16-2
魔王の奴、また来るって言ってたし、はよ来てくれんかな。テストプレイなら、スキップとかチャプターまで飛んだりとかするんだけど。私のぶっ壊れたゲーム脳が繰り広げてる超展開なら、スキップ早送り機能くらいありそうなもんだ。もう少しマシな環境まで、スキップさせてくれ。
そう思ったら、暗闇の奥の方から雑音が聞こえてきた。人の話し声みたいだ。ただ、何を言ってるのかは分からない。ドラマや映画の効果音「ざわ、ざわ」って感じだ。あれ、実際、何喋らせてんだろな。
まあ、そんなことはどうでもいい。無音ではなくなったわけだ。でも、暗闇の中に妙なざわめきだけが響いてるのって、不気味だ。無い方が良いかもしれない。そう思ったって、消せるもんじゃなさそうだけど。
そんなことを考えていたら、懐かしい響きが飛んできた。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「あ、もしかして魔王?」
「はい。」
あー、次の魔王襲来までスキップできたのか。自分、やりゃできるじゃん。
「なんか人の声が騒がしいけど、これ、どうなってるんですか?」
「あなたには聞こえるんですね。さすがです。やっぱり魔物になってほしいな。」
「いや、それはまだ保留で。で、それより、どうなっちゃったんですか?」
「はい、かなり魔物が増えて、町ができたんです。あなたに聞こえているのは、たぶん、魔物たちのものでしょう。」
おー。魔王、頑張ったんだなあ。ヘナチョコの及び腰だったのに、よくぞここまで。私が素直に感嘆すると、魔王はえへへと笑って分かりやすく照れた。あれから時間は経ったのだろうけれど、こいつは相変わらず魔王っぽくない。
「でも、私の努力だけじゃないんです。樹も随分たくさんの魔物を生んでくれました。」
「樹?」
「はい。私は樹から生まれたんですよ。他にもいろんな魔物が生まれてきて、本当に助かりました。私より力が強いのとか、頭が良いのとか、いっぱいいるんです。」
魔王、魔物の中でもステータス低い方なのか。ますます、魔王らしさが遠ざかる。しまったなあ。魔王という名前は失策だったなあ。どうやらスライムではなさそうだけれど、ドルイドクラスだったか。
「あんたは樹から生まれたんですか。誰かが石を魔王にしたんじゃないんですね。」
「そもそもこの世に存在していなかった魔物を作り出そうとしたのは樹の意志です。私はその第1号ですよ。」
第1号ねえ。初号機か。いや、そんな感じでもないな。
まあ、いいや。魔王の名前は今更変えられないだろうし。魔物が増えたなら、きっとこいつも魔王様と呼ばれてお過ごしのことだろう。
「んで、あんたは樹に協力して、せっせと魔物を増やしたんだ。石を変えるという手法で。」
「そうなりますね。あ、人間も一部採用しましたよ。適性とやる気のある人間がいたので。」
「へー。」
魔王様、人事のプロってことですかね。その観点なら、王様ってことでも良いのかも。
「で、みんなで仲良く暮らせるステキな町になったんすか?」
「ええ、今のところは。ただ…」
と言って、魔王は口を噤んだ。そういや、魔王様、なかよしこよしの楽園で暮らすだけじゃなくて、人間を抑制するとか言っていたな。そっちの野望はどうなったんだろう。それこそが魔王っぽいんだけどな。
暫く黙って待っていたら、魔王はぼそぼそと覇気のない調子で話し出した。
「人間が、魔物を目の敵にするようになりまして。」
「仲良くしてくれないんすね?」
さもありなん。だって、魔物と人間だもんな。魔物側には、明確に人類抑制の意図があるわけだし。何をもって抑制と呼ぶのかは知らんけど。シンプルに想像すれば、殺して数を減らすとか、領地をぶんどるってことだろうな。
「人間を抑制したいんでしょ、魔王は。やったりゃあいいじゃないすか。折角増えたんだし。強い仲間もいるんでしょ?」
「ええ。でも、人間も強いんです。魔物が時々殺されています。」
「そりゃまあ、降りかかる火の粉は払うでしょうよ。魔物は人間食ったり殺したりしてるんでしょ。黙ってやられるわけないじゃないですか。」
「そう…ですよね。避けて通れない道なんでしょうね。」
はああ、と魔王はため息を吐く。情けねえなあ。人間をどうこうしようとするには、いささか心優しすぎやしませんかね。まあ、最前線で戦う兵士の命なんて石ころよりも軽いと思ってる司令官がトップにいたどっかの軍と、この魔王様率いる魔王軍?、どっちか選べという話なら私は魔王軍に入りたいけど。
そんなことより、だ。ルートを修正して、ここいらで魔物になっておくべきなんだろうか?あの無限暇地獄に置かれていたときは、「石でいる」は明らかにバッドエンドの誤ルートだと思ったけど、暇な時間をスキップできるなら話は違う。魔物も殺されてるっていう話だし、下手に魔物になったら戦争に駆り出されて人間に殺されるという末路をたどるかもしれんぞ。でも、動くことすらできない石ころなら、戦に出ろなんて言われることはない。
うーん。こりゃ、石ルート一択かな。
なんて考えていたら、魔王がぶつぶつと呟いた。
「何か、こう、殺して命を奪う以外に、人間を減らす方法って無いですかねえ。」
「病気をばらまくとか?こっちじゃ、昔、ペストやインフルで人間がどっさり死んだらしいですよ。」
「それも殺しているじゃないですか。」
「確かに。んなら、旱魃とか、冷害とか、水害とか。天候で農作物に致命的ダメージ。」
「魔物にそんな大それた力はありません。」
「ですよねー。」
そんな能力があったら、魔王が悩む間もなくあっという間に人間滅ぼせるよな。まあ、この魔王がそれを実行するかと問われたら怪しいもんだが。当の魔王は、はーあとため息を吐いてばかりだし。実にへっぽこな魔王である。
「魔物と仲良くしてくれたら、減ると思うんですよね。」
「なんで?」
「魔物と人間の間には子を成せませんから。生殖不可能なつがいが増えれば、やがて人間だけが自然減となるでしょう。魔物は石や樹からも増やせますけど、人間は有性生殖しかしませんからね。」
魔王が意外とものを考えているというのは分かった。しかし、遠大過ぎる計画じゃなかろか。それに、子どもができないカップルってのが、必ずしも簡単に子どもを諦めるとは限らない。魔王の世界にそういうものがあるかは知らんが、こっちの現代なら、人工的な技術やら代理母やら色んな方法があって、山ほど努力してでも子どもを作ろうとする人もいる。そう簡単には人間は減らんぞ。
「仲良くしてくれない時点で、この計画は成り立たないんですけどね…。」
しょぼくれる魔王。おっしゃるとおりである。
「でもさ、魔王って、人間を全滅させたいわけじゃないんでしょ?悪いやつだけやっつけたいとか、そういう感じでしょ。」
「悪いやつ、の定義が難しいですが。」
「魔物と仲良くしてくれる人間は、いいやつ。魔物ってだけで無条件に殺しにかかってくる人間は、悪いやつ。その線引きで良いんじゃないすか、とりあえずのところ。んで、悪いのを、おたくの強い人員で叩きのめしとけば、まあ、平和な暮らしは保たれるし、人間も減るし、で良いんじゃないすかね。」
「専守防衛ですね。」
どっかで聞いた単語だな、それ。何だっけな。
と私が悩んでいる間、魔王もうーんと唸っていた。
「何か、やろうとしていたことと違う気がするんだけど…それでいい気もしてきた。」
心優しいヘナチョコ魔王なら、その程度が関の山じゃないかね。たとえ魔物が圧倒的武力を持っていたとしても、こいつが首領では人間を攻め滅ぼすのは無理だと思うよ。
魔王はその後、何度か私を魔物にスカウトしたけれど、私が相変わらずその気にならないので心折れて去って行った。魔物が順調に増えて、それなりに魔王としてのお仕事もあるらしい。石を採用するのは副業というところだろう。




