16-6
「君は、どう思うかな。私のやり方と、始原の魔物を比べて。」
「そんなこと、気になるんですか?」
「いや、別に。何を言われようと、自分が間違っているとは思わないからね。じゃあ、質問を変えようか。効率よく人間を沢山殺す方法を何か知らないかな。君の世界の知識を借りられるなら、借りてみたい。」
「んなもの、知りませんよ。おっそろしいなあ。他人を殺そうだなんて、思ったことないですよ。」
「さっき、コロニーとか考えていたよね。あれ、何だ?」
「それはフィクションです。空想のお話。だから、どうすれば良いかなんて知りませんよ。」
やべえよ、こいつ。何でこんな上機嫌で、そんな質問してくるんだ?サイコパスか。いや、でも、魔物のことは割と大事にしてるっぽいんだよなあ。逆らう奴以外は。
人間を効率よく沢山殺す方法かあ。実に直接的な表現で聞いてくるよな、こいつ。人間だって、一人一人が、魔物と同じように感じたり考えたりしながら生活してるんだけどな。十把一からげにいるかいないかって話じゃないと思うんだけどな。そういうことに、全然思慮が回ってないよな。
「そんなことを考える必要があるのか?魔物にとって、人間は駆逐する対象であって、それ以外の何物でもないよ。」
「だから、そういうのが怖いんですって。」
「そうかな。人間だって殺し合うだろう。例えば、自分が欲しい土地に住んでいる他人を、邪魔だからというだけで殺戮する。そこには、君の考えるような思慮は存在しない。私と同じだ。」
「そりゃ、そうかもしれませんけど…。」
なんか、違うんだよ。言葉にできないけどさ。読み取れるんなら、こういうもやもやした気持ちの方を読み取って、言語化してくれよな。
「いや、君の気持を全く理解できないんだ。言語化のしようがない。」
「はあ…」
「言っておくが、私には人間に対して悪意は無いよ。」
「どういうことっすか。」
「私には人間に対する憎悪や怒りは無い。滅びろとさえ思わないんだ。ただ、人間にそこにいてほしくないだけでね。魔物が幸福に暮らしていくために、片付けをしている感覚だよ。」
「いや、でも、水源とか川を毒で汚染したりしてるじゃないですか。魔物も困るでしょ。」
「人間には多大な影響が出るが、魔物の健康を損ねることはない物質を利用している。人間は魔物より脆いから、色々な物質を利用できて便利だよ。だから、君が考えた、自爆という言葉には当たらないわけだ。とはいえ、念のために、汚染の持続年限を考慮して、比較的弱い魔物が住まないよう計画は立ててある。自然環境への負荷を適宜調査し、必要に応じて中和する予定もある。それくらいの配慮は当たり前だろう?」
いや、まあ、そうですか。そうですけどね。目的と手段と結果さえまともなら、この魔王様はかなりのやり手なんだろうよ。それは分かるが。
「自分には、魔王様の気持ちが分からんです。」
「ああ、そうみたいだな。君に限らないんだが。私は少し感性が特殊らしい。それくらいの自覚はあるよ。」
分かってるのかよ。でも、改めないんだな。鉄の意志だな。ちったあ曲げろや。
「でも、私のような魔王が生まれたことにも、意味があるのだろうね。少なくとも、かつてない速度で人間は減っている。魔物の住む土地は広がった。」
「だけど、多分、あのへっぽこ魔王の望んだ世界じゃないと思う。」
思わず私はそう呟いた。あいつはきっと、人間をただの数字とみなして順調に減らしていくだけのこの現魔王に、なじまないだろう。なじまなくても、まあ、あいつじゃあ手も足も出なさそうだけど。明らかにこっちの魔王の方が強そうだし。でも、理想は、理想だ。
「なるほど。君はそう感じるんだな。」
と魔王が言った。特に何の感慨もないみたいだ。
「私も、始原の魔物と同じ樹から生まれたんだよ。」
「そうらしいですね。」
「だとしたら、私の性状もまた、樹の一部なんじゃないかな。」
「んなこと、自分にゃ分かりませんよ。樹とか知らんし。でも、自分はあっちの魔王が好きっす。」
「そうだろうね。」
あっさりしてんなあ。
なんだか、変な魔王だ。単純な残虐や冷酷とは違う。殺すのが楽しくて楽しくてたまらない、っていう変態でもない。仲間の魔物のことは概ね大切にしているし、血が通っている感じはする。でもなあ。
「魔王様はさっき、自分には悪意が無いって言ってましたけど。」
「ああ。」
「違うんじゃないかな。」
「どういうことだ?」
「うまく言えないですけど…あんたは、純粋な悪意だと思う。わき目もふらず、一心不乱な悪意。」
自分でも言ってることがよく分からん。苦手なんだよ、こういうの。自分の感じたこととか、考えたことを言葉にするって。
魔王には、通じたんだろうか。私は黙って、様子を窺った。黙ってたって、考えたことは伝わっちまうけどね。
「なるほど。」
あ、ご理解いただけた?
「いや、分からない。が、そうだな…君がそう考えた気持ちは分かる気がする。」
ふふふ、と魔王様が魔王的に笑った。こええよ。迫力しかねえよ。もう、そろそろ開放してくんないかな。そもそも、何で私をわざわざここに持ってこさせたのか、よく分からんし。壊すだけなら、部下に命じて元いた場所でゴッチンすりゃいいだろ。あのへっぽこ魔王の話を聞きたかったって感じでもないしな。大体、私はそんなにしっぽりとあいつと親交を深めたわけじゃないから、あいつのことはよく知らない。
あ、そうか、スキップしちまえばいいのか。イベントシーンもスキップできるよな、ふつう。同じ動画演出とか何度も見るのめんどいし。
「ああ、行くのか。」
ばれてーら。
「好きにすれば良い。聞きたいことは聞いた。」
「何を聞きたかったんすか。大したこと、答えてませんけど。」
「そうだな。」
そうだなて、あんた。なら何で満足気なんでしょね。マジでわけ分からんわ、この魔王。
「何なら、私が元の世界に戻してやろう。砕かないから、痛みはないはずだ。」
「いやいや、魔王様怖いからいいっす。要りません。」
「それは残念だ。」
全然残念じゃなさそうなその台詞を聞いたのが、その魔王との最後だった。スキップを発動させたつもりもないうちに、ぽーんと私は飛んだらしい。ふと気が付くと、あの魔王の威圧感がすっきりさっぱり消え去って、晴れ晴れとした感覚になっていた。まあ、石だからね、感覚なんてないはずなんだけどさ。あの魔王、マジで重かったんだよな。常に殺気放ってたんじゃなかろか。石全否定だったしな。ウジ虫言われたわ。