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と思っていたら、また戸が開いて、魔物が入ってきた。さっきのと似ているから、お仲間なんだろう。動作がやや緩慢で、全体に曲がってる感じなので、もしかしたらお年寄りなのかもしれない。
「あなたが、火打石だったという方ですか。」
お年寄りは私の方にやってきて、まじまじと私を眺める。
「石になる前は、人間でしたね?」
「えっ、分かるんですか?その通りです。人間でした。」
「そういう石が、時折現れます。そして、その石から魔物が生まれる。…という伝承があります。私も実際に見たのは初めてですが。」
ああ、レアケースなのか。私の前任の火打石も割れていなくなったようだけど、魔物が発生していたらこの持ち主が悲鳴の一つでも上げていたはず。平穏だったってことは、魔物にはならなかったんだろう。
「我々魔物の起源は、石なのだそうです。」
「へえ、そうなんですか。」
「諸説ありますが。」
逃げたな。
「現在では、特殊な種族を除き、魔物も人間と同じように有性生殖で子孫を残します。」
「私は、どうなんです?その、特殊なやつなんですか?」
「いや、ふつうは父と母から生まれる種族なんですが…はて。そちらに、魔物になるお心当たりはありませんか?」
心当たり、ねえ。バキンと行く前に、あのクソ勇者もどきにブチ切れて、怒りリミットブレイクしたことくらいか。私はその状況を穏当な表現に直して、お年寄りに説明した。
お年寄りはうんうんと幾度も深く頷いて聞いていたけれど、結局、原因はよく分からんと述べた。ああ、そうかよ。
「あなたはそうすると、その勇者に仕返しをしたいということなんですな?」
「そうですね、折角魔物になったなら、それくらいしてから元の世界に帰りたいです。」
どうやってあのクソ野郎どもを探すか…と考えかけて、ふと気づいた。私、あのクソ勇者ご一行の声は聞いていたけれど、姿は分からない。しかも、よくよく思い返すと、声っていうよりあれ、テレパシーっぽくて、こうやって耳で聞く声の質はさっぱり分からない。勇者が男か女かすら、はっきりしないのだ。言葉づかいでは男かなーと思ったけど、それだって、勇者は男だろうという先入観によるものかもしれない。
「ぐあー。しまったー。」
私は我を忘れて頭を抱え込んだ。突然唸り出した私に驚いて、お年寄りがどうしたのかと心配してくれる。私はまたお年寄りに思いのたけを吐き出し、お年寄りはうんうんと頷いて聞いてくれた。
「では諦めましょう。そもそも、魔物が人間の町に出て行って人探しをするのは無理ですしね。勇者を見つける前に殺されますよ。」
おいおい。お年寄り、さっきからシビアだな。うんうんと聞いてくれてる最中はすんごく優しくて、何か原因や解決法を考えてくれそうなのに。
「諦めましょうて、それでは私が魔物になった意味が無いですよ。」
「でも、どうしようもないじゃありませんか。姿も声も分からないのでは。」
「私なら分かります。」
と、横から細い声がした。血色が戻ったとはいえ、やせ衰えて横たわったままの元持ち主が、顔をこちらに向けていた。目だけが大きく見開かれ、ギラギラと不気味に輝いている。
「さっき、人間が石になって、魔物になるって言ってましたよね。私も魔物になれますか?」
「い、いや、伝承なので、なんとも…。」
「じゃあ、人間のままでも構いません。私、火打石さんのお手伝いをします。」
有無を言わさぬ迫力がある。友達も家族も死に絶えて、もう失うものなんて何もない。退く場所もない。行く当てもない。そんな追い詰められた人の極限の強さだろうか。クソ勇者に向けて死亡者リストを止むことなく淡々と読み上げていた時の雰囲気に近い。この人もまた、リミットブレイクしてたんだな。身体が元気じゃないってだけで。
とはいえ、それを言われた側は困る。私が同じ立場でも、厄介なクレーマー来たわー、に似た感想を抱いたかもしれない。魔物たちは3人顔を見合わせ、アイコンタクトを取り合い、顔を横に振ったり縦に振ったりしていたが、最終的にお年寄りに判断を押し付けたらしい。そして、お年寄りは更に別のところに責任を持って行くことにしたようだ。
「まあ、とりあえずは、体力の回復が先でしょう。」
棚上げ、先送りっすね、はい。
こうして、私と元持ち主は、この寂れた村で元持ち主の身体の回復を待つことになった。人間に魔物印の野菜は食べられないので、どうやって手に入れたのか、人間の町で売られている食料が届けられ、元持ち主はそれをもりもり食べている。食欲があるというより、無理にでも詰め込んで一刻も早く回復しようという意志によるものだろう。
ちなみに私は、魔物の肉体を手に入れ、おなかがすくようになったので、魔物印の作物をもしゃもしゃ頂いている。体調を崩すことはないけど、なんかちょっとエグい。これが毒なのかな。
「そうです。我々だって、こんな土地じゃなくて、肥沃な大地でつくられた野菜の方が美味しいと思います。でも、そういうところには人間がいるから。」
と、回復役の魔物が芋をかじりながらつまらなさそうに言う。魔物ってのは、迫害されてんだなあ。迫害されてる上に、貴重な畑までぶんどられたわけか。まったく、あのクソ勇者もどきめ、とまた私はキレ散らかす。もうすっかり、気持ちは魔物になりきっている。
そうこうしているうちに、元持ち主は起き上がって動き回れるまでに回復した。生き残っていた他の村人たちもそれぞれ魔物の介抱を受けて、そこそこ元気を取り戻している。全員ではない。間に合わず、亡くなった人も多い。
歩けるようになった村人は、僅かな荷物を抱えて村を去って行った。この辺り一帯は土壌が貧しい上に、毒を含む。そもそも人間が住むには適していない。ひときわ毒濃度の高い地域で採れた魔物印の野菜を摂取していなくても、遅かれ早かれ同じ結果になるはずだったのだ。
「なのにさ、魔物が地面に毒ばら撒いて汚染したんじゃないかって、バカなこと言う奴がいてさ。こんだけお世話になっといて、何言ってるんだって話よ。そもそも、そんなの効率悪すぎでしょ、元々この辺人間いないんだからさ。人間を追い出したくて毒撒くなら、大きな町かもっと豊かな農地に決まってるじゃん。私が魔王なら町中の井戸と農地のそばの川に毒投げこむね。人間を根絶やしにしてやる、って。こんな誰もいない痩せた土地に毒撒くとか、その発想がマジわけわかんない。頭腐ってんじゃないの。」
これは私のセリフではない。脳内ですら言っていません。このキレ散らかしは私の元持ち主によるものである。以前は子どもの手前悪口を控えていた、あるいは、心身の不調で喚く元気が無かったのが、完全にタガが外れて気力体力満ち溢れ、本来の姿を取り戻したらしい。私も相当キレるタイプだけど、この人もなかなかである。
ぶりぶりと怒りながら、元持ち主はせっせと荷造りをする。手際が良い。というか、そんなに紐を力任せに引っ張るとちぎれるよ、ほらー。
「んもー。」
「はいはい、物に当たらない。」
私は元持ち主をなだめながら、紐を縒り合わせて直し、荷物を整える。できあがった大きな荷物を背負って、私は立ち上がった。私の方が力が強いから、力仕事は私の担当だ。
「さ、行くよ!」
元持ち主が勢いよくあばら家の戸を開け放った。出立にふさわしい、日本晴れだ。ここ、日本じゃないけどね。
こうして、私は元持ち主と共にあのクソ勇者もどきを探す旅を始めた。こうなると、別に私は人間でも良いんじゃないかという気もするけれど、魔物に変じてしまったものはしょうがない。まあ、人間よりだいぶ体が丈夫みたいだし、便利と言えば便利か。もしかしたら、元持ち主が魔物使いの勇者に見えるかもしれないけどね。
さあて、あいつらをぶちのめしに行こうぜ、相棒!