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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第19話 纏める石
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19-4

 うーむ、司書長から得られた情報は、謎が多すぎる。まず、異世界って言っていたけれど、何よそれ。地球外の生態系だろうか。私のいた地球とは別の進化を遂げた、別次元に存在する地球のパラレルワールドだろうか。どちらにしても、どうして気絶しただけでそんなところに飛べるんだろう。しかも、意識だけの状態で。空間、時間、次元を超えた意識のワープ。そんなものを仮定するよりは、ここが丸ごと私の脳内ワンダーランドだと考える方が自然だ。司書長というキャラも、彼…彼女…彼人が言っていた各種設定も、私が過去に読んだ本や漫画からひねり出されたものではないのか。そもそも、日本語通じてるし。百歩譲って、テレパシーだから言語の壁は取り払われるとしても、意識のワープ+石化は無いわ。


 でもなあ、と私は思う。現実味があるのだ。彼人の存在にも、言葉にも。司書長がいちいち私に呆れ、めんどくさがっていたのも感じられたし。そうなのだ、割とウザがられていたようなのです、私。


 うるさくし過ぎたかなあ。あれこれ聞きすぎたかなあ。司書長に分からないこともいっぱい尋ねちゃったし。すごく豊富な知識があって、それを誇りにしてる人に、知らないとばかり答えさせたのだから機嫌を損ねてもやむなしか。


 でも、最後のは司書長が自発的に補足してくれた内容だしなあ。あれは、何故急に付け加えたのだろう。私が人間だから?お前たちみたいな危険分子と俺たちは違うんだぜ、と一言主張しておきたかったのだろうか。


 それに、うーん、樹かあ。魔物のなる樹。見てみたいなあ。っていうか、それはそもそもどこからどう発生したのだろうか。始原の魔物を産み出した存在なら、魔物の有史以前に生えてたということだよな。人間が作り出した?よくあるよね、生命科学系の研究者が怪物や病気を生み出し、手に負えなくなって、社会がパニックに陥るという設定。あれだろうか。樹というのも、魔物の一種なのかな。であれば、司書長が言っていた唯一の例外、魔物を殺せる魔物ってのが樹であるのかもしれない。魔物の生殺与奪の力を持っている、グレートマザー・樹。


 いやしかし、樹って。何か良い名前ないんか。現地語で聞いたら、素敵な音韻の単語なのだろうか。と、私の大量の疑問は蚤のようにあちこち跳び回る。自分でここにある本を読んで調べられたらいいのにな。ああ、でも、触れたら壊れるような代物なんだっけ。私は学芸員系の知識も技術も経験も無いからなあ。指一本どころか、指の毛の一筋も触れさせないでください、と司書長につめたーく言われるのがオチだろう。


 それにしたって、樹はないわ。かわいそうじゃない?グレートマザーなんだよ?


「真名の樹と呼ばれていますよ。以前にいた石がつけてくれたそうです。何でも、マナの樹という大樹がそちらにはあるようですね。」


 あら、司書長だろうか。暇になったのかな。暇になったからって私のところに遊びに来てくれる柄じゃなさそうだったけど。


「それ、ゲームだと思いますよ。子どもの頃遊びました。」


 私は少し考えてそう答えた。ゲームにそんな樹が重要なシンボルとして出てきた。まあ、ゲームの製作会社もどこかの神話か民話からとってきたのだろうけれど。


「そうなんですね。でも、良い呼び名だと思います。樹は私たちを生み出しますし、名前も与えてくれますからね。親がいないので、名付けてくれる人が他にいないんですよ。」

「へー。じゃあ、司書長のお名前も樹が付けたんだ。何ておっしゃるんですか?」

「それは本人に聞いてください。勝手に教えると、私が怒られます。」


 あれ、この人、司書長じゃなかったんだ。そう言われてみれば、司書長のテレパシー全体から漂うあの「こいつの相手するの面倒くせえ」感が無い。もっと、友好的で親愛の情がある。長じゃない司書かな。この人も樹から生まれたらしいし、同一種族だろう。


「ああ、違います。私は調べものでここに来ただけです。司書ほどの知識はありません。石がここにいるなんて珍しいものですから、つい寄り道です。」

「そうですか、私は暇なので、お話してくれて嬉しいですよ。でも、あまり騒ぐと怒られますかね。」

「もう怒られています。」


 あら。司書長、その辺にいるのか。見えない聞こえないって不便だなあ。っていうか、テレパシーってそんなにうるさく響くもんなのだろうか。司書長が地獄耳過ぎるだけじゃないのか。私の心の中の呟きも漏れなく聞いてる感じがあるし。


「はは、当たらずとも遠からずです。あ、また怒られた。すみません、私は帰りますね。」

「ああ、はい。」

「もしあなたの世界に戻りたくなったら、司書を通じて私にお知らせください。では。」


 フレンドリーさんはそう言って、すぐにいなくなってしまった。残念至極である。


 いや、待てよ。今去り際に、重要なことを言っていたよね。帰りたくなったら知らせろって。フレンドリーさん、私を石の世界から解放できるということなのか?ちょっと待って、待って待って、帰らないで、戻ってきてー。


「もうお帰りになりましたよ。」


 このイヤイヤ感、司書長だ。私は焦って訴えた。


「呼び戻してください。私、やっぱり石は嫌です。」

「すぐには無理ですね。お忙しい方ですから。」

「予約できるならしてください。対価としてお金は払えませんけど、私の世界の物語を一つ二つ聞かせるくらいならできますから。」

「それは聞きたがることでしょうが、今は立て込んでいるようですから無理です。あなたと雑談する暇も無かったはずなのですよ。それを、全く…。あの方を誘惑しないでください。」


 ルーズソックスどころか、南京玉すだれ並みに長い長いため息。そんなに言われるほど、長い時間雑談してなかったけど。


「誘惑なんてしていませんよ。私は話しかけられただけですからね。」


 いささか文句が言いたくなった。どうせ心で考えても読まれるので、堂々と宣言することにする。


「ああ、そうでしたね。失礼しました。」

「それより、あの人、どちら様なんですか。予約できないんですか。帰りたいです、私。ここにいたって、こんなに暇なのに本の一冊も読めやしないし。」

「ああ、やかましい…」


 かー、この人は、まあ。もう。私の置かれた哀れな状況から、心情を汲むとかしていただけないものであろうか。本だけじゃなくて、生身の人間…石だけど、その内容も理解するべきではあるまいか。

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