16-5
ぶつくさと自分に言い聞かせるように考えているうちに、また何かが聞こえてきた。ああ、新しいチャプター開始かな。
「ほう、これが実験の結果か。…本当に人間は脆いな。この程度の薬物で死ぬとはな。これは便利な知見が得られた。人間はこれから一定数生かして捉え、人体実験に使おう。致死薬物や致死量の情報は多い方が良い。」
何か、えげつないこと言ってるぞ。誰これ。
「その結果に基づけば、あの毒を使えるな。精製してあるだろう?…ああ、それだ、それ。町の上流にある水源地に沈めておくだけで良い。交換の頻度は、人間の減少数を見て考える。水源地の場所は分かるか?」
おいおい、お待ちなすってえ。飲み水に毒入れるって、いくら何でも禁じ手だろ。
「いや、そこだけでは駄目だ。地形図をよく見なさい。広範囲に漏れの無いように汚染し、逃げ場を確実に潰すんだ。余裕があれば、町中の井戸にも撒きなさい。その場合は量を減らして良い。人間型の魔物をうまく使うように。無理はしなくていい。命は大事にしなさい。」
例の辞書みたいな人とは違う。他人に指示するのに慣れている感じがある。それにしても、飲料水を汚染するだなんて、乱暴すぎやしないかね。そんなことしたら、もう誰も住めなくなるんじゃないか。
「…ああ、あの都市は、この毒でなくて、例のネズミがあるだろう。あれを放てば良い。死骸も目立たないところへ捨て置け。そのうちに疫病が蔓延するはずだ。魔物には感染しないが、病原性が変わる可能性もある。取り扱いには注意を怠るな。ある程度人間を殲滅できたら、入植前に町に火を放って清掃するように。」
うわ、やばい。私が発案して、へっぽこ魔王が却下した奴やん、それ。私の責任か?っていうか、意図的に実現できるんだ、それ。感染症って半ば自然発生的なものだと思ってたよ。拡大させるのは人間のせいだけどさ。いや待て、今回は拡大さえもが魔物のせいか。明らかに。
「それと、例の鉱山だが。坑廃水は外部に誘導してあるか?あの鉱毒に即死効果は無いからな、長期的な影響を調査するように。…確かに、あの処理法では放置しておいても自滅しそうではあるがな。手を貸してやった方が迅速で確実だろう?」
鉱毒?そんなものまで流してんのか。おい。ちったあ環境に配慮しなさいよ。っていうか、さっきから自爆臭くないか、この発案者。誰よ。って、まあ、きっと魔王なんだろうな。人間を殺すのはまあ、魔物の目的にかなってるのかもしれないけどさ、やり方がこう、エコじゃないなあ。柄にもなく、この世界の未来の環境が心配だよ。こいつ、そのうちコロニーも落とすんじゃないか。人間が死ねば周りなんかどうでも良いって感じじゃん。
「…いや、何度も言っているだろう。全面戦争は駄目だ。人間を減らすには効率が悪すぎる。魔物の数は人間よりも遥かに少ないし、増殖率も低い。こちらの人的被害は最小にせねばならないのだぞ。人間を食いたければ武力に乏しい寒村を狙い、遺恨を残さぬよう村ごと根絶やしにしなさい。食い過ぎるなよ?お前たちは人間を食い過ぎると身体を壊すからな。」
あらまあ、随分と温かみのある雰囲気でおっしゃってますが、内容がえぐいですよ。寒村、いくつ根絶やされてんだよ。魔物、やっぱり人間食うんかよ。あのへっぽこ魔王が作り出したにしちゃ、グロくないか。
まあ、ここまで聞きゃ、分かる。こいつが、例の心優しくないタイプの魔王なんだろう。前に聞いたやつと同一人物かどうかは分からんが。同一でないのだとしたら、このタイプの魔王はバグなんかではなく、魔物王国はガラッと方向転換してそれを受け容れたってことになる。
「何だ?…ああ、うん。なるほど。お前の意見は分かった。だが、誤っているのはお前だ。人間は効率よく抹消するべきだ。どうしても同意できないなら、死んでくれて構わない。残虐非道な私に従うのは苦痛だろうからな。要らぬ苦痛に耐える必要はない。どうする?選んで良いぞ。」
あん?待て待て、その展開は。
「死体は片付けておいてくれ。少し部屋に戻る。」
おおう、まさかの暴君っぷり。魔物は大事にするっぽい指示出してたのに。反対する者は許さんのか。狭量な。これ、どうなんだろ。魔物はこの方向で行くことにしたんだろうか。あの辞書的な人、まだ生きてんのかなあ。私なら、今の魔王軍には参戦したくない。
っていうか、私はどこにいるんだろ。まさか魔王の独り言じゃないだろうから、部下がいる場所ってことだよな。いやまあ、魔王が完全にバグって脳内劇場を一人で騒ぎまくるイカれた野郎になったなら、部下はいないだろうけど。それにしたって、どこにいるわけよ。
「私の私室だよ。君の言う“辞書的な人”に持って来させた。ようこそ、初めまして、始原の魔物を知る石。」
「うげ。」
しまった、正直な声が漏れた。こいつ、さっきの魔王だよな。うへえ。
「君の声はさっきから聞こえていたよ。」
「そうですか。」
「私は君がかつてバグ呼ばわりした魔王そのものだ。今のところ、私のような気質の魔王はまだ生まれていない。私が死ななければ、代替わりは生じないからね。」
「そうですか。」
バグってゆって、すんません。修正パッチの方でした。
「どちらも大差ないね。人に対して使うべき表現ではないだろう。」
「そっすか。」
すんません。って、修正パッチ、ご存じなんかね。あの人はバグとかデバッグ通じなかったけど。
「石と話すのは私の方が得意だ。言葉を知らずとも、君が意図するものは伝わる。」
「そっすか。」
「君はそれしか言わないな。」
「はあ…。」
何を言えというのよ、この怖い魔王様に。こいつ、あのほのぼの魔王とは迫力が違う。話していて緊張する。楽しくない。でも、何かこちらから言わなきゃいけない圧を感じる。えー、どうしよ。
「魔王様は、石嫌いなんじゃないんですか。」
「嫌いだよ。よその世界からやってきて、こちらを引っかき回して、何の責任も取らずに逃げ帰って行くのだからね。しかも、壊しても壊しても次から次へと湧いて出る。君たちはウジ虫か何かか?」
「知りませんよ、好きでこうなったんじゃないですし。」
「君は始原の魔物に会ったんだろう?君には相当の歴史がある。それでも、何故君たちのような存在が現れるか、見当もつかないのかな。」
「分かりませんよ、全然。好き好んで石になりたがる人間なんて、いると思います?」
「いないだろうね。」
なら、訊くなよ。いや、まあ、好き好む奴がいないのに実際には石人間がいるからこそふっしぎー、なんだろうが。私だってわけを知りたいよ。
「知れたら、どうするんだ?例えば、君の望む相手を石としてこの世界に送り込めるとしたら。」
「そっすねえ…まあ、すんごく嫌いな奴は、石にしてやるかもしれませんね。」
「正直で良いね。」
「嘘ついてもバレるでしょ、どうせ。」
「そうだね。」
誘導尋問かよ。ほんと、この魔王様、嫌い。私の石を叩き割るならさっさとしてくれんかな。もう、元の世界で良いよ。と思うし、その思いはきっとあちら様に漏れてるだろうけど、何も言いやしないし割ってくれもしない。もう、何なん。