16-7
「…ああ、見つかりました。これです。」
声が聞こえた。これって、私のことか?
「すっかり風化して、崩れそうですな。」
「そうだな。もう保たないだろうね。でも、聞こえているみたいだ。」
おっと、初めて登場人物が複数に。誰だ、こいつら。
「こんにちは。聞こえますか?」
「聞こえてるよー。」
「ああ、あまり大きな声は出さないで。負荷がかかります。」
はい、はい。で、あんたは誰かな。
「私は魔王です。あなたにお会いできて良かった。」
あー、魔王。これ絶対、あの怖い奴じゃない奴。どっちかと言えば、へっぽこ。ってことは、あいつ、死んだのか。死ぬと交代するって言ってたよな。んで、交代した結果が、へっぽこ系か。あいつ、やっぱりバグだったんだな。まあ、明らかに色々と言動がおかしかったしな。あれをベースラインに置かれたら、私なら速攻でこの世界から逃げ出すわ。
「時間が無いので単刀直入にお伺いしますね。あなたの石としての記憶を頂いてもよろしいですか?」
「石としての記憶?」
「こちらにいらしてからの記憶です。始原の魔物に関しては殆ど資料が残っていなくて、あなたの記憶がとても重要なんです。」
「別に良いけどさ、それをあんたにあげると自分はどうなっちゃうんですか。記憶喪失とか?」
「いえ、特に何も変わりません。こちらで読み取って、記録するだけですから。」
はー。頭の中をのぞき見するって感じかね。あの怖い魔王なら、必要があれば無断でとっくにやってるだろうな。やはり、へっぽこ系は腰が低い。魔王にしちゃ低すぎる。
「ただ、あなたはもう石そのものが劣化しているので、おそらく抽出中に砕けると思います。」
「痛いんすかね。」
「どうでしょうか…自然な経年変化では痛みは無いと思いますが、我々は石になったことが無いので確証はありません。すみません。」
「ま、そうですよね。」
嫌だって言ったって、もう壊れかけならどうしようもないわな。諦めて、痛みに耐えて、おうちに帰りましょう。…あ、うちじゃなかった。まだバイト中だったよ…。
「そう言えば、あんたらも昔は石だったんだよ。へっぽこ魔王が、頑張ってせっせと魔物に変えたんだ。」
ふと思い出して、私は呟いた。何だか、すんごく昔のことみたいに感じられる。あいつのスカウト受けてたら、どうなってんだろうな。
そんなことを考えていたら、猛烈に眠くなってきた。石になって初めての眠気だ。壊れかけになると、眠くなるもんなのかな。私は耐え切れず、意識を手放した。久しぶりの、寝落ち。
「おい、しっかりしろ、おい!」
誰かの声。魔王?魔王はどのタイプでもこんな言葉遣いじゃねえな。というか、そんなに乱暴に揺らすな。頭がガックンガックンして、頭痛になるわ。
私は目を開いた。バイト先の、自販機の脇の、ベンチ。ああ、戻ってきたんか。痛くはなかったな。
…いや、痛い。目と、肩と、首と、腰と、ついでに頭も痛い。やっぱり、石が割れると痛いのか。
あ、待てよ。これ、あの魔王世界、関係無いわ。ふつうに、デバッグ疲れだ。懐かしの凝り。いや、全然懐かしくないし、いっそのこと永遠に失われていてくれたら良かったのにと思うよ。
だけど、意識を失っていた時間がかなり長かったうえに、様子が尋常じゃなかったらしく、その日のバイトは免除されて病院行きを命じられた。その結果、強度の眼精疲労とのお墨付きを得たけれど、変な疾患は無し。数日休んで、ふつうにバイトに復帰した。
今日も今日とて、バグを見つけ、潰す。それが仕事だからする。それでお金をもらっているからする。だけど、そのたびにあの怖い魔王を思い出す。