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ほんっとーに、クズだな!いや、クズって呼んだら、クズに申し訳ねえな。あの勇者の方がクズより下だよ。なあにが勇者だ。どこに勇があるって?疫病だと気づくや否や、村人おっぽり出して逃げ出すやつの、どこに勇があるって言うんだよ!ちっきちょう、帰って来やがれ。お前も疫病になっちまえ。大体、こうなったのも、お前が魔物印の作物をばら撒いてからじゃないか。あれが原因なんじゃないのか?責任取れよ。何なんだよ、許せない。
私はキレまくった。キレて、キレて、キレまくって、このまま石が割れて現世に帰るんじゃないかってくらいキレた。まあ、こうしてまたカチカチ音鳴らしてるってことは、相変わらず火打石なんですけどね。
ここで帰れたとしても、めっちゃくちゃムカつく。火打石ごときにできることなんかないけど、あの勇者に一泡吹かせてから帰りたい。でも、何もできないし。くっそー。
疫病に掛かることのない石である私は元気にキレ散らかしているが、私の持ち主も、ご近所さんも、もう生存ギリギリの状態となっている。
「魔物が作物に何か仕込んでたんじゃないかね。」
と、力なくご近所さんが言う。私もそう思ったし、村の中での主流の見解でもある。これを幾度となく、日々繰り返し呟いている。この人もお子さんを二人とも失って以来、本当に老け込んだ感じがする。
「そうかもしれない。でも、そうだったとしても、あの作物を食べないで生きていくことはできない。今だって、そうだよ。もう、畑仕事をする力が残っている人なんて、ほとんどいないんだから。」
「そうだね…。もう、町には帰れないな…。帰る体力もないし、帰ってもきっと、疫病を持ち込むなって石を投げられる。」
「あの勇者が、疫病のことを吹聴してるだろうしねえ。」
だろうな、あいつらならやりかねん。っていうか、絶対やってる。だって、以前は、時折この村に物を売りに来る人がいた。頻度は高くないけど、村人たちが減り始めてからも来てくれていた。それが、あのクソ勇者が逃げ出して以来、ぱったり途絶えている。間違いなく、疫病の話を聞いて、恐れて、近付かないのだ。
「もうこの村は、ダメだね…。」
「本当に、こんなところに来なければ良かった。」
この会話を最後に、ご近所さんは亡くなった。
私の持ち主も、ほとんど寝たきりで、ぼんやりしている。村からは人間の気配がしない。生きている人もいるけれど、まともに活動できていないのだ。かつて奪い取ってきた魔物印の作物を食べ、死にながら生きている。
私、この村の荒廃を見続け、見届け、そうして、どうなるんだろう。今ではもう、滅多にカチカチ鳴らされなくなった。みんな死に絶えて、風化して、全て忘れ去られて、そうしてまた新しい開拓者がやってきて…そんな繰り返しに置かれるのかな。石なんだからその可能性は高いけど。
…としんみりした気持ちになるかと思いきや、それはそれとして、あんのクソ勇者まじで許せん。私の怒りは消えることを知らない。
気持ちだけなら自然発火しまくりで、私の持ち主の命が消えゆくのを見つめていたある日、ごとごとと物音がして扉が開いた。
「生存者、1名発見。」
誰、誰?
「状態は?」
「極めて不良。直ちに治療を開始します。」
あら、あら、まあ、まあ?何だか知らないけど、誰かがやってきて、私の持ち主を救おうとしてくれているらしい。あのクソ勇者とは別の勇者だろうか。あのクソ野郎が世界を救う唯一無二の勇者だとは思えないからな。
「…どちら様ですか。」
あ、持ち主が話す気力を回復した。本当に久しぶりに声を聴いた。無事…ではないけど、元気が出てよかった。
「我々は、あなたが魔物と呼ぶものです。」
「えっ」
「あの畑の作物を食べましたね?」
「はい…あの、すみません…」
まあ、確かに、魔物から見りゃ泥棒というか、強盗だからね。とっさに謝りたくなる気持ちは分かるけど、悪いのはあのクソ勇者どもだと思うよ。
「食べるなと、あれほど言ったのに…。」
「ど、どういうことですか。」
「かつて、2度ほど勇者が畑を荒らしに来ました。我々は戦うのが得意でないから、すぐに逃げました。でも、畑のものには人間にとっての毒が含まれるので、食べたら大変だと思って何度も忠告したのです。遠巻きではありましたが、あの距離なら聞こえていたとは思うのですが…。」
「毒?疫病じゃないんですか。」
「感染なんかしませんよ。土壌に毒素が含まれているので、野菜にも毒が回るんです。我々は食べても平気なんですけど、人間は弱いから。」
小さい子から亡くなりませんでしたか、と訊かれて、私の持ち主は黙り込んだ。最初に亡くなったのは、ご近所さんの上の子だ。身体が小さいし肝臓も未発達だから、毒の摂取量が少なくても影響が大きいんだろう。
「ご心痛、お察し申し上げます。もっと早く、様子を見に来るべきでした。すみません。」
これ、魔物のセリフ?勇者よりよっぽど人格できてない?
っていうか、勇者、知ってたの?魔物印の作物に、毒があるってことを。で、あの呑気な会話してたわけ?ゴブリンの糞がどうとか。そんなレベルの話じゃないだろが。どうせ、魔物の言う事なんて無視しとけとか、ただの脅しだとか勝手に思い込んで、握りつぶして、自分も忘れ去ったんだろ。アホか、バカか、死ね勇者!ぜってー、ゆるさん!私が火打石だろうと、芋がらだろうと、豆の鞘だろうと、関係無い。絶対、絶対にガタガタ言わせてあぶく吹かせて、この世に生きていることを後悔させてやる!
あん?現世に帰る?そんなの、後回しだわボケ!私の子は、ちょっとくらい私が不在にしたって屁とも思わん。いざとなったら自分のことは自分でできるよう、ちゃんと躾けてきた。私がいると、つい甘えてしまうだけだ。あの子は、一人でも生きていける。
いや、帰るよ?いずれは帰るけどね。少しの間なら、大丈夫。あの子なら。むしろ、やれやれって煽ってくるはずだ。だって、私の子どもなんだからね。
だから、まずはあのクソたわけぼけカス勇者どもだ!天誅をくらわしてやるわ!!
私のキレ度はMAXを振り切り、リミットブレイクした。おかげで、火打石の体もブレイクした。バキン、とでかい音が聞こえた。
と思ったら、突然視界がクリアに広がった。すんごくぼろい小屋に、今にも死にそうなやせ細って土気色の老婆が横たわっている。いや、老婆じゃないな。本当はまだそんな歳じゃない。弱り過ぎて、そう見えるだけだ。その女性の傍らに、見たこともない生き物が屈みこんで、見たこともない光をぼうっと当てている。
「うわっ、あなた、一体どこから来たんですか?」
「へ?」
私は自分の両手を上げて、まじまじと見つめた。あれ、身体がある。動く。見える。聞こえる。感じる。でも、この身体、何?火打石じゃないぞ。でも、人間でもない。もしかして、魔物、なのかな?ここにいる奴らともまた違う感じだけど。
「いや、私、火打石だったんですけど…。そこのかまどの上にいたんじゃないかな。」
「え…うちの火打石ですか。さっき、破片が飛んできましたよ。ほら、きれいに二つに割れて。」
女性が細い手で石を差し出してきた。バキンと真っ二つの石がある。
「あー、あー、あー…」
私は分かったふりをして頷いてみたけれど、その実何も分かっちゃいない。
「とりあえず、おとなしくしていてください。我々じゃ、あなたが何なのか分からない。」
魔物の片割れが困り果てたように言った。私も困っております。
「はい。」
「後で詳しい者を呼んできますから、この方の治療が済むまで待っていてください。」
「はい。」
言われたとおりにするしかない。私は借りてきた猫のようにちょこんと静かに座って、治療が終わるのを待った。治療と言っても、何をしているのかは分からない。何か漢方みたいなものを飲ませているのは分かるけれど、注射もないし点滴もないし、その代わりに例の見たこともない光を当てている。あれが、魔法ってやつなんかね。興味は湧くが、今は静かにしていよう。私の持ち主…今は違うけど、彼女の治療に専念してほしいから。
そのうちに、土気色だった元持ち主の顔色には血色が戻り、呼吸も楽になったようだ。はたで見ていても、身体が楽になったんだろうなってのが分かる。急場は脱したんだろう。あー、良かった。と安堵したら、尻の方でピコピコ何か動く。何かじゃねえよ、私のしっぽだよ。感覚があるから分かる。何だ、しっぽまであるんか。
だー。どうなってんだ。