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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第14話 響く石
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14-3

「あなたのそれは、ピアノだろ?」


 ある時笛吹がそう言った。


「あれ、ご存じなんですか。法師は全然知らないご様子でしたけど。」

「ああ、人間は知らないだろうな。うちのも試作品だし。あなたの演奏に耐えられるような物じゃない。」


 ん?人間は知らないだろうなって、どういうことだ。自分は人間じゃないみたいな言い草だけど。ツッコむべきかどうか迷っているうちに、笛吹が更に意味不明な言葉を継いだ。


「しかし、石が音楽を奏でられるとは知らなかった。器用なもんだな。」

「え、石?」

「うん。石だぞ、あなたは。」


 当たり前のように笛吹が言う。なんだ、石って。私は石ではないぞ。


 いや、待てよ。事情は分からないが、この夢ではそういう設定ということだな。私の体は石となり、音楽プレイヤーとして活動している。ラジオとか、昔のiPodとか、今ならスマホ…スマホは多機能すぎるからイメージと違うが、まあそういう感じってことか。だから何の感覚もないし、体も動かないんだな。なるほど、そう言われてみるとしっくりくるじゃないか。了解。


「我々は、あなたみたいな石からピアノのことを教えてもらったんだ。言葉だけだから、なかなか再現が難しいんだがな。」

「へえ。」

「だから、人間はまだ知らないんだ。人間は私たち程石テレパシーが達者じゃないからね。」


 なんかまた、専門用語が出てきたな。石テレパシーね。音楽プレイヤーたる私と話す力という事かな。っていうか、私の他にもピアノについて伝授できる石族がいたのか。ふうん。で、この笛吹の一族にはピアノが伝わっている、と。


「でも、法師は私と話せますよ。法師は人間なんですよね。」

「あの人間は目が見えないから、その分敏感なんだろう。それと多分、あなたが器用なんだ。石テレパシーの強さは、石の間でも個体差が大きいからな。」


 ふうん。まあ、私の夢だからな。多少、私に能力を盛ってあっても不思議ではないか。


 それから、あれやこれやとピアノの構造について訊かれたので、私は知る範囲で答えた。とはいっても、私は弾く専門を目指していたのであって、作る側・調節する側ではないので、どうしても知識は浅くなってしまう。それでも、笛吹には得るものがあったらしく、随分感謝された。


 ひとしきレクチャーが終わってから、ふううと笛吹は伸びをするような声を上げてから、ぼそりと呟いた。


「やっぱり、食っちまったら勿体ないよなあ。」

「え、食うって、何をですか?」

「んー、まあ、美味しい食べ物を、だよ。何を美味しいと思うかは、食う側の種や個体によるけどな。」


 分かったような分からないようなぼやけた答えを笛吹が返す。音楽を食うんだろうか?そういう種族なのか。ふむ、大分ファンタジー寄りの登場人物だったんだな、この人。


 それから笛吹は少し雑談をかわすと、また夜に来ると言い残して帰って行った。いつも思うけど、この人ヒマなんかな。琵琶法師でさえ、食べ物などをもらうために演奏活動してるっぽいんだけど。


 その晩、例によって我々は3人揃ってああでもないこうでもないとセッションを楽しんでいた。大抵私が脳内ライブラリーから引っ張り出してきた曲をベースにするのだが、最近では琵琶法師や笛吹のソロに他の者が参入する形式も登場している。そう。私が脳内でピアノを弾くと、その音も2人に伝わるらしいのだ。即興で一つの音楽を作り上げていくこのライブ感、本当に久しぶりだ。楽しすぎる。人前で弾くことはもう諦めていたけれど、別に誰にも聞かせなくたって良いんだな。自分のため、自分たちのためだけに弾いたって構わないわけだ。


 私は有頂天で、すっかりセッションに没頭していたのだが、ふと笛の音に混ざって声が聞こえた。


「誰かいる。」


 え、笛吹きながら喋ってんの。と思ったけど、そういえば石テレパシーとか言ってたな。テレパシーなら、口を使わなくても飛ばせるわけか。便利だな。セッション中でも使えるじゃん。


 ああ、今はそういう話じゃないよな。


「家主が帰ってきたんですかね。」

「どうだろう。あの気配は人間だ。…それも手練れの。」

「手練れって、そんな人が何してるんでしょう?」

「そこまでは分からんが、さっきから動かない。こちらの様子を窺っているのかも。」


 笛吹がそう言うと、ぴたりと琵琶の音が止まった。それを追って、私のピアノと笛吹の笛もすぐに止む。琵琶法師は静かに立ち上がり、がらりと小屋の戸を開けた。


「誰かおられるのですかな?生憎私は目が見えませんで分かりませんが、音楽をお聞きになりたいならどうぞお入りください。」


 穏やかな法師の声に、静寂が返ってくる。笛吹の気のせいだったのだろうと私は思ったが、そう言えばこの笛吹はファンタジー寄りの人だった。気配とかそういう第六感的なものには鋭敏なんじゃないか。となると、誰かが声を殺して気配を消して、闇に潜んでいるということになる。ああ、まあ、闇かどうか私にも琵琶法師にも分からないんだけど、こんな町はずれの山奥っぽい小屋の周りなら、夜は真っ暗だろう。そんなところでコソコソしている奴がまともであるはずがない。


 隠れたままでいられるのも気色悪いけど、襲い掛かって来られても嫌だなあ。山賊とか。


 私がもやもやしていたら、土を踏む足音が聞こえてきた。多分、琵琶法師に知らせるよう、わざと鳴らしている。


「…人間と石と、魔物だな。」


 その声に続いて、微かに金属を擦るような音が聞こえた。え、何事。魔物って言いましたか、今。消去法で行くと笛吹が魔物になるけれど。


「お前はこの人をどうするつもりだ。」


 これは、客人から笛吹に対する発言だな。私じゃないよな。


「どうもしない。一緒に演奏するだけだ。」

「信じられない。腹が減れば食うに違いない。」

「あのな、私は肉食わない種族なんだよ。草食なの。お前、勇者のくせに知らんだろ、そういう違いがあるの。いや、勇者だからこそ知ろうともしないのか。」


 ケッ、と笛吹が呟く。はあ、客人は勇者なのかね。勇者ってのは、見てわかるもんなんだろうか。名札でもつけて歩いているのか、髪の毛がツンツン尖っているのか。と、余分なところが気にかかる。


 そんなこんなで私が混乱していると、琵琶法師がどっかと音を立てて座り込んだ。


「はいはい、物騒なものは引っ込めて下さいな。ピアノさん、折角のお客様ですから、何か一曲始めて下さい。」

「あ、ああ、はい。」


 物騒なもの、出てたんかい。さっきの微かな金属音か。呑気に音楽なんか流してて良いのかね。そう思いつつも、一見さんに聴かせるピアノ曲を頭の中で検索する。素直にすとんとその良さが分かる曲。ベートーベンのピアノ・ソナタ、第30番ホ長調、これで行こう。


「ああ、良い曲だ。」

「さようですな。」


 すぐに笛と琵琶の音が重なり合う。この二人、本当に何にでも合わせてくるから、驚きを通り越して呆れる。すごすぎる。法師だろうと魔物だろうとファンタジー生物だろうと、何だって良いんじゃないのか。この才能を、才能以外の理由で潰すだなんて音楽の神への冒涜だ。この2人に手を挙げるっていうなら、えーと、そうだな。私にできることと言ったら、目を覚まして夢を消してやるぞ。脅しとしてしょぼいような、しょぼくないような。


 なんてことを考えているうちに、ピアノ・ソナタは終端を迎えた。とりあえずリクエストも無いので黙っていると、琵琶法師と笛吹も何も言わないし何も鳴らさない。招かれざる客人も黙ったままだ。え、これ、どうするの。

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