15-2
あれ、そう言えば、私さっきから目が開かない。みんなの顔が見えない。真っ暗じゃん。どうしちゃったんだろ。と思っているうちにも、会話は進んでいく。乗り遅れないようにしないと。
「ホントにさ、勇者って、存在意義分かんないわ。」
「ねー」
「私たち、みんな寄附金という名の税金むしり取られてるでしょ。で、そのお金は勇者とその仲間たちに支給されてるじゃん?魔物討伐の報奨金とか、装備の補助金とか、遠征費とか、遺族保障とか、後遺障害年金とか、色んな名目でさ。その上、個別に、依頼ごとに謝礼金も払うじゃん。」
「うん、うん。」
「で、あいつら、毎晩酒盛りしてるじゃんね。私たちの金で何やってんのよ、あいつら。腹立つわ。」
「魔物の方がマシ?」
私はなんとなく腹が立って、意地悪く聞いてみた。
「いや、そういうこと言いたいんじゃないけどさ…。」
しまった、空気悪くしちゃった。
でもなあ。話聞く限りだと、勇者は危険な敵である魔物を倒すわけでしょ。それって、その辺のおじさんおばさんが草むしりするのとは違うじゃない。日頃の鍛錬とか、装備品の手入れとか必要だし、緊急時に備えて待機することだって必要だよね。身近なところなら消防士みたいなもんかな。とすれば、平常時に勇者が楽しそうに過ごしたって、税金使われていたって、文句は言えないんじゃないかって思うわけよ。
って、ついつい本気で説明しちゃったら、益々場が凍り付いてしまった。しまった。やらかした。
「…いや、分かるんだけどね。私だって、本気で勇者に文句言いたいわけじゃないよ。」
ため息交じりで、誰かが言った。
「でもさー、ずっと状況が変わらないんだもん。聖地は魔物が占拠したまま。散発的に集落が襲われる。その辺を歩くと魔物に遭遇する。子どものころから、なーんも変化なし。勇者って何やってるのって思うじゃん。」
「分かるー。」
「応援したいのは山々だけどさ、こっちだって生活あるでしょ。何にも効果がないなら、いなくなっても良いんじゃないって、思っちゃうよ、そりゃ。」
「そうそう。実際、勇者いなくなったら、魔物って増えるのかな。実は変わんないんじゃない?ほら、貴様はなぜ逃げる?お前が追って来るからだ、みたいな。こっちが手出さなきゃ、魔物も何にもしてこなかったりして。」
「確かに。勇者がかえって魔物被害を悪化させてるのかもね。」
「被害を受けた村ってのも、実は、魔物に最初に手を出したのは勇者の方だったりして。自己責任みたいな?」
「そんなことはない!」
「ええっ…」
あれ、何か、異分子混入。
「あ、すみませんでした…」
異分子、速やかに撤退。もしかして、勇者だったのかな。そりゃ、こんだけけちょんけちょんに言われてたら、口挟みたくなるわな。
でも、この異分子のおかげで、いい意味で場がクールダウンした。
「まあ…ね、頑張ってくれてるよね、勇者たち。」
「うん。感謝はしてる。うちの祖父方の実家の辺り、魔物が多かったんだけど、勇者パーティに頼んで随分平和になったって言った。おかげで今も祖父母は元気で暮らしてる。」
「実際さ、聖地って言われても、我々の世代だとピンとこないんだよね。神話時代の話だしさ。それにあそこの辺、腐った卵みたいな悪臭がするって話じゃん。まー、今さら無理に取り返さなくても良いんじゃないの。今の我々の平和な生活さえ脅かされなきゃさ。」
「そだよね。魔物が攻めてこなければ、現状維持でも良いかもなあ。」
「勇者がいるから、抑止力になってるんだろうしね。」
ずずず、とみんなでお茶を飲む。私は飲めないんだけど。
そうだよ、お茶。私、今日は初めてナンチャラフラペチィノを頼んだんだけど、どうなってんの。
やっぱり、さっきから何かが変だぞ。何にも見えないし、お茶飲めないし、私はどうしちゃったのかしら。おまけに、みんなの話の内容も面白おかしいし。勇者とか魔物って、ゲームの話?勇者に後遺障害年金って、ゲームにしてはこう、世知辛いというか、あんまり楽しくなさそうな話だけど。そりゃ現実なら、魔物と命がけの戦いをすれば、ひどい怪我をして障害が残ることもあるだろうし、そうしたら仕事もできなくなるだろうし、年金も要るであろうけれども、そういうのってゲームの中では無視だよね。ぱぁぁっと回復魔法とか回復アイテムで治っちゃうか、死んで永久に戦線離脱か、どっちかだと思う。
うーん、私たち、どうなっちゃったんだろう。さっき眠かったし、うたた寝して変な夢と現実が混ざっちゃってるのかしら。
と考えていたら、お友達の誰かがお茶をひっくり返しちゃったみたい。
「あっ、ごめんなさい!いけない、いけない。拭かなきゃ。」
「店員さーん、雑巾貸してくださいな!」
慌ただしくみんなが立ち上がって、まめまめしく働く気配がある。さあ私も、と思ったけれど、体は動かず、それどころか、急に全身に激痛が走った。
「いった!」
「どしたの。」
「何か踏んだ…軽石か何かが粉々だわ。」
「石なんか、ほっときなさい。それよりこっちを…」
お友達の声が小さく掠れていく。私は本格的に眠りに落ちたんだろうか。
でも、別のお友達の声が遠くから聞こえる。こっちのお友達は、間違いない、学生時代の友人だ。私、元の会合に戻ってきたらしい。だけど。
「ねえ、ちょっと、大丈夫?」
「意識が無いんじゃない?救急車呼んで!」
そして、サイレンの音。えー、私、どうなっちゃったの?そんなー。フラペチィノ~…