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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第16話 駆ける石
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16-3

 というわけで、またスキップのお時間である。雑音めいた魔物の声を聞いていたって、暇は潰れやしないからね。


 スキップしたら、どうなってるんかね。専守防衛とやらなら、現状維持で安定するんだろうけど。それとも、魔王が覚醒しちゃって、人間を根絶やしにし始めたりしてるだろうか。アイツじゃ無理だろうけどねえ。


 そんなことを考えていると、またざわざわが聞こえてきた。あ、これ、あんまり変化ないやつだ。穏やかにこっそり併存する道で突き進んでるのかな。魔王が来てくれないと、状況が分からんや。でも、スキップしたんだから、そろそろ来てくれるんじゃないの。魔王3たび現る、のチャプターだろ、ここ。


 そう思っていたけれど、例の魔王は全然現れやしない。聞き取れないざわめきがひたすらノイズのように続くだけだ。あらまあ、チャプターの取得に失敗したか。マークの位置がずれていたか。原因は何だか分からないけれど、暇だからざわめきに耳を傾けていると、何となく落ち着かない。私がじゃない。ざわめいている奴らの雰囲気が、だ。不穏、不安…ああ、あれだ、きな臭い。みんなおててつないでなかよしこよし王国にしては、ささくれ立っている。


 どうしたんだろう。あの魔王は、どこ行ったのかな。


「あなたのおっしゃる魔王とは、どなたのことですか?」


 あれ、誰だこいつ。口調があのへっぽこ魔王とは違うぞ。


「魔王は魔王でしょ。樹から生まれたってやつ。」

「魔王は樹から生まれるものです。誰であっても。」

「誰であってもって、魔王なんて何人もいるもんなんですか。魔王どころか、魔物が自分しかいないって言ってましたよ、最初の頃。」


 あの時は、2回目に遭った時より呑気でほのぼのしていたなあ。世の中に魔物が自分しかいない上に、スカウト連続失敗中だってのに。私がそんな感慨にふけっているそばで、こいつはじっと不気味に押し黙っている。間違いない、こいつはあの魔王ではない。


「あなたが会われた魔王は、始原の魔物と呼ばれるものでしょう。」

「まあ、最初の一人なら、そうなんでしょね。あの人、どうしちゃったんですか。」

「とうの昔に殺されました。」

「えっ」


 余りの事実に、私は二の句も継げずに絶句した。あの子、死んじゃったの。しかも、寿命とか病気でなくて、殺されたってか。人間の仕業か。いやいや、人間よ、あのヘナチョコ魔王殺してどうするわけよ。ああ、魔物の増産を止めたいってことか。


 でも、この人の言い分によると、魔王がほかにも出現してるんだよな。魔物製造は止められないんじゃないの。


「魔物製造?」


 こいつ、私が話しかけなくても勝手に読んできやがるな。


「あの魔王は、石から魔物作って増やすって頑張ってましたよ。私もスカウトされたし。断ったけど。」

「ああ…。」


 いや、ああ、じゃなくて。どういうことなの。


「その能力は、現在の魔王にはありません。」

「そうなんだ。魔物、もう足りてるんですか。」

「有性生殖が主力となりましたから。」


 そうなのか。よく分からんけど。ということは、魔物化ルートは完全に閉ざされたってことだな。チャプター巻き戻し機能もありゃ、話は別だろうけど。どうなんだろう。まあ、試すとしたら、こいつがいなくなって暇になってからだな。


「今の魔王ってのは、どうですか。相変わらず、みんな仲良くの路線で頑張ってるんですか。人間とは和解できたんすか。」

「…あなたがお会いになった始原の魔物以降、幾人もの魔王が人間によって殺害されました。人間は、魔王を殺すのが大層お好きなようです。」


 ぐうの音も出ません。確かに、何かというと魔王は最終ターゲットになる。分かりやすいしな。王様だし。


 あ、待てよ。魔王って名前つけたの、私じゃん。うわー、しまった。ここでも、ネーミングの失敗が後引いてるのか。ドルイドにしてやればよかったよ。樹から生まれたってんなら、「魔の濡れ落ち葉」とかさ。弱そうで、目立たなさそうで、どこにでもいそうな名前に。なんか、本当に、申し訳ない。巻き戻せるなら、名前変えてやる。絶対。


「あなたが何をなさったか存じませんが、魔王は存在そのものが魔王です。名前だけの問題ではありません。」


 と相手が言う。私の自己嫌悪に対するフォローって感じではないな。この人からは、魔王みたいな優しさってものが感じられない。淡々とし過ぎだよ。辞書と話してるみたいだ。でも、言ってることには納得できない。


「いや、そんな感じしませんでしたよ、あの魔王。なーんか、すっとぼけてて、妙に優しくて。リーダーシップとか無さそうだし。人間が攻めてきたら、すぐやられそうな感じ。」

「…」

「あ、すみません。殺されちゃったんでしたっけ。ええと、お悔やみ申し上げます。」

「…」


 えー。怒らせたか。謝ってるじゃん。本当に、悪いと思ってるんだからさ。とやきもきしていたら、相手がやっとこさ口を開いた。


「参考までにお伺いしますが。」

「ああ、はい。」

「あなたは、魔王とはどんな存在であるべきだと思いますか?」


 なんじゃそりゃ。魔王、魔王ねえ。急に言われたって、これと言えないよ。特定のゲームの世界観の中でなら設定を立てられるけど。この世界の魔王は、どうも弱っちいみたいだし。その上、いくらでも無尽蔵に新しいのが出てくるってことだろう。何人も殺されてるならさ。そんな魔王について漠然と問われても、返せるものをこちとら持っておらん。


「そうですね、失礼しました。」

「はあ、すんません。」

「では、質問の仕方を変えます。なーんか、すっとぼけてて、妙に優しくて。リーダーシップとか無さそうだし。人間が攻めてきたら、すぐやられそうな感じ。の魔王と、その逆の魔王。どちらがこの世界の魔王にふさわしいでしょうか。」


 あ、それ、さっき私が言った台詞だな。よく覚えてるなあ。それはさておき。


「そりゃ、魔王ってからには、ピシッと強くて怖くて、人間どもを蹴散らす感じが良いんじゃないですか」


 と答えかけて、私は途中で口を噤んだ。何か、そういう答えをしたくない気分だ。


「この世界にふさわしいかどうかは分からんですけど。この世界のこと、何も知りませんから。でも、あの魔王が目指していたものを実現するなら、ゆるい魔王の方が良いんじゃないかな。恐怖の大王とかより。」


 気が付くと、そう答えていた。


「いっぱい殺された歴代の魔王ってのも、そういうタイプだったんじゃないですか?だとしたら、きっと、そういう魔王が必要なんですよ、あんたがた魔物には。」


 言っちまってから、すぐ後悔した。まーた要らない分岐を渡った気がする。変なフラグを立ててしまったか。これ、スキップしてまた後の方に行ったら、えんらいことになってやしないか。魔物滅びちゃったりさ。あのゆる魔王のことは嫌いじゃないけれど、人間が本気出して魔物殲滅に乗り出してるんだったら、役者不足じゃないか。やっぱり、めちゃくちゃ強くて力で押せるタイプの方が、役に立つんじゃないか。


 いや、でもなあ。そいつではなかよし魔物王国は作れない、間違いなく。


 私が悶々としている間、相手はずっと黙っていたが、そのうちに返事があった。


「ありがとうございます。参考になりました。」

「ええと、そうっすか。」

「あなたを魔物に変えることができる者はもうおりませんが、どうか石のまま、末永くこちらにご滞在ください。始原の魔物に関する記憶を持つものは、極めて貴重です。手が空き次第、記録も取りたい。」

「はあ。いろと言われても、どうすりゃいられるのか、はたまた帰れるのか、分からんのですけど。」

「比較的安全な場所にお連れしておきます。」


 その人はそう言ったきり、黙ってしまった。もしかしたら、私をどこかに運んでいるのかもしれない。運び終わったら何か言ってくれるのかと思ったけれど、そんなお別れの言葉も無し。自然消滅。何だったんだ。

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