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僕 成仏できずに浮遊霊になってるのかも

作者: 仲瀬充

★遭遇

2017年8月、高3の夏休みも残り少なくなって礼子は親友の京子を地元G市の遊園地に誘った。

この遊園地は4年前にオープンし当初は近隣からも大勢の客が押し寄せた。

しかしその後、客足は落ちる一方で近々休園することになっている。


今日も夏休みというのにどのアトラクションも入場を待つ必要がない。

散々遊んだ後、二人は最後にお化け屋敷に入った。


お化けたちは着物姿の幽霊やゾンビなど、和洋取り交ぜて現れた。

キャーキャー叫びながら順路どおりに巡っていると出口の薄明かりが見えた。

怖かったねえ、と京子が礼子を見た。


そのとき正面を向いていた礼子の目の前にふうっと幽霊が現れた。

顔と顔が接するかと思われる距離に降ってわいたように現れた。


ぎゃあ! 礼子は仰天して京子に抱きついたが、あいにく京子は背が高かった。

礼子の頭が京子の(あご)に激突した。


ガシッと鈍い音がして京子は失神し、白目をむいて仰向けに倒れた。

京子、京子! 礼子が体を揺すぶってもピクリともしない。


大丈夫ですか? 驚かせた張本人が声をかけた。

礼子はしゃがんだまま見上げて睨みつけたが、声の主はごく普通の格好をした青年だった。

「幽霊でもないのに何だってイキナリ現れるのよ! 早く救急車を呼んで!」


気絶したままの京子が担架で救急車に乗せられるときに青年が言った。

「驚かせてすみませんでした。僕も驚きました」


人ごとみたいな言い草にカチンときた礼子は青年の手をつかんだ。

「あなたも責任取って一緒に来て!」

救急車が病院へ向かうのをお化け屋敷のゾンビたちが心配そうに見送った。



★同居

医師によると、倒れたのは一過性の失神だが顎の骨にひびが入っているとのことだった。

病室の京子は元気そうだが顎にギブスをはめられている。

ごめんね、大丈夫? 礼子が声をかけると京子は頷いた。


「ほら、あなたも謝りなさいよ」

礼子に促されて青年は頭を下げた。

「僕のせいでどうもすみません」


京子は顎のギブスの前で片手を(せわ)しく振った。

「ひひんでふ、ひひんでふ」


青年は礼子を見た。

「いいんです、って言ってるの。じゃ京子、また明日来るからね。連絡しといたから京子のお母さん、もうすぐ着くと思う」


礼子は階下に降り、それじゃと青年に手を挙げて病院の玄関を出た。

青年は一旦立ち止まったあとすぐに小走りで礼子を追った。


「あの、僕はどこに帰ればいいんでしょう」

「知らないわよ、そんなこと」


「どうしたらいいんでしょう……」

「どうしたらって、どこに住んでるの?」


「わかりません」

青年は情けない顔をした。


放ってもおけず、礼子は話を聞くために病院の待合室に戻った。

「あなた、何でお化け屋敷にいたの?」


「いたんじゃなくて、君の目の前に急に現れて僕も驚いたんです。それまでのことは全く覚えてないです」

あれこれ話してみると青年は重度の記憶喪失らしかった。


「私、ユウくんはお化け屋敷のスタッフだとばっかり思ってた」

「ユウくん?」


「幽霊みたいに現れたから、ユウくんよ」

「僕のこと知ってるのかと思いました。僕、雄一って言うんです」


「へえ、まぐれ当たりね。名前以外に覚えてることは? 年齢とか」

「大学4年だと思います。就活してた記憶がうっすらと」


「じゃあ、高3の私より4つ上じゃん。敬語やめてよ、話しづらいから」

「じゃ、君の名前は何て言うの?」


「礼子、みんなからは礼ちゃんって呼ばれてる。あっ! ユウくんと合わせたらユウレイコンビだ!」

雄一が真剣な表情になったのを見て礼子は肩をすくめた。

「ウケなかった? けっこう面白いと思うけど」


「僕、ほんとに幽霊みたいなんだ。ほら」

座っているベンチに手を突くと雄一の腕はベンチを通過して手先がベンチの裏側に出た。

礼子のほうが幽霊のように青ざめた。


「だって、だって、救急車に乗るとき、私、ユウくんの手を引っ張ったじゃない」

「調節できるんだ。手を出してみて」


雄一は強めの力で礼子の手を握りながら言った。

「いいかい、行くよ」


あっ!と礼子は手を離したが、離すまでもなく礼子の手は握手している感覚がなくなり(くう)をつかんでいた。

雄一は初めてにこやかな顔を見せた。


帰宅すると礼子は真っすぐ2階の自分の部屋に入った。

「もう出て来てもいいよ」


雄一の姿が徐々に現れ出た。

「透明にもなれそうだって聞いた時は、私、おしっこをちびりそうになったよ」


どうやるの? 礼子は興味津々だった。

「気の入れ具合かな。気を抜けば抜くほど実体が薄れるんだ」


礼子、ご飯よ。階下から母親の声が響いた。

「ご飯食べてお風呂に入ってくるけど、透明になってのぞいちゃだめだからね」


パジャマ姿で戻ってきた礼子は雄一に菓子パンを差し出した。

「これで我慢して」


「お腹は空かないんだ。」

「へえ、安上がり。じゃ、もう寝よう。けど、布団ないから困ったな」

すると雄一は暑さ寒さも感じないからと、着の身着のまま床の上で横になった。


礼子が電気を消してベッドに入ると雄一が独り言のように呟いた。

「僕、死んだんじゃないのかな。成仏(じょうぶつ)できずに浮遊霊になってるのかも……」


「そんなことないよ。気合入れれば実体化できるんだし、そのうち記憶も回復するよ」

記憶が戻るまでということで、礼子と雄一の奇妙な同居生活が始まった。



驚愕(きょうがく)

夏休みが終わり、2学期が始まった。

「礼子が学校にいる間、ユウくんはどうしてんの?」

京子にだけは雄一のことを話していた。


「あちこち歩き回って、記憶のある所がないか探してる」

「警察に行っても大学生の雄一ってだけじゃね。ユウくんが行方不明者なら家族が捜索願を出してるはずだし」


「そうなんだよね。けど、毎日しょんぼり帰ってくるのを見るとかわいそうになっちゃって」

「今度の日曜日は私たちも一緒に行ってあげようか」


「京子ちゃんだっけ? せっかくの日曜日に付き合わせてごめん」

待ち合わせ場所の遊園地前にやってきた京子に雄一が頭を下げると京子はプッと噴き出した。


何がおかしいの? 脇腹をつつくと京子は礼子に耳打ちした。

「霊が礼した」


雄一は既に北と東の方面の探索を済ませていたので3人は南へ向かった。

しばらく行くと商店街に出た。


人通りを敬遠して裏道を歩くことにした。

すると道端にしゃがんで煙草を吸っていた二人のヤンキーと目が合った。

礼子と京子はおびえて雄一の後ろに回った。


「よう色男、女を二人も連れてごきげんだな」

にやけながら二人は雄一たちの前に立ちはだかった。


雄一はすぐ後ろの礼子の手を握った。

「相手にならずに行こう」


雄一が礼子の手を引いてヤンキーの正面に歩み出した。

京子は礼子の後ろにぴったり付いた。


「やるのか、こら!」

ヤンキーが雄一の顔面にパンチを繰り出した瞬間、礼子は握っているはずの雄一の手の感覚がなくなった。


ヤンキーの腕が雄一の頭部を通り抜けた後、雄一の体も真正面から相手の体を通り抜けた。

ヤンキーは血の気の引いた顔でフリーズした。


「待て、おい!」

もう一人が後ろから雄一の肩に手を掛けた。

このヤンキーの手も肩透かしを食ったように宙を()いた。


横道に入ると礼子と京子は愉快そうに声を出して笑いだした。

「マジ(まんじ)!」


異口同音にそう言って子供が走り出す時のようなポーズをした。

何それ? 雄一はきょとんとした。


「ヤンキーのあそこ、見た? おしっこ漏らしてたよ」

「見た、見た!」


礼子と京子がひとしきり笑いこけたあと雄一は再び礼子に尋ねた。

「卍ってどういう意味?」

「意味なんかないよ。テンション上がった時に使うの」


「ふうん。バイブス高いってことなんだね」

「古っ! それって4、5年前流行(はや)ったやつじゃん」



★恋心

秋も深まると大学入試を控えているので礼子と京子は雄一に付き合ってばかりはいられない。

土日は京子が礼子の家に来て受験勉強をすることが多くなった。


すると今度は逆に雄一が二人の役に立った。

「ユウくん、頭いいんだね」

雄一は大学生なので二人の受験の手助けにはうってつけだった。


礼子が学校へ行く平日は雄一も家を出て記憶を取り戻すための探索を続けた。

一方、礼子は授業中にぼうっとしていることが多くなった。


「礼子、最近おかしいよ」

昼休みに机を寄せて弁当を食べながら京子が心配した。


「ユウくん、あんまり帰って来ないんだ。近くは歩き尽くしたんで遠出して野宿してるみたい」

「そんなに寂しがるなんて、礼子、もしかしてユウくんのこと、」

やめてよ、と京子の肩を叩きながらも礼子は顔を赤らめた。


気にとめているつもりはなかったのに京子にからかわれて礼子は雄一のことを意識しだした。

ユウくん、いるの? 朝に目を覚ますと礼子は毎日そう呼びかける。

雄一は寝ている時は完全に気を抜いているので透明化していて見えない。


起きてベッドに腰かけ、足を床に下ろして今日も呼び掛けた。

すると礼子の足の裏で雄一がむくむくと実体化した。


礼子は雄一の頭を踏んでいた。

「あ、ごめん」


足をのけて謝りながら礼子は笑った。

雄一が帰っていたことが嬉しかった。



★決意

よほど遠くまでさまよい歩くのか、雄一が帰ってくる間隔が次第に間遠(まどお)になる。

帰ってきて眠りに就いても安眠できないようで、透明になり切れていないときもある。


そんな雄一を見ていると、恋愛感情なのか憐憫の情なのか、礼子は雄一のことが愛おしくなる。

その想いを雄一に伝えないと自分までおかしくなりそうだった。


12月に入って礼子は雄一の探索に久しぶりに同行した。

遊園地前のナンキンハゼの並木道を歩いていると、後ろからの風が礼子のボブヘアをふわりと持ち上げた。


礼子は風に押されたふりをして雄一と腕を組んだ。

歩道の落ち葉が小さな渦を巻いて舞った。


「風、強いね」

腕を組んだまま雄一の横顔を見上げて礼子ははっきりと自分の恋心を自覚した。


冬休みに入る前日、礼子が遅くまで受験勉強をしていると雄一が帰ってきた。

「記憶のある場所、まだ見つからないの?」


「うん。でも誰かが耳の奥で僕を呼んでる。その声が段々はっきりしてきてるんだ」

そう言って雄一は床に横たわると安らかな寝息を立てながら透き通っていった。


礼子の頬を涙が伝った。

「ユウくん、どこにも行かないでずっとここにいて」


翌朝目覚めると雄一のほうが先に起きていた。

「出かけるの?」


「声の聞こえる方角に行ってみる。今日はクリスマスイブだし、いい手がかりがつかめそうな気がする」

雄一の表情は明るかった。


今日こそ想いを伝えよう、礼子も決心した。

そうしなければユウくんに二度と会えない、そんな予感がした。

「ユウくん、お願いがあるの。今日は必ず帰って来て。話したいことがあるから」


雄一は怪訝(けげん)な顔をしたがすぐに頷いた。

「分かったよ。何時頃に帰ればいい?」


「家じゃなくて、私たちが初めて会った遊園地の前で。私、学校帰りは塾に寄るから6時に」

雄一を呼んでいるのは自分の恋心なのだと信じたくて、礼子は学校にいる間中心の中で雄一の名前を呼び続けた。




★覚醒

ユウくん、ユウくん……誰かが呼んでいる。

雄一は目を覚ました。


頭に鈍い痛みが走る。

目を開けるとベッドのすぐ横に二つの人影が見えた。


二人の顔がしだいに像を結ぶ。

中年の女性は母親だったが若い女性は礼子ではなかった。


「お母さん、ユウくん、気が付きました! よかったあ……」

ベッドに顔を(うず)めて泣き出したのは恋人の秀美だった。


寝たまま目をやると掛け布団の上に出ている左腕に点滴の針が刺されている。

右手で頭に触れて包帯が巻かれているのを感じたとき雄一は思い出した。

ロンドンオリンピックが終わった8月の終わりごろ、秀美とのデートの途中で車にはねられたのだった。


雄一は混乱した。

今年は2017年で、先月の11月はアメリカのトランプ大統領が初来日していた。

しかし、この病室の壁に掛かっているカレンダーを見ると2012年だ。


「母さん、アメリカの大統領は誰?」

息子が意識を回復した嬉しさに涙ぐんでいた雄一の母親はぎょっとした顔を向けた。

「オバマじゃないの。どうしたの? 頭が痛むの?」


6時に遊園地に行かなければ……、 雄一は焦った。

枕もとのデジタル時計を見ると8月24日と表示されている。


雄一は再び混乱を覚えた。

今朝、礼子と別れたのが2017年のクリスマスイブ、12月24日だった。

それなのに、今は2012年の8月24日ということは……?


黙りこんだ息子を見て母親が不安げな面持ちで言った。

「大丈夫かい? この4日間、秀美ちゃんもずっと付き添ってくれてたんだよ」


4日間? 4か月ではないのか?

雄一は、泣きはらした顔を向けている秀美を見た。


「ありがとう秀美ちゃん。僕、よく覚えてないんだけど」

「ううん、私が悪いのよ。信号が青になってすぐユウくんの手を引いて走って渡り始めたから」

すると右手の車道を走って来た車が横断歩道を確認せずに左折して雄一をはねたという。


はねられた場所を秀美に知らされた雄一はズキンと頭が痛むほど驚いた。

「交差点のすぐ側で地鎮祭をやってたのを覚えてない?」

その交差点の一帯は来年遊園地になる予定地だという。


雄一と礼子が出会ったG市の遊園地だ。

とすれば、雄一ははねられた瞬間に5年後の同じ場所にワープしたことになる。


デートはバスでG市まで行って徒歩で街の中心部に向かう予定だった。

自宅はG市から歩いて行ける距離ではなく、礼子たちと探索しても分かるはずはなかった。


それに、事故が起こった場所を起点にして歩き回ったのだから記憶につながる場所が他に見つかるはずもない。

灯台下暗しとはこのことだろう。

事故現場はまだ遊園地ではなかったし事故のショックが記憶の再現を妨げたのかも知れない。



★交錯

退院した後、雄一は二重の人生を生きているような気がした。

事故後に担ぎこまれた病院で意識不明だった4日間、雄一の魂は5年後の世界で礼子と4か月を過ごしたのだ。


その矛盾に目を背けるように、退院すると雄一は就活に没頭した。

そして雄一も秀美も年内に就職先の内定をもらい4月から社会人になった。


気持ちにゆとりができると、雄一は礼子に会ってみたい衝動にかられた。

しかし2013年の今訪ねても礼子は中学2年生のはずであり、もちろん雄一を知っているはずもない。


社会人4年目も過ぎようとする2017年1月にアメリカではトランプ氏がヒラリー女史を破って大統領に就任した。

大方の予想を裏切る結果だったが雄一は驚かなかった。


雄一と秀美は、来年、式を挙げることにした。

秀美は雄一との結婚を喜んでいるが時々不満を漏らす。


「ユウくん、なんか変よ。男の人のマリッジブルーって余り聞かないわ。どうしたの?」

「どうもしやしないよ。仕事が立てこんでちょっと疲れてるのかな」


そんなふうに取り繕うものの雄一はお盆が過ぎるとソワソワしだした。

今年2017年の8月21日に自分は記憶をなくした状態でまた礼子と会うことになりはしないだろうか。


雄一の心配は杞憂に終わり何事もなく8月は過ぎていった。

胸をなでおろした雄一には礼子との4か月間が昏睡状態で見た幻覚のようにも思えてきた。


しかし雄一にはもう一つ気がかりなことがあった。

その原因であるクリスマスイブが2日後に迫った。


「明後日のイブも一緒に過ごそうか」

雄一は秀美を夕食に誘って言った。


「G市に美味しい店を見つけたんだ。遊園地前に6時半でどう?」

OKよ。秀美は素直に喜び、何の詮索もしなかった。




★再会

12月24日、礼子は放課後の塾が終わって遊園地に向かい6時少し前に着いた。

入場券売り場の側のベンチに腰かけて雄一を待っていると従業員専用口から作業着姿の2人連れが喫煙コーナーにやってきた。


「あと半年で休園か。だいたいスタートから縁起が悪かったよな。」

え? と同僚が煙草に火を付けながら顔を向けた。


「知らないのか。遊園地の造成工事の地鎮祭をやってる最中にこの辺で人がはねられたんだ」

「死んだのか?」

「さあ。新聞には重体って出たけどな」


二人の会話を聞くともなしに聞いていると一人の青年が近寄ってきた。

礼子は腰を浮かしかけたがすぐにまた腰を落ち着けた。

青年はジーンズ姿でなくスーツを着ていた。


青年は礼子のいるベンチにやってくると礼子と間を開けて座った。

サングラスをかけたその青年を礼子はチラチラと盗み見した。


一方、雄一はベンチに座っている制服姿の礼子をみとめた時から感無量だった。

礼子は今朝別れたばかりの雄一との待ち合わせのはずだが雄一にとっては5年ぶりに見る懐かしい礼子だった。


悟られないようにサングラスをかけてきたが、やはり礼子は雄一に視線を送ってくる。

「君、誰かと待ち合わせ? ひょっとして彼氏かな?」

警戒されないように、雄一は努めて気さくな感じで話しかけた。


「いえ、ええ、はい……」

雄一よりは年上の社会人に見えるが横顔も声も雄一にそっくりなので礼子は気になってしかたがない。


「あのう、あなたも待ち合わせなんですか?」

「うん、婚約者とね。今日はイブだから」


イブだから……礼子は目をつぶって朝方の雄一の言葉を思い起こした。

「呼ぶ声の聞こえる方角に歩いてみる。今日はクリスマスイブだし、いい手がかりがつかめそうな気がする」

そう言って微笑んだ雄一の顔が礼子の(まぶた)の裏に浮かんだ。


あの笑顔がユウくんの見納めだったのだろう。

もう、約束の6時はとっくに過ぎている。

ユウくんを呼んでいたのは私の心の声ではなかったのだ。


礼子は立ち上がった。

「彼、来ないみたいです。私、帰ります」


雄一は小さく頷いた。

言うべき言葉が見つからなかった。


礼子が横断歩道を渡り始めると反対側から若い女性が急ぎ足で駆けて来て小さく手を振った。

女性は手を振りながら礼子とすれ違った。

礼子が振り向くとベンチで先ほどの男性が立ち上がっていた。


「ユウくん、待った? 遅れてごめん」

秀美の声は横断歩道を渡り終えた礼子の耳には届かなかった。


遊園地前のナンキンハゼの並木道を礼子は家に向かって歩いた。

暮れなずむ夕焼け空も色を失いかけている。


後ろからの風が礼子の髪をふわりと持ち上げた。

少し遅れて歩道の落ち葉が小さな渦を巻いて舞った。

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