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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第3話 支える石
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3-1

 私は両眼を閉じている。もう長いことベッドに横たわったままだ。体がひどく重くて、力が入らない。胸が苦しい。周りの音もおぼろげにしか聞こえない。でも、たくさんの人たちが私の周りにいてくれるのは分かる。子ども、孫、ひ孫たち。それに、高校の同級生に、ご近所さんや英会話サークル、働いていた時のお友達。みんな、愛すべき私の宝物。私はもうすぐ、お空のお星さまになるのだろう。


 きっと、空から見守ってあげるからね。


 そう思ったら、すーっと、重苦しい感じが消えて行った。あ、私、とうとう死んだのかな。死ぬ前と死んだ後って、意識が途切れないんだ。空から見守るだなんて殊勝なことを一応考えたけど、心の奥底では死んだら意識なんて全部消し飛ぶと思っていたから、意外だ。高齢ですが、私だって現代人の端くれですからね、心霊現象なんて信じちゃいませんよ。だというのに、本当はお化けとか祖霊とかが実在するんだねえ。


 でも、意識があっても、意識しかない。見守ろうにも、何にも見えやしない。声も聞こえない。おーい。遺産とかで揉めないでよ。大したもんじゃないけど、ゼロではないんだからね。あと、私の着物、二束三文で売ったりしないで、使ってよ。特にあの大島紬の、気に入ってるんだから。あんたたちって、ああいう物の価値が全然分かってないからなー。ちょっと、聞いてる?


 ああ、もう、まだるっこしい。何も聞こえないじゃないの。こんな真っ暗闇に閉じ込められて、何のためのお星さまよ。死人に口出しされるのが鬱陶しいってこと?そうだね、その気持ちは分からないでもない。私だって、あの姑が死んだ後までしゃべくったら、間違いなく家を出てたね。でも、それなら、見守り機能は諦めるから、せめて誰かとおしゃべりさせてよ。死人同士で良いからさ。


 退屈、たっいっくっつっ!どうか、会話をください。口から先に生まれてきたって何度も言われてたんだからね、私は。沈思黙考とか、ムリ。私がうるさいから黙れってことなら、聞く専門でも我慢する。いや、専門は無理だけど、遠慮くらいはできる。だから、誰かと話させて。誰もいないの?ここがお星さまの世界なら、誰かいるんでしょ。返事してー。


「な、なに?」


 誰かの声が聞こえた。やっぱり、人がいるようだ。私は嬉しくなって、そちら方面に向かって声を張り上げた。


「おーい!こっち、こっち。悪いけど、私、今何も見えないの。そっちで私を見つけてくれない?」

「え、どゆこと?」


 相手の戸惑いが直に伝わってくる。もしかしたら、向こうも私と同じく、真っ暗闇なのかもしれない。ここ、明かりが無いのかしらん。電気、電気、とつい電灯のスイッチを求めてしまうけれど、死んだ後の世界に電気ってあるんだろうか。


「誰もいないじゃん。まさか、しゃべるミミズとか、そういうの?石の裏とか、探さなきゃダメ?私、急いでいるんだけど。」


 相手がそんなことを言った。どうやら、向こう様には視界があるようだ。そして、なにがしかのご予定も。でも、ここで置いてけぼりは困る。私はしゃべり相手がいないと生きていけないんだから。うん、まあ、生きていないけど、そういう細かいことにはこだわらない。


「悪いんだけどさ、ちょっとで良いから私を探してみてくれない?私、自分が今どうなってるか、よく分かんないの。幽霊とかお星さまかもしれない。」

「今は昼だから星は見えない。それに私、霊感は無い。もう、行って良いかな。」

「ダメ、ダメー。お願い、独りにしないで!」

「いや、あんた、どう考えても魔物じゃん。そうやって私を罠に嵌めて、殺すつもりだな。勇者なめるなよ。」

「ま、まもの?」


 それっておいしいんですか、と訊こうとして、やめた。相手は冗談を言っているわけじゃない。何故だかそれがピンときた。どうもさっきから、この声にはそういう相手の心の内訳が乗っかっている気がする。だから、相手が私をものすごく不審に思っているのもビンビンに感じられる。


「魔物とか、勇者って、何?」


 裏を返せば、私のこの純粋な疑問も相手に伝わっただろう。案の定、相手がひるむのが分かった。


「え…そりゃ、人間を襲う悪い魔性の生き物が魔物で、それを退治して世界を平和にするのが勇者だよ。」

「この辺にはそんな生き物がいるの。あら、まあ。大変。でも、それなら、私は魔物じゃないね。だって、さっき死んだところだもん。」


 たぶん、だけど。ぴっぴっぴのピーって心電図か何かが止まって、医者が「まる時まる分、ご臨終です」と宣言したのを聞いたわけじゃないから。あれ、一度言われてみたかったんだけど、やっぱり自分じゃ聞けないよね。


 という残念な思いは横に置いておくとして。私がぺろっと話した内容を受け入れられないのか、この人…勇者なのかな、勇者はじっと黙り込んだ。黙ってはいるけれど、どこかに行ったわけじゃないのは分かる。これが気配というやつかもしれない。今までそんなものを感じたことは無かったけれど、死ぬと特殊能力が備わる仕組みになっているんだろう。


「死んだなら、どうして話ができる?」

「それなー。」


 孫の口癖が、口を突いて出てしまった。どうも感じ悪いので、私に向かっては言うなと口を酸っぱくして注意していたのに。言葉ってうつるから怖い。気を付けねば。


「ごめん、ごめん。私にも分からないんだ。気が付いたら、この状態。初めてお話しするのが、あなた。だから、私がどうなっているのか教えてほしくて。」

「ああ、そういうこと…。」


 私の話に嘘が無いのも、ちゃんと伝わっている。勇者は信じられないながらも納得してくれたようだ。勇者が私の方に近づいてきているのを感じる。そう、そこ、それ。ああ、もう少し右。行き過ぎ、戻って。なんだか、スイカ割りみたいだ。でも、誘導の甲斐あって、私は勇者に拾われたようだった。


「これかな…おーい。」

「はーい。」

「あ、やっぱこれだ。あんた、小石だよ。その辺にいくらでもあるやつ。」

「えー、私、石なの。何それ、ガッカリ。私、生きてる頃は人間だったんよ。まさかの石転生…。」

「いや、しゃべる石って、むしろ希少価値があると思うけど。」

「それもそうか。」


 私はあっさりと機嫌を直した。勇者の言うとおりである。主婦Aとか、通行人Bとかになるより、しゃべる石の方がよほど珍しい。自分で動けないのはなんだけど、そもそも私は身体を動かすのが好きじゃない。運動、スポーツ、全部苦手。歩くのも嫌い。私がお金持ちだったら、何より先にお抱え運転士を雇って、自宅の外の移動は全部自家用車で済ませただろう。そんな私が動けない石になっても、何にも不都合はない気がしてきた。おしゃべりに支障はないし。


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