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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第17話 通りすがる石
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17-3

 そんなことを考えていたら、急速に意識がどこか深いところに引っ張られていくのを感じた。あ、これ、死ぬやつだ。


 と思ったのに、私に訪れたのはお迎えとか閻魔様とかではなくて、またぞろあのゆーらゆーらであった。気色悪いって。このゆーらゆーらが来るということは、まさか、あの古民家リフォームも再来か?


 ふと気づけば、私の周りには里山に囲まれた穏やかな田舎の風景が広がっていた。ピントが合っているかと言うと、微妙に合っていない。薄暗い中老眼で近くの小さい文字を見るくらいに合っていない。絶妙にイライラする見えっぷりであるが、これならずんぐりとほっそりの見分けは容易につきそうだ。


 今回は近くにあの古民家が見当たらない。でも、何となくこっちかな、という気がして、私は川沿いにとことこと歩き始めた。前回ほどの体の重さは無い。まあ、年相応+疲労+筋肉痛くらいには歩ける。…歩けるって呼んで良いのかなあ、このレベル。まあ、実際歩けているし、いいでしょう。


 歩いても歩いても代わり映えのしない風景の中を、ひたすら足を運ぶ。だんだん、おつむの方がぼんやり霞掛かってきて、どれほどの時間歩き続けているかも分からなくなってきた。疲れたなあ、喉渇いたなあ、と思ったとき、目の前に例の古民家があった。あれま、いつの間にここまで来たんだろう。


 リフォームは終わったのか、辺りに積みあがった資材は無い。前回お世話になった、端材の椅子と机も見当たらない。きれいに片付いていて、しかも、何となく中から手招きされている感じがする。ホラーではない。喫茶店とか雑貨屋とか美容院とか、そういうお客様を中に入れてなんぼの店舗の雰囲気があるのだ。


 近寄って窓から中を覗けば、人がいる。お客さんかな。座って、何か飲んでいる。いいなあー。喉渇いた。そうか、最近流行りの、古民家を改修したレトロ風カフェになったんだな。そういうリフォームだったんだ、なるほど。


 それならば、不法侵入にはなりそうにも無いな。安心して入れる。私は正面のドアを開けて、正々堂々と中に侵入した。いらっしゃいませ、と声が掛かるかと思いきや、あれ。何にも言われない。えっ、もしかして、古民家カフェ風個人宅という、ある意味はた迷惑なやつだったか。しまった、すぐ出るか。あ、でも、カギは掛かっていなかったしなあ。店か、個人宅か、どちらなのだろう。内装を見る限りでは、カフェなんだが。キッチンの見えるカウンターもあるし、疎らだがテーブル席もある。いささか散らかってはいるが、全体が木のぬくもりの感じられるインテリアで統一されていて、居心地が良さそうだ。これで個人宅だとしたら、相当のマニアだと思うけれど。


 入り口の前でへどもどしていると、複数の声が聞こえた。若い…男?女?分からない。耳も目と同じくまだピンボケなのか、本当に相手の声が中性的なのか、定かではない。が、喋り手によって声が違うところまでは判別できる。おお、前回、前々回よりは耳も進歩してるな。進歩しているのは良いけれど、聞こえた内容はやはり、いらっしゃいませではない。


「ほら、またお客さんが来たから。」

「客ではありません。ただの通りすがりの石です。それが、誰が原因で、あんな形になったとお思いですか。最早殆ど人間ではありませんか。」

「私が原因だという確証は無い。」

「他に何かお心当たりがあるのですか?」

「…」

「無いでしょう。良いですか、ここを何のために作ったか、お分かりですか?」

「…息抜きです。」

「少し違います。城に籠ったままではお体に障るので、余暇を十分な休息に充てていただくために作ったのですよ。余暇時間まで根を詰めて働いては、意味がありません。」

「働いているつもりは無い。楽しんでいるだけだ。」

「口答えは許しません。」

「はい。」


 揉めているのは、カウンターの前にいる二人組だ。前に見たずんぐりむっくりではない。両方ともほっそり系。片方がむっつりと怒っている。口調は極めて冷静ながら、一切の反論を許さない津波のごとき圧力を感じる。もう片方は、私の方をちらちらと気にしながらも、叱られて縮こまっている。これは、今までの登場人物とは違う人たちかなあ。いずれにせよ、客が入ってきても無視して叱責を続けているのだとしたら店として落第だ。個人宅なら、ええと、すみませんでしたと言ってしっぽ巻いて逃げます。だから、どっちなのよ。


「今日のところは、我々2人で対処いたします。とにかく、あなた様はゆっくりお体を休めて下さい。」

「この状況でゆっくりしろと言われても、できるとは思えない。」


 叱られている方がまたこちらを見た。私と目が合った直後、すぐ横に逸れる。あれ?と思ったら、何とビックリ、いつの間にやら他のお客さんも入ってきていた。満員御礼ではないか。繁盛してるなあ。


「魔王様、奥に引っ込んでてくれませんか?あなたが表にいると、客が増えすぎるんですよね。迷惑です。」


 フロアから戻ってきた別の店員?が加わって、叱られている方に文句を言った。すると、叱っている方がフロア担当の相手を始めた。


「こら、どういう口の利き方だ。口を慎みなさい。」

「でも、事実でしょう。フロア回してるのは私なんだから、文句を言う権利がある。」

「いや、そもそも回さなくて良いんだ。店じゃないんだぞ。対価も取っていないし。」

「あ、さっき貰っちゃった。じゃーん。こんなの出せるみたいだよ、あいつら。バンバン取ろうよ。」


 じゃーん、と言って見せびらかしているものが何なのか気になるけれど、こちらからはよく見えない。何だろう。お金じゃないのかな。叱られている人も、こっそりと首を伸ばして興味津々で眺めている。店なら何かの形で対価を取って当然だと思うが、怒っている人はしっしと追い払うように手を振った。


「ダメダメ、早く返してきなさい。」

「もういないから、無理。ほらほら、オーダー入ってるから、さっさとコーヒー3つ淹れて。」

「…これだから最近の若いもんは…。」


 叱っていた人はバリスタなのか。両手を腰に当てて深いため息をついたが、諦めたようにカウンターの内側に入って手際よく作業を始めた。フロア担当とそれほど年の差があるようには思えないのだが、この絶妙なピンボケ視野では確たることは言えない。


 まあ、何にせよ、ここは一応個人宅ではなくてカフェなんだろう。肝心のバリスタは乗り気じゃないみたいだけど。こんなんで店やっていけるのかなあ。と心配していたら、さっきまで叱られてしょんぼりしていた人がひょこりと目の前に現れた。


「お待たせしました。すみません、お客様が多いので相席でもよろしいですか?」

「あ、はい、大丈夫です。」


 反射的にそう答えた私は、叱られさんに案内されてテーブル席に着いた。目の前では見知らぬ誰かが気の抜けた表情でコーヒーをすすっている。さっきまで店内に響いていた騒動には、全然関心の無い様子だ。変なの。まあ、いいや。


「ええと、メニューは…」


 私は辺りをざっと眺めたが、テーブルの上には何もない。とっ散らかった店内には、おしゃれ系飲食店にありがちな黒板とかも無い。どうしようかと思う前に、叱られさんから声がかかる。


「紅茶とコーヒーしかないのですが、どちらがよろしいですか?」

「紅茶でお願いします。」


 私がオーダーすると、叱られさんはしばらく私の顔をまじまじと見つめた。何か、変なこと言っただろうか。いや、どう考えても言っていない。じゃあ、何だろう?


「以前、お越しになりましたね?」


 と言われて、私はびっくりした。こんな人、前いたかなあ。ずんぐり?ほっそり?どっちかな。体形的にはほっそりだが、前のほっそりは上司っぽかった。この人はどうも立場が弱そうだから、別人かな。あるいは、同一人物だけど、更なる上司が出てきたのか。今もかなりピンボケだが、前は人の形にすら見えていなかったから、誰だか判別できやしない。


「たぶん、来ました。ここ、こんなお店じゃなかったですけど。外でお茶か何か頂きました。」

「ああ、やっぱり。珍しいですね。」

「そうなんですか。」

「2度もいらっしゃる石は滅多にありません。もっとも、私が出会っていないだけかもしれませんが。」


 石?さっきも話に出てきていたな。何のことだろう、と考えかけて、思い出した。一番ぼやけていたときにも、石の話をしていた。石の大名行列とか、想像したっけ。いや、それを思い出したところで、何の話だか分かりゃしなのだが。考えてもしょうがないので素直に石とは何ぞやと訊こうとしたけれど、その前に叱られさんは去ってしまった。まあ、いいか、紅茶を持ってきてくれた時に聞けば。


 私は頬杖をついて、カウンターの中を見るともなしに眺めた。バリスタは、あんなに不平不満たらたらだった割には、非常に洗練された動きでオーダーをこなしていく。水の流れにも見えるその手つきから生み出されるコーヒーと紅茶は、間違いなく美味しいに違いないとの予想をこちらに与えてくれる。相当の実力派ではなかろうか。


 やがて、私の紅茶が仕上がった。叱られさんがそれを運んでくる。


「わあ、いい香り。」


 石のことを訊くのも忘れて、私は歓声を上げた。ああ、人生の最後にもう一度紅茶を飲みたかったんだよね。それがこんなに上等の紅茶だなんて。ありがたいこと。夢でしかないのだとしても、嬉しい。今日はちゃんと味覚も再現できていると良いな。そう思って一口含むと、思った通りに、いや、それ以上に美味しい。意識持って行かれそうなくらい、美味しい。


「…お帰りの際にも、どうぞお立ち寄りくださいね。」


 へ?と私はカップから顔を上げた。叱られさんがにこりと微笑んでいた。ああ、なるほど。これは、客を呼ぶ魔性の笑顔だ。ピンボケ視野でも分かる。


 でも、帰りにも店に寄れって、意味分からなくない?店から出たら、帰るんでしょ。そこでまた店に戻ったら、永遠のループじゃないか。え、そういうこと?ここは出るに出られない底なし沼みたいな、恐ろしい罠なのか?取って食われるのか?誰に。あのバリスタに?いやいやいや~それはないわ~。だって、こんなに美味しい紅茶を淹れられる人なんだから。ほら、意識が薄らいでしまうほど美味しい。


 え、いや、待て。それって…毒…また毒殺か

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