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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第15話 集う石
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15-3

 なんてことがあってしばらくしてから、私は無事、人生初フラペチィノに再挑戦している。でも、あの夢はあれ以来続きを見ていない。とりあえず、フラペチィノは関係ないらしい。一体、何だったんだろう。


 …と油断したのが、まずかった。私は前回飲み損ねた分余計に舞い上がり、一口も飲まないうちにフラペチィノをひっくり返したのだ。きゃー。慌てて受け止めようとして、勢いよく屈んだ拍子に、思い切り頭を机の角にゴツン…視界が暗転…ああ…


「まーたあれが出たのよ。」

「あれ?G?」

「じい?爺様?まあ、それもいるけど、違う。人間よ、人間。」


 なんだっけ。つい最近これに類する会話をしなかったか。


 あ、そうか。私、ご近所さんと井戸端会議してるんだっけね。いつもつい話し込んじゃうから、長くなり過ぎないように気を付けなきゃ。お互い、お夕飯の支度あるし。


「ほら、あの北東部の村。あの辺、近付かないようにしてるじゃん。バカがあんな事件起こすから。」

「あー、あれね。血みどろ人食い惨殺事件。」


 ああ、あのヒグマのやつか。またその話題なんだ。


「ほんっとに、やめてほしいよね。まじめにやってるこっちが割り食うんだからさ。何のために禁止令出てると思ってんのよね。」

「ねー。」

「ああいうことするから、人間が私たちを見ると無条件で殺しにかかってくるんじゃん。あー、迷惑。何で人間ってあんなに野蛮なんだろ。」

「知ってる?あいつら、同じ人間同士でも殺し合うんだって。」

「やっば。何それ。私たち、魔物同士は殺せないよ?」

「じゃんねー。なんで同族で数減らし合うのか、意味分かんない。うじゃうじゃいるからかな。」

「人間なんて知性がないんだよ。殺戮したくてしょうがないっていう本能に支配されてんだよ、あの生き物は。」

「きゃー」


 きゃー。怖いな、何だその生き物。っていうか、人間のことだよね。そりゃ、ごく一部の人間は人間を殺すこともあるけどさ、殺したくて殺したくて止まらないぜっていうサイコパスが人間の一般的な姿だと思ったら、大間違いでしょうが。でも、それを言い出す雰囲気じゃないな、これ。井戸端会議に空気を読む力は必須なのよ。黙っとこ。


「そういやさ、人間のつがいって知ってる?特定の発情期がないんだって。」

「何それ、私たちみたいに樹があるの?それなら、つがい要らないじゃん。」


 樹の話は前聞いたな。魔物が植物みたいに実るんだっけ。あれ、本当なんだ。じゃあ、つがいっていうか、その、夫婦に関する知識って魔物にあるんだろうか。まあ、周りの動物には雌雄はあるんだから、分かるか。


「違う違う。人間は年中無休で朝から晩まで発情期らしいの。」

「うっへ。気持ち悪い。何それ。それで、あんなダニみたいに殖えるのか。」

「そうそう。だから、人間って要するに、殺すかつがうかしか頭にないってわけ。」

「サイテー。」


 うーむ…そういう言い方は、頂けないなあ。頂けないのだけれど、どう反論してよいやら。この空気の中では、反論しないけどさ。


「でもさー、そもそも論でいくと、魔王、弱腰すぎじゃない?」

「あ、それ、思う。」

「もとはと言えば、あの辺って私たちが必死に開墾した土地じゃん。それを人間に取られてさ。力ずくで奪い返せばいいのに、へどもどしてるうちにあの事件でしょ。明らかに悪手じゃん。」

「事件起こした奴はバカヤローだけど、気持ちは分かるよね。私も人間ぶっ殺したいわ。」

「ぶっ殺したら、勿体ないから美味しく頂くしね。」

「人間と違って、殺すこと自体が楽しいような野蛮な生き物じゃないからね、私たち。」


 き、きゃー。何なの、こいつら。黙っておいておかった。


「もう、何十年人間食べてないかな。味、忘れちゃったよ。」

「ねー。代用肉じゃ物足りないんだけど、慣れちゃったよね。豚とか魚。」

「豚を飼育して殺すのは良くて、人間を殺すのは駄目ってのは、理屈がおかしいよね。魔王って、おつむ足りてないんじゃない?」


 待て待て、やめて、やめて。そういうフィクションも読んだことある気がするけどさ。人間が食料として飼育される、みたいな。気持ちの良い物じゃないし、気持ち良くするための話でもない。どっちかといえばディストピア系なんだから。え、何、ここって実在ディストピア?でも、この人たち、もう人間食べてないって言ってるしなあ。


 っていうか、井戸端がどうしてディストピアなわけ?わけ分かんないわー。でも、流しておくしかないよね。


「まー、でも、人間に反抗されると厄介なのは確かだよね。」

「豚より強いもんね。下手するとこっちが殺される。」

「融和政策も、間違いじゃないんだろうけどねえ。煮え切らないんだよね。ちっとも進展しないしさ。」

「そう、それ。奪われた土地は返ってこないし、その辺歩くと人間にすぐ出くわすし、ちょいちょい人間に殺されるし、ずーっと長年この状態で膠着してるよね。」


 それ、こないだの人間サイドも言ってたな。


「魔王、あいつじゃ駄目だよね。まー、他にいないからしょうがないんだけどさ。」


 それは、我が国の総理大臣に対する感想かな。


「勇者が今の魔王殺して、新しい魔王になると良いかもね。」

「あー、それありかも。」


 無しでしょ。そういうテロの前に、不信任決議とか選挙とか弾劾裁判とか、何かそういう民主的手法はないんですか。


「いやー、どうせ誰がやっても変わんないよ、魔王なんて。」


 あー、それもまた、我が国の総理大臣に対する感想かな。なんだか、どこに行っても愚痴って同じなんだねえ。


 と思っていたら、話題がまたころっと変わった。井戸端会議にはよくあることだ。


「そういや、川向こうのホブゴブリン一家、こないだ勇者に殺されたんだって。」

「えっ、マジ?!結構お世話になってたのに。ひどい…。人間に何かしたの?」

「いや、噂だけどね、近所に人間の畑が拡張してきてさ、子どももちょろちょろしてたから、手作りのお菓子を分けてやったんだって。」

「あそこのお母さんならやりそう。子ども大好きで良い人だったもんね。」

「そしたら、それが人間には毒だったらしくて。ほら、人間って身体弱いじゃん。暑いとか寒いとか、化学物質のあれこれとかで、アホみたいにすぐ死ぬ。」

「あー。確かに。で、それが原因で逆上ってこと?」

「そうそう、実際には、その子どもは死にゃしなかったみたいだけどね。毒をまき散らす恐ろしい魔物認定されて、勇者パーティがウキウキ喜び勇んでやってきて、楽しそうに皆殺しよ。」

「その勇者パーティ、今からサクッと殺りに行こうよ。」

「賛成。そんなくずは死ぬべきでしょ。」

「一般市民は殺すなと言われてるけど、勇者を殺すのは自衛の一環で認められているしね。」

「よし、行こうか。」


 え、え、ええー。ちょっと待ってよ。


 私は慌てて止めようとしたけれど、例によって体が動かない。そうこうしているうちに、またもや激痛が走った。やだこれー。


「あれ、石踏んだ。」

「粉々じゃん。」

「これって、魔王が大好きな石ころちゃんだったんじゃないの?」

「もうダメでしょ、これじゃ。ほっといて行こうよ。人肉祭り!」

「いえーい!」


 いえーい…いえーい…頭に響く…痛い…


「まったく、年甲斐もなく何やってんだ。」


 あら、家族の声。


「大した傷じゃないから、じきに目が覚めるでしょうって。一応明日、精密検査の予約入れたから。」

「どうせもうボケかけてんじゃないのか。」


 まー、ひどい。起きないでおいてやろうかしら。


 あ、でも、フラペチィノ。あれ、どうなっちゃった?ひっくり返しちゃったよねえ。また飲めなかったんだ…。ショック。


 いやいや、3度目の正直ですよ。私、諦めませんから。


 こうして今、私は3度目の初フラペチィノに挑んでいる。今のところ、あの変な夢の続きはない。頭をぶったりこけたりしないよう、椅子に深く腰を下ろし、両手でカップをしっかり抱えて。右良し、左良し、安全確認OK。


 あー…。これがフラペチィノなのね。美味し~。たまらん~。間違いなくこれ、人肉より美味しいね。あの人たちに教えてあげたいな。あの夢の世界に、アメリカ資本のコーヒーチェーン店が進出。ぷっ。吹き出しそうになって、自重する。でも、そうすれば、あの夢の世界も少しは平和になるような気がするね。

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