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しかし、そんな古文書みたいな資料を保管・管理するなんて、どちらかと言えば学芸員の方が得意そうだけどな。まあ、司書や学芸員という国家資格は日本の話でしかないから、この世界では全然役割が違うのかもしれない。実際、この司書長はこの保管庫にいるんだし、長じゃない司書もここで働いているのだろう。
という私の黙考も漏れたらしい。司書長が答えてくれた。
「あなたの世界の司書の詳細は寡聞にして存じませんが、我々の指す司書とは、種族名です。」
「種族?人間とか、馬とか牛とか、そういう並びですか。」
「あなた方に分かりやすい譬えなら、ミカンという枠の中のイヨカンやハッサク、そんな感じでしょう。」
なるほど、言わんとするところは分かった。人間か馬かという区別よりは、もう少し細かいという事なんだろう。それにしても、異世界の人なのにうちの世界の柑橘類をよくご存じだこと。ああ、こんなこと考えるとまた伝わっちゃうか。あ、ほらー。
「私はこの世に生を受けて随分と経ちます。あなた方の話も色々聞きましたし、ここの資料にはあなた方に関するものもいくつかあります。他の者よりは詳しいでしょう。」
「へえ、そうなんですね。それで、この世界の司書は何をするんですか?」
「書物や資料の管理です。」
「それは分かりますけど、もう少し具体的に。」
「資料の作成、分類、保管、修復、希望者への参照は基本として、我々司書には、本を開かずとも内容を読み取る力がありますので、風化や汚損の著しい古い資料を傷めることなくか」
「何ですか、そのチート技能!」
私は思わず発奮して、司書長の言葉の途中で叫んでしまった。いや、テレパシーで叫ぶってのは、どういう事なんだろう。自分でもよく分からないが、振幅が大きいとかそういう事じゃないだろうか。
「…やかましいのはやめてください。」
「あ、すみません。」
私は謝罪した。そりゃ、そうだよね。図書館ではお静かに。
でも、それはさておき、この世界の司書にはそんなすさまじい能力が備わっているのか。どうやって会得するんだろう、と思ったけれど、さっきの話では司書というのは種族という事だった。となると、八朔に生まれれば外皮が硬いように、司書に生まれればそのチート技能があるのが当然ということになるわけか。ああ、その技能があれば、積読とか起こりえないだろうになあ。
「いえ、それは無理かと。」
また思念を察されてしまった。
「私たちの力でも、たちどころに書物に書かれたこと全てを理解できるわけではありません。文字を追って読むよりは速いのですが。」
「ああ、そうなんですね…古い資料の保全には役立つけど、それ以外には大して利点はないんですね。」
私が正直にそう言うと、さすがに司書長は微かにムッとしたようだった。
「記憶への定着率も上がります。我々司書は、書物を通じて知識を集積し、生ける辞書たる役割を担っているのです。魔物の中でも非常に特殊で重要な存在です。希少でもある。」
「はあ…魔物、ですか。」
またドッキリタームが出てきた。この人、人間じゃないということか。異世界なのだから、そういうのがいても不思議ではないか。
「そう。魔物、と人間は呼びます。我々も自称します。しかし、その定義は非常に曖昧です。」
「そうなんですか。魔法が使えるとか、力が強いとか、見た目が違うとかではないんですか。」
「人間にも魔法を使い、強い力を持つ者がいます。魔物にも、人間と同様の外見の者がいます。唯一明確な線引きがあるとすれば、我々には生れ落ちた時から魔物であるとの自覚があることくらいでしょう。」
「自意識だけってことですか。」
「個々の種族を見れば人間との差異が大きい魔物もありますが、魔物全体に共通する要素となるとそれくらいでしょうね。」
「じゃあ、人間と魔物はぼちぼち仲良くやっていけそうですね。司書長も理知的ですし。」
私がそう言うと、司書長は沈黙した。理知的と褒められてまんざらでもないぜヘヘヘ…というわけではなさそうだ。ということは、人間と魔物は仲よろしくない関係にあるのだろう。ゲームや小説の世界でよくあるように、魔物は人間に敵対する勢力ということか。魔王が世界征服とか狙っているのだろうか。最近の異世界物では、単発ギャグでもなければそんな単純な悪役は出てこない傾向にあるけれど。
と考えたら、また司書長がルーズソックス的ため息をついた。
「そろそろ仕事に戻りますので、失礼させていただいてよろしいでしょうか。」
いきなりの最後通牒。気難しい人だなあ、もう。
今すぐ一人で置いてけぼりになったら、私は困るのだろうか。石だから衣食住の心配は無いとみていいだろう。ただ、折角本に囲まれているというのにその一つだに手に取れないという不自由が私を苛む。そして、司書長から中途半端に仕入れた、この世界と私自身に関する知識が、どんどん追加で新しい疑問を生み出している。これを解決するには、自分で書物を紐解き調べられない以上、この人に訊くしかない。だって、私に聞こえる範囲にはこの人しかいないのだから。テレパシーを使って答えてくれる人が他にいれば、お仕事にお戻りいただいて構わないけれどねえ。
しかし、文字通り手も足も出ない私が、私から離れたがっている司書長を力ずくで留めることはできない。どうしたものか。いや、こうすればいいか。
「お伺いしたいことがあるので、もう少し相手をしてください。さもないと大声を出します。」
「図書館ではお静かに、と指示する側なのではありませんか、あなたは。」
「テレパシーですもの、他のお客様には聞こえないのでしょう?」
「いえ、そうでもありません。魔物には石テレパシーを解する者がそれなりにおりますので。」
魔物には、ということは、対比されているのは…石ではないな、石なら石テレパシーは標準装備だろう。では、人間か。人間はあまりテレパシーを使えないんだ。でも、魔物と仲が悪いならこの辺には人間はいないだろう。度外視して良いな。
何にせよ、ここは魔物用の資料庫で、テレパシーであってもお喋りは騒音になりうるということだ。大声は、ダメだなあ。
「ご理解いただけて何よりです。では。」
また勝手に漏れた思考を察知した司書長が、勝手に去り行こうとする。




