話し。
新たに増える父親母親にはまったく抵抗のない子供と、ずっと欲しかった息子娘に照れながらお父さん、お母さんなんて言われてデレデレになる両親。パッと見だけは仲睦まじい親子。勿論、子供達を除いて、である。
この場合、一緒に暮らせば情ぐらいは沸くだろうという秋空の意見を採用し、一月も経たない間に身内だけの簡単な式をあげ、その足で新居へと向かう。
運転席には龍哉。助手席には秋空。その後ろには恋歌。その隣りに音哉。
あっという間に過ぎ去った一ヶ月。その間も顔を合わせなかった日はないぐらい交流を深めていたのだが、子供同士の横の交流が生まれる事は一切なかった。
ここまでくるとある意味清清しいものである。
ある意味その交流の無さに慣れてしまった両親は違和感を覚える事もなく、仲の悪さに嘆く事もなく、新居での新しい家族の生活が始まった。
ちなみに、秋空と音哉の部屋が隣同士というのは、両親のせめてもの希望だったのかもしれない。
だがしかし、秋空と音哉がそんな事で歩み寄るような可愛い性格をしていたら、元からあんな爆弾投下はなかっただろう。
互いがすっかりと空気と化している事に両親は気付かず、家族がのんびりと過ごせるようにと願いを籠められた憩いのリビングには、一応四人が揃う事になる。
あくまで一応なのだが、やはり子供たちは気にせず、両親は可愛い子供にデレデレとしたままそれに気付く事はなかった。




