悪役令嬢の復讐は静かに、幸せは派手に
◇〜第一章:泥に咲く白百合の沈黙〜◇
「エルゼ・フォン・クロイツァー。貴様との婚約を破棄し、国外追放を命ずる!」
王立学院の卒業記念パーティー。
きらびやかなシャンデリアの下、第一王子アルフレートの声が響き渡った。
彼の傍らには、可憐に震える男爵令嬢ミリアが寄り添っている。
エルゼは、扇で口元を隠したまま、静かにその言葉を受け止めた。
周囲の貴族たちは、待ってましたと言わんばかりに冷笑を浮かべている。
「……理由は、お伺いしても?」
「とぼけるな! ミリアに対する数々の嫌がらせ、教科書を破り、階段から突き落とそうとした罪、すべて証拠は挙がっているのだ!」
──証拠。
それはアルフレートの側近たちが捏造した、お粗末な書類の束のことだろう。
エルゼは反論しなかった。
ここで声を荒らげ、無実を訴えるのは”単なる悪役”のすることだ。
彼女はただ、深く優雅に一礼した。
「承知いたしました。殿下のご多幸を、心よりお祈り申し上げます」
その声は驚くほど澄んでいて、震え一つなかった。
彼女はそのまま、誰の助けも借りず、毅然とした足取りで会場を後にした。
これが、エルゼの”静かな復讐”の始まりだった。
◇〜第二章:静寂という名の刃〜◇
国外追放を命じられたエルゼは、その夜のうちに王都を去った。
だが、彼女が向かったのは隣国の荒野ではない。
かねてより極秘に親交を深めていた、北方貿易の要衝【スヴェン自由都市】だった。
エルゼが去った後の王宮は、数ヶ月もしないうちにガタが来始めた。
∮∮内政の停滞∮∮
実は、アルフレートが提出していた優秀な政策書はすべてエルゼが代筆していたものだった。
∮∮外交の断絶∮∮
隣国との友好条約は、エルゼの個人的な人脈と、彼女が贈っていた「香水の調合レシピ」によって維持されていた。
∮∮経済の混乱∮∮
クロイツァー公爵家(エルゼの実家)は、娘の追放と同時に王家への融資を完全に引き揚げた。
アルフレートは焦った。
しかし、エルゼはどこにもいない。
彼女は自分の行方を一切追わせず、沈黙を守り通した。
反論しない。
罵倒しない。
ただ、”自分という価値”をその場から完全に消し去る。
それこそが、依存しきっていた愚か者たちへの最大の罰だった。
「エルゼ……! エルゼはどこだ! 彼女がいなければ、この国の予算が組めないのだぞ!」
王子の悲鳴が虚しく響く頃、エルゼは北の地で、人生で初めての”自由”を呼吸していた。
◇〜第三章:幸せは派手に、誰よりも輝かしく〜◇
一年後。
大陸中の王侯貴族が集まる【建国記念大夜会】が、中立地帯であるスヴェン自由都市で開催された。
没落したはずのエルゼを嘲笑うため、そして支援を乞うために、ボロボロになったアルフレートと、着飾ったミリアもその場に現れた。
しかし、会場の入り口で彼らを迎えたのは、想像を絶する光景だった。
ファンファーレが鳴り響き、大扉が開く。
そこに立っていたのは、かつての”地味で控えめな悪役令嬢”ではなかった。
「皆様、本日の主役、スヴェン自由都市の最高経営責任者(CEO)兼、北方連合貿易総督……エルゼ・フォン・クロイツァー閣下のご入場です!」
エルゼが身に纏っているのは、夜空を切り取ったような深い紺青のドレス。
そこには、王国の国家予算一年分に匹敵する【星屑ダイヤモンド】が惜しげもなく散りばめられ、彼女が動くたびに会場全体が眩い光に包まれる。
彼女の隣でエスコートするのは、大陸最強と謳われる帝国の第三皇子、ヴィクトールだった。
「エルゼ、今日の君は少し、輝きすぎているな。私の目が潰れてしまいそうだ」
「あら、殿下。幸せは派手に見せびらかしてこそ、価値があるのでしょう?」
エルゼは、これまで抑えていた美しさを爆発させたかのような、大輪の薔薇のごとき笑みを浮かべた。
◇〜第四章:断絶のフィナーレ〜◇
アルフレートが、這い寄るようにエルゼのもとへ駆け寄った。
「エ、エルゼ! 探したぞ! さあ、誤解は解けた。君を王太子妃として迎え直してやろう。だから、その……我が国の財政を立て直す手伝いを……」
エルゼは、シャンパングラスを傾けながら、アルフレートを”路傍の石”でも見るような目で見つめた。
「あら、アルフレート様? どなたかと思えば……その、ずいぶんと……『お疲れ』のようですね」
エルゼの視線の先には、流行遅れのドレスを無理に着て、宝石も偽物だと見抜かれているミリアがいた。
ミリアは、エルゼの圧倒的なオーラに気圧され、震えている。
「あいにくですが、私は現在、こちらのヴィクトール様と婚約しております。次の春には、帝国の皇妃として、この大陸全土を対象とした新たな通商連合を立ち上げる予定です」
「な……帝国だと!? そんな、我が国を捨てるというのか!」
「捨てたのは、貴方様の方ですわ」
エルゼは、一歩だけアルフレートに近づき、彼にだけ聞こえる囁き声で告げた。
「私が貴方の書類を世話し、外交を整えていた時、貴方はそれを『当然の義務』だと言いましたね。……ですから、私も”当然の権利”として、私の価値を理解してくれる場所を選んだだけのこと。……さようなら、無能な王子様」
その瞬間、警備兵たちがアルフレートたちを取り囲んだ。
不法な借金と、招待状の偽造──実はエルゼが裏で手を引いて、彼らが無理をして出席するように仕向けた罠だった──を理由に、彼らは会場から引きずり出されていった。
彼らが最後に見たのは、花火が打ち上がる夜空の下、大勢の貴族に囲まれ、愛する人と共に心からの笑顔を見せる、世界で一番幸せな”元・悪役令嬢”の姿だった。
◇〜エピローグ:新しい夜明け〜◇
嵐のような夜会が終わり、テラスで二人きりになったエルゼとヴィクトール。
「復讐は、気が済んだかい?」
ヴィクトールが優しく彼女の肩を抱く。
「ええ。静かに去って、誰よりも幸せになる。これ以上の報復はありませんわ」
エルゼは、手にした扇をそっと閉じた。
彼女の人生という舞台において、悪役の出番はもう終わったのだ。
これからは、彼女自身が主役として、望むままに派手で、鮮やかで、眩いほどの幸福を謳歌する番だった。
朝焼けが、彼女のダイヤモンドを照らし、未来を祝福するように輝いた。
〜〜〜fin〜〜〜
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