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玉響  作者: 遠井 符$
カナタとマナタ
11/13

異変

夜。野営の焚き火の炎が小さく揺れていた。  俺はしばらく黙っていたが、ふと横を見ると、そこに居るのはマナタだった。カナタはやはり姿を見せない。


「……カナタは、まだ立ち直れないのか?」


問いかけると、マナタは少し寂しそうに目を伏せて答えた。


「そうだね。呼んでも出てこない。代わろうとしても……全然、反応がないんだ」


いつもなら、出店を見れば目を輝かせ、食べ物を見れば手当たり次第にかじりついていたマナタが、今夜は何も口にしようとしない。その姿は、普段の彼女からは想像できないほど沈んでいた。


俺は火を見つめながら、思い切って口を開いた。


俺 「……あの腐人族、マナタの父親だったりするのか?」


マナタは驚き、焚き火の光を反射した目を大きく見開いた。


マナタ「え、なんでわかったの!?」


反射的に叫んだ後、ハッとしたように口をつぐむ。 そして数秒間ぽかんとした顔をしたあと、観念したように肩を落とした。


マナタ「……そうなの。記憶は残ってないけど、なんとなくね。会ったとき、家族としての繋がりを感じたんだと思う」


マナタの声は、普段の勢いを失って小さく響いた。


マナタ「私とカナタって記憶を共有するでしょ? だから……感受性の高いカナタは、余計に影響を受けちゃったんだと思う。自分でも理由がわからないまま、あんなに落ち込んじゃって」


言い訳のように、ツラツラと途切れなく言葉を並べるマナタ。その仕草に、俺はかえって真実味を感じてしまった。


あの腐人族は、マナタの父親。それが、カナタがここまで心を閉ざす理由だったのだ。




焚き火の炎が小さくなり、互いに言葉を失っていたその時。


???「――あなたたち、こんな所で何してるの?」


不意に背後から声をかけられた。振り返ると、そこに立っていたのは見覚えのある小柄な獣人族の少女だった。あの時、カフェの裏路地で人族に拉致されかけていた子だ。


驚きの声を上げる間もなく、彼女は駆け寄ってきた。


女の子「遠出の帰りにね、偶然あなたたちを見つけたの。で?一体どうしたの?なんでそんな暗い顔してるの?」


耳と尻尾をぴんと立て、しつこいくらいに事情を問い詰めてくる。俺とマナタは顔を見合わせ、観念して事の顛末を語った。腐人族との出会い、天邪鬼との死闘、そして彼の最期を見届けられなかったこと――。


話し終えると、少女は黙り込んだ。次の瞬間、彼女はマナタに飛びつき、その胸に顔を埋めた。


女の子「……大変だったねぇ!」


その声は震え、すぐに大粒の涙に変わった。


抱きつかれたマナタは目を白黒させ、どうしていいかわからずにいたが、しばらくしてぎこちなく彼女の頭を撫で始めた。


その姿に、不思議と俺の胸の奥も少しだけ軽くなる。


女の子「この状況で旅を続けるなんて危ないよ。今は無理に進まないで、少し休んでいきなよ」


そう言って獣人族の少女に案内されたのは、港町から少し外れた場所にある巨大な建物だった。


石造りの壁と木の梁が交差し、要塞にも似た佇まい。中へ入ると、活気に満ちた声が響いていた。


中では、多くの獣人族たちが暮らしていた。獣の耳や尻尾を揺らしながら談笑する者、炊き出しをする者、子どもをあやす者。


よく目を凝らすと、そこには魚人族や鳥類の亜人も混じっており、どうやら種族を超えた共同生活の場になっているようだった。


マナタはきょろきょろと辺りを見回し、無邪気に笑う。すると少女は彼女の手を握り、力強く言った。


女の子「大丈夫。私がついてるから」


その言葉にマナタは少し照れたように笑い、少女と並んで奥へと進んでいった。行き着いた先は女子寮。木の扉を開くと、中からは談笑と笑い声が溢れてきた。マナタは安心したのか、少女に手を引かれるまま中へ消えていく。


背中を見送る俺の耳に、寮の中から聞こえる温かな声がいつまでも響いていた。ようやく、少しだけ肩の力を抜けそうだ。



女の子「ここが私たちの部屋だよ!」


獣人族の少女に連れてこられた女子寮の一室は、思っていたよりも賑やかだった。猫耳、犬耳、兎耳……様々な耳と尻尾を揺らす獣人族の娘たちが集まっていて、皆一様に人懐っこい笑顔を向けてくる。


魚人族「腐人族って聞いてちょっと怖かったけど……ほんとに普通の子なんだね!」


鳥類「それどころか、ちょっと子供っぽくて可愛いじゃない」


からかわれて、マナタは頬を膨らませた。


マナタ「子供っぽくないもん!」


その様子に部屋は大きな笑い声で包まれる。


すぐに料理やお菓子が机いっぱいに並び、宴会のような雰囲気になった。


女の子「食べないでも生きられるんでしょ?でもこれ、ぜひ食べてみて!」


マナタ「……ん!おいしいっ!」


次々と差し出される皿を頬張りながら、マナタはようやく少しずつ心が軽くなっていくのを感じていた。  


あの獣人族の少女に抱きつかれて泣かれた時から、胸の奥に残っていた寂しさが、少しずつほどけていくように。



一方、俺は女子寮に入るわけにもいかず、獣人族の男衆が集まる共同スペースへと案内された。  


そこでは筋骨隆々とした獣人たちが木材を運び、工具を直し、戦斧や槍の手入れをしている。


その中の一人、狼耳の男が俺に声をかけてきた。


獣人族「お前さん、人族か。それにしては……妙にタフな匂いがするな」


俺は一瞬言葉に詰まるが、隠し通せないこともあるだろうと思い、正直に答える。


俺「俺は腐人族だ、色々あって一緒に旅をしている」


周囲がざわめいた。だが狼耳の男は大きく笑い、肩を叩いてくる。


獣人族「ハハッ、そうかそうか。だが安心しろ。この拠点は種族を問わず受け入れる。魚人族も、鳥類も、時には人族すらも匿ってきた。腐人族だからといって追い出すことはしねぇよ」


少し緊張が解けたところで、彼は酒瓶を差し出してきた。


獣人族「今は外の世界が荒れてる。天邪鬼や人族の一部は亜人を目の敵にする。だからこそ、こうやって寄り集まって暮らす必要があるんだ」


その言葉に、俺は改めて実感する。この建物はただの住居ではない。種族を超えて生き延びるための砦――小さな社会そのものだった。


獣人族「おい! みんな集まれ!」


獣人族の一人が、汗だくで共同スペースに飛び込んできた。場にいた者たちが一斉に顔を向ける。


俺「何があった?」


獣人族「いいからテレビをつけろ!」


ざわつきながらリモコンが押される。画面には緊急ニュースのテロップが躍っていた。


TV『政府、防衛省を中心に声明を発表――』


次の瞬間、スーツを着た数人の人間が映し出される。中央に立つのは、防衛省の高官らしき男。その背後には活動家らしい面々も並んでいた。


獣人族「……あれ、防衛省の責任者クラスじゃねえか」


俺 「なんで活動家と一緒に?」


誰かの疑問の声を遮るように、ニュースの男が口を開いた。


TV『人族の生存において、亜人族は脅威であると判断した。我々は本日より、すべての亜人族を駆除対象とする。』


その言葉に、部屋の空気が一瞬で凍りつく。  獣人族も森人族も、同じ空間にいる者たちが一斉に顔を見合わせた。


「……冗談だろ?」


「駆除って……害獣扱いかよ……!」


「ふざけんな……!」


怒号と動揺が入り混じる。だが、俺の目は一点に釘付けになっていた。


演説している男の目――。それは、俺もカナタもよく知る目つきだった。

「……あいつ……」


俺が呟くと、マナタは青ざめた顔で頷いた。


「間違いない……天邪鬼だ」


かつて俺たちを襲い、森で消えた男の同胞。その目は、この世のものとは思えない執念と狂気を宿していた。


天邪鬼『これは人族の未来を守るための戦いである! 我々の敵は――すべての亜人族だ!』


宣言と同時に、画面の周囲に集まった兵士や活動家たちが拍手を送る。だが、獣人族の砦に響いているのは、誰もが声を失うほどの絶望的な沈黙だった。


テレビから流れるニュースを何度も見つめながら、獣人族の砦に集まった俺たちは言葉少なに沈黙していた。


外では、街の騒乱や政府の声明に関する映像が映し出される。人族と亜人族が対立の兆しを見せ、武器や兵力の準備を進めている様子まで伝わってきた。


マナタは隣で膝を抱え、普段のはしゃぐ表情とは程遠い。互いの沈黙の中で、わずかに聞こえるのは獣人族たちの低い唸り声や、遠くで響く金属音くらいだった。


獣人族「……これは……マジに争いが始まるな」



俺「……あぁ、もう避けられないかもしれない」


マナタは短く息を吐き、眉を寄せた。


「私たちが、どう動くかで……状況は変わる。でも、今いる人数だけじゃ……」


目の前の光景は、平和だった日常が遠く過ぎ去ったことを告げていた。 亜人族と人族、両者の溝は、今や世界規模で深く広がろうとしている。


俺たちは互いに視線を交わす。  


もう旅を続けるだけでは済まされない。生き延びるため、そして互いを守るために、覚悟を決める瞬間が近づいていた。

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