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玉響  作者: 遠井 符$
カナタとマナタ
12/13

進化

視点は変わり、天邪鬼は静かに森の奥に佇む鬼人族の男を見つけた。傷だらけの顔に冷たい光を宿した天邪鬼は、ゆっくりと口を開く。


天邪鬼「全ての始まりは――お前たち一部の厄介な吸血鬼だ」


低く響く声は、森にいた動物すら逃げ出すほどの重みを帯びていた。


天邪鬼「お前らは血を吸うため、治癒力の高い生物を作ろうとした。その結果、腐人族が誕生した。その時を皮切りに、人族からは巨人族が、獣からは獣人族が、魚からは魚人族が生まれ、人族の存亡を脅かす異分子が次々と現れた。そして俺たち天邪鬼は……今、この現代でお前たちを排除するために生まれたのだ」


鬼人族はしばらく黙って天邪鬼を見つめる。 やがて、穏やかだが確信に満ちた声で言った。


吸血鬼「違う。偶然だ。腐人族の誕生も、お前たち天邪鬼の存在も、自然の偶然と、人間社会の流れが生んだ結果だ。誰かが意図して作ったわけではない」


その言葉を聞き、天邪鬼の瞳が一瞬、怒りで揺れる。 そして次の瞬間、鬼人族は倒れ、周囲には静寂だけが残った。 否定の余地さえ許されない、天邪鬼の論理が現実となったのだ。


森は再び静まり返り、鳥の声すら聞こえなくなった。


季節は移ろい、日々の空気は以前よりも重くなった。 ニュースや報告が伝えるのは、血の気の多い戦闘ではなく、じわじわと進む亜人族への弾圧と人族の駆除行動だった。


亜人族は必死に抵抗を続ける。 天狗鬼は森と森人族のため中立を守り、森の聖域を守るために外部との接触を最小限にしている。


だが、その範囲は限られ、全体の戦況に影響を及ぼすことはできない。


人族側は強固な兵力と資源を背景に、都市や港町を制圧しつつある。亜人族は散発的な反撃を試みるものの、統率も兵力も劣勢で、ジリ貧状態に陥っていた。


俺たちは森の中で情報を集めながら、日々の報せに息を詰める。


俺「……このままじゃ、どんどん追い詰められるな」


カナタは無言で頷き、静かに景色を見つめている。


森の奥で聞こえる木々のざわめきや鳥の声さえ、緊迫した世界情勢を前に小さな慰めにしかならなかった。


世界は動き、亜人族と人族の対立は、もう後戻りできないところまで進もうとしていた。


頭の中は天邪鬼への苛立ちでいっぱいだった。  




そして俺が覚えているのは、体の奥底で何かが変わった感覚ウイルスの力が、以前とは比べ物にならないほど増幅していることだった。


生物としての進化なのか。あるいは、意志の強さが力に変わったのか。どちらにせよ、理屈では説明できない感覚が、体中を満たしていた。


目に映る人族たちの姿に、自然と防御反応が走る。


俺の中のウイルスは本能的に「危険」と判断し、対象に作用し始めた。


辺りは一瞬にして灰色に変化する影が街角や広場を覆い、人族たちは姿を消し、静寂が瞬く間に広がる。


自分でも理解できない力、それは単なる治癒能力や再生力ではなく、存在そのものを圧倒する何かだった。


周囲の状況は、もはや制御不能の戦場に変わっていった。



場面は変わり、天邪鬼視点。


情報が届いた。街に、たった一人の腐人族が現れたという。


天邪鬼は指示を飛ばす。兵士たちに命令し、標的は脳――確実に制御するように。しかし次に来た報告は信じがたい内容だった。


「全滅しました」


ありえない。現代のウイルスは弱体化し、深い傷からでなければ軽度感染さえ起こせないはずだった。なぜ、たった一人で……。


脳裏に混乱が渦巻く。理解が追いつかない。その瞬間、防衛省本部に異変が生じる。


気づけば、目の前にいる。感情の欠片すら感じさせない顔で、腐人族が立っていた。人々が次々に影のように消えていく。灰となり、跡形もなくなる。


天邪鬼の胸に、初めて制御できぬ恐怖が押し寄せる。目の前で起こる異常な光景を理解できず、身体が朽ちる感覚が走る。視界は次第に暗闇に染まっていく。


圧倒的な力の前で、世界の秩序など無意味であることを、初めて思い知らされた。


世界は変わった。人族はもはや存在せず、その痕跡さえも街や森には残らなかった。


だが、亜人族たちは生き延びていた。人族よりも強靭な身体を持つ彼らには、腐人族のウイルスの影響は一切及ばなかった。やはり、生物として少しだけ進化していたのだろう。


地面に立つ者は、今や亜人族だけ。静かな街並み、荒れた都市の中、誰も人族を探すことはない。


長く続いた戦いと混乱の後、俺の身体には、人間だった頃の仕事を終えた後のどっとくる疲労のような感覚が押し寄せた。


光が差し込む亜人族だけの世界の中で、俺は静かに目を閉じ、眠りに落ちていった。


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