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1時間目 教科書と追いかけっこ

前作である「魔法っ子アルティ」を読んでから読むと、より世界観がわかりやすいと思います。

読まなくてもなんとなくでは読めます。


 今日もにぎやかです フロレスタ魔法学校

 青い屋根の校舎の上を、ほうきに乗った生徒たちが飛び交っています。

 始業を知らせる鐘がなるまでは自由時間なので、早起きして朝ごはんを食べた人から外に遊びに行くのです。

 これが、フロレスタのいつもの朝。

 しかしそんな学校に、近頃ひとりの転校生がやってきました。


「おはようございまーす!」

 大きな声とともに、髪をあちらこちらに跳ねさせた少年が教室に入ってきました。

 名前はアルティ。この少年はなんと、魔法が存在しない世界から百年ぶりにやってきた子なのです。

 この魔法界に来たとき、少年には色々なことが起こりました。空飛ぶ列車に乗ったり、ヘンテコなおじさんに魔法の指輪をもらったり、魔法で失敗してしまったり……。その日は疲れてすぐに寝てしまうほど、波乱万丈な一日目を送ったのです。

 そんなアルティは今、教室の窓からキラキラした目で外を眺めています。


「わあ~! みんな飛んでる!」

 窓すれすれを、先輩魔法使いたちが飛んでいきます。アルティの視線に気が付いたひとりの生徒が、ニコッと笑って手を振ってくれました。アルティもすかさず手を振り返します。

「おはようございます」

「あ、エリックおはよう!」

 教室に入ってきたのは、アルティが一番最初に仲良くなったクラスメイト、エリックです。フワフワの茶髪を揺らしながら、アルティの隣の席につきました。

「おはよう。アルティもはやく飛べるようになるといいね」

エリックはそう言い、優しく微笑んでくれます。とても穏やかな男の子で、初めて会った時もやさしく手をさしのべてくれました。転校してきた日に、不思議な部屋で一緒に大冒険をしたのは今となってはいい思い出です。

「うん! 約束、忘れてないよね」

 そう、アルティとエリックは約束をしたのです。

 アルティが空飛ぶ魔法を使えるようになったら、一緒に空を飛ぼう、と。

「もちろん忘れてないよ。でも、早く飛べるようにならないと、僕どんどん先に進んでいっちゃうけどね」

 エリックは、時々すこし意地悪なことを言います。でも心を許してくれている証明のようで、アルティは意地悪を言われてムッとしながらも、少し嬉しい気持ちになるのです。


 少しして、エリックと同じくクラスメイトである、フェリシアとレオナードも教室に入ってきました。フェリシアは紫色の髪を肩上で切り揃えている少女で、勝気な水色の瞳を持っています。レオナードはブロンドの髪を後ろに流していて、力強い緑色の瞳をもっています。レオナードは昼間は誰よりも元気いっぱいですが、朝が弱いみたいです。今日も寝癖をいっぱいにつけて、大きなあくびをしながら席についていました。

「フェリシアもレオナードもおはよう!」 

 アルティは前の席に座ったフェリシアと、右斜め前に座ったレオナードに挨拶をしました。教科書を机の中にしまい終えたフェリシアはクルッと後ろを向いて、「おはよアルティ」と返してくれました。

「おはよお……今日は起きるの早かったねえ……」と、レオナードが目をこすりながらアルティに言います。

「楽しみすぎて寝られなかったんだよ。だって今日は……」

 アルティが話そうとすると、ガラリと教室の扉が開きました。


「みんなおはよう!」

「「「「おはようございま~す」」」」

 このクラス……『ひよっこ魔法使いたちのためのもやし部屋』の担任の先生、レンジ先生が来ました。

 いつも通り分厚い本を何冊も片手で持っていますが、やはり重そうにはしていません。どこにそんな力があるのだろう、とアルティは不思議でたまりませんでした。

 ちなみに『ひよっこ魔法使いたちのもやし部屋』とは、普通の学校でいうところの『一年生』。このフロレスタ魔法学校の校長先生はとてもユーモアに溢れた人で、『伸び伸びと育ってほしい』という意味を込めて教室に名前を付けたそうです。はじめはヘンテコだと思っていたアルティも、だんだんと可愛い響きに聞こえてきて、今ではすっかりこの名前を気に入っています。

 

「今日の授業は、基本魔法についてのお話だよ。エリック、フェリシア、レオナードはもう知ってることばかりだと思うけど、この先ずっと使っていく魔法のことだから、おさらいのつもりで聞いてほしいな」

 わかりました! と三人が声を揃えて言いました。次に、レンジ先生はアルティに語りかけます。

「この間沢山渡した教科書の中から、『魔法学術の書』という題名のものを出してみようか」

 アルティは返事をしてから、引き出しの中をごそごそとし始めます。すると、フェリシアが手を挙げて言いました。

「先生」

「はい、フェリシア」

「今日の魔法学術の先生はレンジ先生が担当なんですか?」

 確かに、とアルティは思いました。この前エリックたちに聞いた話によると、魔法学術の先生はレンジ先生ではなく、トリッケ先生という女の先生のはず。初めて授業を受けたときも、トリッケ先生が担当でした。声が大きくて、すぐ迷子になるおっちょこちょいな新人の先生です。

「トリッケ先生は用事があってでかけていてね。朝は学校にいらっしゃらないから、今日の魔法学術は私が代わりに行うことになったんだよ」

「そうだったんですね……ありがとうございます」

 フェリシアはとても礼儀が正しく、先生と話すときはいつも丁寧です。なので、いつも自由奔放に動き回っているレオナードのことをよくしかっています。一度、食堂にいた妖精さんのまわりをレオナードがぐるぐると回って、妖精さんの目を回らせてしまったときに怒ったフェリシアがとても怖かったので、怒らせないように気を付けよう、とアルティはひそかに決意をしました。

「お、みんな教科書を出せたね。じゃあ、改めて授業を始めようか」


「魔法を発動させるための条件は、『三つ』あるんだ。まず一つは、『魔法をかける対象に魔力をそそぐこと』」

「魔力を……そそぐ?」

 アルティは首をかしげながら呟きました。

「そう。わかりやすく説明すると……まず、この本を持ち上げたいとするだろう? そのために、杖をこの本に触れさせるんだ」

 そう言ったレンジ先生は、持っていた杖の先を本の表紙にコツンと当てました。

「すると体の中にある魔力が、杖を伝って本に届く。これが、『魔力を注ぐ』ということだよ。そして次に二つ目は、『言葉でお願いをする』こと。浮かせたいものに魔力を注いだあと、『浮いて!』と願うと、本は浮くんだ」

 レンジ先生の言った通り、教卓にベタリと寝かせられていた本が宙にふわふわと浮き出しました。

「でもこれはまだ、その場に浮いているだけだ。せっかくならもっと操ってみたいだろう?」

 アルティは目を輝かせ、コクコクと頷きます。するとレンジ先生は微笑ましそうに笑いました。

「そんなときは条件の三つ目を使うんだ。それは、『頭の中で想像すること』。これは前にアルティにも説明したことがあるよね」

 突然名前を呼ばれたアルティは、急いで記憶を辿ります。

 

 たしか魔法界に来た日、風魔法を習ったときに教わったこと……。

 (『こう飛んでほしい』という、想像力を働かせるんだ)

 風を吹かせて木の実を飛ばす魔法を練習しているとき、上手くいかないアルティにレンジ先生はそう教えてくれました。

 魔法は人の想像力が生み出すもの。なので、太陽に向かって飛んでいくところを想像したらその通りになりますし、冷たい水を暖かくするためには、水から湯気が出ているところを想像すれば良いのです。

「はい、覚えてます!」

 すべて思い出したアルティは元気よく、自信満々に答えます。レンジ先生は、うんうんと嬉しそうに頷きました。

「では、今まで言った三つの条件をふまえて先生がお手本を見せるから、みんなも一緒にやってみよう!」

 レンジ先生がそう言うと、三人は机から杖を取り出しました。アルティも慌てて取り出します。


 レンジ先生が杖を本にくっつけると、本が浮き始めました。すると次の瞬間本はくるりと宙返りをしながら、レンジ先生のまわりをくるくると飛び始めたのです。

「すごい!」

 アルティは目を見開きました。

 まわりを見回すと、フェリシアが浮かせた教科書がパカパカと口のように開きながら飛んでいました。レオナードの教科書は空中で高速回転をしていました。そして、エリックの教科書はまるで波を描くように宙を飛び、アルティの机に着地しました。

「アルティもやってごらんよ」 

「もちろん!」

 エリックに教科書を返し、アルティも負けじと杖を握ります。

 杖を教科書にくっつけて……「浮いて!」と唱え……頭の中で想像をする……。

(どうしようかな……どう飛ばそう……うーんと、ああー……)

 魔法をかける前に決めてからの方が良いけれど、もう手遅れです。ぐるぐると頭の中でどう飛ばそうか考えていると……。

「あれっ? え、ええっ!?」

 なんと、教科書がアルティの杖を離れ、とっとこと歩いて行ってしまいました。歩くといっても足が生えたわけではなく、まるで生き物のようにスルスルと滑りながら教室の後ろへ逃げていきます。

「ああ、あんまり時間をかけすぎると、しびれを切らして逃げて行ってしまうこともあるから気を付けるんだよ」

「教科書が逃げるってどういうこと!?」

 アルティは目を白黒とさせながらも、逃げていく教科書を追いかけました。空気の入れ替えのために少し開けていた扉のスキマから、廊下に出て行ってしまいます。

「あ! まずい!」

 レオナードが焦ったように言いました。

「みんなで追いかけよう!」 

 エリックの声かけと共に、四人は教科書を追って教室を飛び出します。慣れているのか、レンジ先生は朗らかに笑いながら後をついて行きました。


「ああー! 階段はだめー!」

 逃げる教科書が行く先には大きくて長い階段。ここから先に行ってしまったら、長い階段をずっと追いかけることになりますし、第一段差でボロボロになってしまうかもしれません。アルティは大焦りで杖を構えました。

「浮け~!」

 教科書に向かって魔法を投げかけましたが、スルスルと素早く滑っていく教科書にはなかなか当たりません。何度も何度も魔法を投げかけましたが、なんどもなんどもかわされてばかり。

「床よ! ぼこぼこになれ!」

 フェリシアがそう言うと、アルティたちが走っていた床がたちまちボコボコとした砂場のように変わりました。しかし、逆にアルティたちが足をとられてしまいます。「ごめん!」と言うフェリシアの次にレオナードが靴を両方脱ぎ、教科書に向かって投げました。すると靴は教科書の行く道に先回りし、二つの靴で挟んで動きを止めました。

「やりぃ!」

「やったぁ!」

「こら! 靴を投げるなんてお行儀悪いじゃない!」

 エリック以外の三人が口々に喜びの声をあげました。あとは教科書を回収するだけです。アルティは走る足を早め、両手で教科書を掴もうとしました……が、教科書はまたもやアルティの手の中から滑り出てしまいました。

「あ!」

「まっずい!」

 教科書が飛び上がった先は大階段の上。ここで逃してしまえば、これ以上に追いかけるのが大変になってしまうでしょう……。

 しかし、アルティは諦めません。

「うがぁぁぁぁ!」

 階段の上で地面を蹴り、飛び上がって教科書を掴みました。

「取れたぁ!」

「アルティ危ない!」

 しかし下は階段。このまま落下してしまったら大怪我をしてしまいます。慌てて杖を握りましたが、アルティは浮くための魔法をまだ知りません。

 もうだめだ! と目を瞑ったその時……。

「間一髪……」

 アルティの体は階段の上、空中で浮いていました。よく見るとエリックが杖を構えており、安心したように息を吐いていました。

 エリックがアルティを魔法で浮かせて救ったのです。

「ありがとうエリック!」

 ふわふわと浮きながら、アルティは元いた階段の上に着地しました。

「ばかアルティ! 君は無鉄砲すぎるよ!」

 エリックは珍しく、声を大きくして怒っていました。気まずくなったアルティはレオナードとフェリシアにチラリと視線をやりますが、二人ともうんうんと頷くだけでした。

「……ごめん」

 顔を萎ませて謝ると、険しい表情からいつものエリックへと戻り、アルティの胸元あたりを指差して言いました。

「今日は許すよ。ほら、教科書も捕まえられたことだし」

 アルティの腕の中には、しっかりと教科書が捕まえられていました。まだ少しジタバタとしていたので、アルティはどうどう、と言いながら腕に力を入れ、また逃げてしまわないようにしました。


「いやあ懐かしいね」

 四人が教室に戻ろうとすると、レンジ先生がやっと追いついてきた。

「懐かしいって?」とフェリシアが聞きます。

「君たち三人も、入学したての頃はよく教科書に逃げられていたから。久しぶりに見たなと思ってね」

 そうレンジが言った瞬間、三人が苦々しい表情をして黙り込みました。

 恐る恐るアルティは、「な、なにがあったのさ」と聞くと、レオナードが答えます。

「いやさぁ、俺が教科書に逃げられた時、怖い先生の長いローブの下に入っていっちゃってさ……」

 それを聞いただけで、三人の表情の意味がアルティには理解できました。

「絶対怒られると思ったから言うに言い出せなかったし……」

 真面目なフェリシアさえそんなことを言うなんて。アルティはまだ見ぬ恐ろしい先生の存在に体を震わせた。


 リーンローン リーンローン

「「「「あ」」」」

 まさか、教科書を追いかけるだけで授業が終わってしまうだなんて。結局きちんとした魔法を使うことができなかったので、アルティはガックリと項垂れてしまいました。

「まあまあ、別の授業でも魔法は使うから」

 エリックが肩をポンと叩いて慰めてくれます。

「さ、一度授業を締めなければ。教室へ戻ろう」

 レンジ先生の声に合わせ、四人はよそよそと歩き出しました。


 1時間目から大騒動。まさか教科書と追いかけっこをすることになるなんて、やはり魔法はヘンテコだ。

 でも、こうやって不思議と隣り合わせの生活はとても楽しい。


 教室の前に行くと、なんだか中が騒がしい。不思議に思ってレンジ先生が扉を開けると……。

「げっ!」

 みんなの教科書たちが、宙でくるくると踊りを踊っていました。

「じ、自分の教科書を捕まえろ〜!」

 焦ったレオナードの声と共に、四人は疲れた顔で杖を構え始めたのでした。

 

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