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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第17話 通りすがる石
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17-1

 何だっけ、自分に何が起こったんだっけ。確か、友達とのゴルフコンペに出かけて、ホールを回っている最中でギュワーンと頭が痛くなって、その後の記憶がない。ボールがぶつかったのか?誰かの手からクラブがすっぽ抜けて飛んできたのか?それとも、頭の血管でも切れたんだろうか。


 明確な記憶はそこで途切れているのだけれど、こうして私はぶつくさと何かを考えている。どういう状況だろうか。何も見えないけれど、何だかふわふわするし。ちょっと気持ち悪い気もする。ああ、そうだ、あれに似てる。寝台列車とかフェリーとか、揺れる乗り物に長時間乗って降りた後、地面も自分も揺れていないのにまだ波に揺られているような感じがする。あれとそっくり。ふわーふわー、ゆらーゆらー。気色悪い。収まってほしいけど、いつまでもいつまでも、ふわふわ。


 そんな中で、物音が聞こえてきた。


「じゃあ、この辺にお願いします。」


 この辺って、どの辺よ。そう思ったら、視界が開けた。いや、開けたことは開けたんだけど、何だこれ。こっちもふわふわというか、輪郭が全部ぼやけている。水の中で水中眼鏡なしで目を開けたような、マリー・ローランサンの絵のような。見えていても、何が何だか分かりゃしない。


 やっぱり、頭の何かがおかしくなったんだな、こりゃ。やばいなあ。この視界じゃ生活できないよ。ほら、突然でっかい茶色の塊が出現したけど、どういうことだか想像もつかない。私の目がおかしいのか、本当に何か降ってきのか、区別がつかない。


「ここで良いか?」

「位置はばっちりですが、向きを変えられませんか。もうちょっと、こう、10度くらい右回りで。」


 誰かが誰かと喋ってる。いや、喋っているのかな。声のようでいて、声でない感じ。意味は分かるのだけど、声の高低や大小はさっぱり分からない。どういうことだ。それに、喋っているのはこの視界の中の、どの塊よ。人だか物だか、何も分からん。分からんけれども、何か、白っぽいちょうちょのようなものが人影らしきものの先っちょでヒラヒラと揺れた。すると、さっきの茶色い塊が微かに動いた気がする。ピンボケし過ぎていて定かではないが。


「あとは資材だな。すぐ持ってくる。」


 また、白いちょうちょがヒラリ。かと思ったら、人影と思しきものが一個、一瞬消えて、すぐまた現れた。さっきまでなかったはずの薄茶色っぽい塊も一緒だ。こっちの塊は、人じゃないよなあ。何だろうねえ。この展開。


「お手を煩わせてすんませんね。助かります。しかし、便利なもんですね、空間転移魔法ってのは。家でも木材でも、あっという間に運べるだなんて。」


 はあ、魔法。ははあ。これは、頭をどうかしてしまった私が見ている夢かな。夢なら、輪郭が全部ぼやぼやで、分かったような分からんような世界設定なのもしょうがないか。


「でも、お体の具合は大丈夫なんすか?」

「これくらい、もう平気だよ。」

「そうすか。いやあ、釘刺されてましてね、無理させんなって。」

「うん、修繕の方は手伝えないと思う。」


 よく分からんが、キーワードから類推してみよう。魔法は無視して、ええと、家、木材、修繕。おうちのリフォーム?DIYでやっちゃう人もいるだろうけど、まあ、普通はプロにお任せするでしょう。下手に素人が手を出さない方が正解だろうな。物資の運搬だけ手伝ってあげたのかな。それでどれだけ工賃を抑えられるんだろう。うちもリフォームしたいから、参考にしたいわ。


 なんて考えてみたところで、私の夢だから何のあてにもならない。その上、このぼけまくった視界では、たとえ見積書とか見せてもらえたとしても、紙か豆腐かすら区別できないわい。


 ほら、今も正に、登場人物と思しき塊たちが、設計図か何かと思しき白いものを広げて見ているけれど、話の流れを追っていなかったらただの斑点の蠢きにしか見えないだろう。


「元が店舗なんすよね。この柱さえ残しておけば、間取りは大改造できますけど。」

「そんなに大ごとにしなくて良い。風が通って、お茶を淹れて資料を広げられる場所があれば十分だ。」

「資料って、お仕事なさるんですか、ここで。」

「うん。かなり溜まっているからね。」

「保養所って伺ってたんすけど。良いんすかねえ。怒られるのは私なんですけど。」

「ええと…城にいるよりは楽だから、保養はできる。ほら、樹も見える距離だし。大丈夫、何かあったら私が怒られておくから。」


 どういう理屈か分からんけど、ワーカホリックなんだろうか、この施主は。誰が怒るんだよ。配偶者とか、家族か?24時間働けますかの時代じゃないのだから、身体を労わった方が良いと思うが。さっき、お体がどうとか言っていたし。うちも昔、父が過労でぽっくり逝って苦労したから、がむしゃらに頑張ることを美徳とする精神論は迷惑千万だと身に染みて理解している。何だか知らんが、体調悪いならやめときなさいって。


「…もう怒られた。」

「へ?何の事っすか。」


 会話の主の片割れが、私の内心の疑問を代弁してくれる。


「あれだ、見えないかな。」

「いや、何もないっすけど。何かあるんですか?」

「ここは石の通り道なんだ。きっと、あの石もこれからどこかに生れ落ちるのだろうな。」

「へー、そんな道があるんすね。私も石の声なら聞けますけど、今おっしゃった奴は全然分からんですわ。」


 また、話の筋が追えなくなった。石が通るって、何。石様の御成ぁりぃ~ってか。石っていう人の名前かとも思ったが、この人たちが想定しているのはそういうものではないっぽい。何故そんなことが分かるのか、それが分からないけれども、夢だから仕方ないだろう。夢って、人の名前とか関係性とか、いつの間にやら知っている設定になっていることが多いから。


「じゃあ、この道の先か、元か、石の出発地点ってのはどこなんですか?」

「それは私にも見えない。私も知りたいんだけれど。」

「ふーん、どっから来るんですかねえ、ホントに。」


 石の大名行列の出発地点、ということ?私は沢山の石ころが兜をかぶって槍を担いで、ちょこちょこと動いて行くところを想像した。石が沢山ある場所と言えば、砕石所、山、川。人工的に敷いた石なら駐車場とか日本庭園もあるか。そこからずらずらと、石が起き上がって歩いて行く。とっとこ、とっとこ。


 そんなことを想像していたら、だんだんと眠たくなってきた。石の行列がだんだんかすんでいって、ああ、違うや。そんなものは見えていなかった、ただの想像。ぼやぼやの視界の中の、要リフォーム住宅と施主と工務店員?が揺らめき、消え去っていく。そうして残るのは、完全な真っ暗。

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