16-4
しっかし、安全な場所って。私って、石なんだろ。誰かさんが一人で持ち運べるサイズの。そんな石ころ、どこに転がっていたって誰も相手にしないんじゃないの。つまり、どこにいても安全なんじゃないの。それとも、魔物になれる石には何か目立つ特徴があって、人間どもが砕きにやってきたりするんだろうか。砕かれてどうなるかは、分からんが。まあ、死にそうだよな。
何にせよ、そろそろ次のチャプターまでスキップしようかな。
そう考えていたら、さっきの人が戻ってきたので、いったん中断。
「ご無事でしたか。」
「無事も何も。さっきお別れしたばっかじゃないすか。」
「いえ。そんなはずは。」
あれ、そうなの。結構時間経ってるのか。知らん間に早送りしちゃってたのかな。暇になるとスキップがオート発動するとか。自動でCMがトリミングされてるとか。私は気の利きすぎるレコーダーかよ。
いや、それより、この辞書みたいに淡々とした人から、気持ちの乱れが感じられる。何かあったのか。
「…あなたに以前、魔王のあるべき姿についてお伺いしましたね。」
「ああ、はい。」
「あの時あなたがおっしゃっていたように、魔王は歴代、争いを好まない傾向にありました。」
「ああ、やっぱり。」
「ですが、今上魔王だけは、違う。」
相手は長いため息をついた。
「始原の魔物を知るあなたに、是非見ていただきたかった。感想をいただきたかった。」
「なんで過去形なんですか。むしろもう、仮定法ですよね、それ。」
「今上魔王は、石がお嫌いです。あなたも無事ではいられますまい。」
おいおい、急展開だな。私、石としての私だが、それはもうそろ殺されちゃうってことかいな。そうなったら、まあ、自販機の横のベンチに戻るだけだろうな。休憩終わりか。ぶふー。またパソコンとにらめっこか。
それはしょうがないとして。
「あんたがたは、その魔王で良いんすか。やっぱり、ほにゃらか魔王でなくて、ゴリ押し魔王で人間を攻め滅ぼして、領地拡大、我が国安泰の方が良いもんなんですかね。」
「…」
「いや、自分は関係無いんで、心底どっちでも良いんですけど。なんか、気になって。」
「何が気になるのですか?」
「魔王って、ずっとほにゃらかだったんでしょ?それが急に、今回だけヘンテコだ、と。異常値の出現だ。次の魔王も、その次の魔王も、今後はずっとそうならただの仕様変更だろうけど、今回だけだとしたら、今の魔王はただのバグなんじゃないかと思って。」
「ばぐ、とは?」
「意図しない動き、かな。それも、望ましくない。自分の仕事は、それを取り除くことだったんすよ。人間って、完璧なものを作れないから、完成品からもミスが出る。後からそれをぼちぼち潰して、少しでも理想に近づけるんですよ。」
デバッグ。私のバイト先の仕事。元の意味なら、殺虫ってなところなのかね。今のバグ魔王が私を叩き割って、このヘンテコな夢が終わるなら、またデバッグ三昧である。わーい、うっれしーなー。…はあ。この石生活で、目と首と背中と腰、休まったかな。元の体の感覚が無いから分からんな。
「…デバッグ、ですか。」
「そうそう。道路の標識の間違いを直す感じっすかね。標識が間違ってると、道に迷う人が続出するでしょ。それと同じで、バグ残したままだと、延々問題が発生し続けます。で、それを取り除くのがデバッグ。」
「なるほど。合理的な考え方ですね。」
その人はもう一度だけデバッグと呟いた。なんだか、薄ら暗い響きを感じる。またもや、私、しくじったかな。むしろ私がバグ発生装置になってないか。
「ご無事をお祈り申し上げます。またお会いできたら、今度こそ記録を取らせてください。」
そう言って、その人の声は聞こえなくなった。そういや、コイツが何者なのか訊きそびれたままだな。話しぶりからすると、魔王じゃないんだろうけど。
さあて、石が大嫌いなバグ魔王に見つかって、私は叩き潰されるんでしょうかね。バグ魔王ってどんな奴なんだろう。ゆるくないんだろうな。私の知ってるあの魔王と対比するなら、下品で、粗野で、攻撃的。力に物言わせ、大声を出して自分の要求を無理やり通す。土下座とかさせるの大好き。周りの奴らは全部無能で、死ね人間と思ってる。いやいや、これ、単なる嫌な奴やん。こりゃ、違うな。バグにも品位ってもんがある。
例の人が、争いを好まないのが歴代魔王、今回のはそうじゃない、と言っていた。となると、単純に好戦的、その一言に尽きるんだろう。でも、今の魔王が戦闘力も指揮能力も高くて、積極的に人間を攻めて、人間を減らして土地も奪っているのだとしたら、別にそれはそれで良いんじゃないのかね。ゆる魔王がしたくてもできなかったことを、代わりにこなしてやってるようなもんだろう。バグじゃなくて、修正パッチの方だったのかもな。
あちゃ。あの人に、要らんこと言っちゃったかもな。おいおい、まずいぞ。魔物の歴史を次々歪める邪悪な存在になっちゃってんじゃないの、私。バグどころの騒ぎじゃないぞ。ウイルスじゃねえか。
やべえなあ。と後悔したところで、どうしょうもないんだけど。
あ、そうか。前のチャプターに戻れないか、やってみりゃ良いのか。それ、第2回魔王襲来!…だめか。じゃあ、もう冒頭プロローグからで良いよ。それ、戻れ!…だめか。やっぱり、ゲームみたいにはいかないな。ここが何なのか正体は分からんけど、ふつうに時間は先にしか進まないらしい。まあね、私だけが自由自在に時を渡って歴史を改変できたら、ウイルスも超越して神になっちまうしな。そこまでこの世界に責任負えないわ。
しょうがねえや。気になるけど、しょうがない。それに、自動早送り機能で、そろそろ次のチャプターに勝手に進んでるだろうしな。