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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第13話 烈火の石
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13-2

 それからしばらくして、勇者御一行がまたやってきたようだった。何しろ、赤ちゃんが亡くなって日も浅い。そして、真実食べ物が無い。私の持ち主も、いささか冷たい態度に出た。


「申し訳ありませんが、お食事はご用意できません。」

「えっ、何もないんですか。お金なら、多少はお支払いしますが。」

「今お金があっても、それを使える町までは数日歩かなければなりません。そして、今我が家には野菜の皮くらいしかありません。あなた方にそれを食べさせたら、私の子が飢えてしまいます。」


 子どもにおなかいっぱい食べさせてあげられないってのは、辛いだろうな。子どもがいる私は容易に想像ができる。そして、この勇者も想像力というものを持っていたらしい。


「分かりました。今晩は、携帯食料でしのぎます。」


 食べ物、持ってるんかい。そんならこの貧しい家にたかるなよ。と言いたいけれど、私だって旅行して宿に泊まるなら、ごはんなんて持参しないな。ましてや、最寄りの町から歩いて数日かかるここまで来たということは、この勇者たちも自前の食料を消費つしつつ過ごしてきたのだろう。補給拠点と思ってたら肩透かし、というわけだ。気の毒ではある。


 翌日、勇者様御一行は朝早く家を出て行った。…らしい。私は光が見えないので、この家の食事サイクルで時を推測するに過ぎないから、確証はない。特に、最近食べるものが無くて食事時間が乱れてるし。


 ほら、今日もお子さんがおなか空かせて、ママにおねだりしてる。でも、何もない。豆の鞘しかない。そしてそれは晩のおかず。もう、ダメじゃん。どうするのよ、この先。


 と思っていたら、勇者様御一行が帰ってきた。


「魔物が占領していた畑を取り返して、作物を採ってきました。皆さん是非召し上がってください。」


 おお、やるじゃん。ちょっと見直したよ。


 その晩は、私の持ち主も、例のご近所さんも、そのほかの村の人たちもたらふく芋やら何やら食べたらしい。私も大いに活躍した…と言いたいけれど、ガス台と違って火を付けたり消したりしないから、一度活躍したらほぼお役御免である。寂しい。


 でも、ちょっと気になることがあった。


 私の持ち主がご近所さんのおうちに出かけていた時のことだ。かまどでぽこぽこ湧いていたお湯を勇者たちが少々頂いて、白湯を飲み始めた。まあ、それは良いんだけど、その時の仲間との会話だ。


「食料も少ないし、明日には立とうか。」


 え、いっぱい採ってきたんじゃないの。と私は訝る。


「そうしよう。魔物が育ててた野菜とか、食べられないもんね。見た目は同じだけど、どんな肥料使ってるか知れたもんじゃないし。」

「人肉とか?」

「それは肥料にせずに食うでしょ、あいつら。そうじゃなくて、ゴブリンの糞とか、嫌じゃん。」

「あー、分かる。」


 いや、わっかんねえよ、お前らの根性が。なに、自分が食いたくないもの、村の人たちに食わせてるわけ?で、恩着せてるってか?何こいつら。


 とはいえ、勇者たちが持ち帰ってきた作物も、取り返した畑に残されている野菜も、この困窮した村の人たちにとっては貴重な食糧だ。この家の子もめちゃくちゃ喜んでふかし芋はふはふしてたし。それは事実だよ。けど、なんかなー。なに、この、ムカつき。久々にキレたわ。打たれてなくても火花散ったかもしれん。


 翌日、このクソ勇者どもは何事もなかったかのように爽やかに去って行った。どれほど村の人たちが勧めても、皆さんの貴重な食糧を頂くわけにはまいりません、などと涼しい顔をして嘘を言い、魔物畑から採ってきたものは一切口にしなかった。


 クソ勇者の本性を知る由もない私の持ち主は、感謝感激雨あられである。かつては勇者というものに文句を垂れていたけれど、すっかり改心して勇者の再来をお待ち申し上げるようになった。というのも、クソ勇者がゲットした畑ってのが大した面積ではなかったからだ。諸人こぞりて収穫物を食べてしまうと、あっという間になくなってしまう。もちろん、次の作物を植え付けてはいるようだが、そんなにすぐに食べられるようにはならない。


「そろそろまた、勇者様がいらっしゃるといいねえ。」


 などとご近所さんと話し合う。


 そうこうしているうちに、ご近所さんの上の子が体調を崩した。あれよあれよという間もなく、天に召されてしまう。悲しみに暮れていると、またそんなタイミングで例のクソ勇者ご一行が現れた。こいつら、何か見計らって来てるんじゃないの、と私はいちゃもんを付けたくなる。まあ、不幸の直後をわざわざ狙う意味ってのは私にも分からんのだが。


 ああ、ダメだね。こいつ嫌な奴、と思うと、何でも黒く見えてしまう。私の悪いクセ。この勇者のもたらしてくれた食料が村の人たちを救ったのは間違いないんだから、多少問題発言があったとしても、プラスマイナスで行けばプラスでしょう。反省、反省。


 勇者ご一行は、前回と同じように魔物畑を奪い取り、作物を振る舞い、そして自分たちは持参した食料だけを食べた。村の人たちはもう、勇者様様万歳三唱、あっぱれ英雄ここにありの扱いである。金さえありゃ、銅像でもおっ建てるんじゃないだろうか。私には違和感しかない。


 それからまた、村の人たちは魔物印の作物を食べ続けた。植え付けたものも順調に生育中らしい。おかげで、食料的にはかなり安定し始めたみたいだ。豊かとは言い難いけれど、豆の鞘をご馳走と呼ぶ必要はない。私が起こした火も、芋とか穀類とか、栄養と消化の良さそうなものを調理している。


 それなのに、村の人口が減り始めた。じわじわ、なんかじゃない。統計を取る必要もないスピードで減っている。だからこそ、持ち主の噂話を漏れ聞いているだけの私でも分かるのだ。子どもと年寄りが死にやすい。けれど、一番丈夫そうな若い男なんかも死んでいる。あそこの誰が亡くなった、あっちの誰が亡くなった、持ち主とご近所さんの話題もそんなネタばかりだ。


 そうしているうちに、私の持ち主のお子さんも亡くなってしまった。毎日ご飯を食べて、遊んで、お話ししている様子をずっと聞いていたのに。病みついて声がしなくなってからは、あっという間だった。


 どうしたら良いんだろう。どうしたら良かったんだろう。火打石にできることなんて何もないけれど、辛い。せめてもの救いは、亡くなる前にはおなかいっぱいにまともな物を食べることができたということか。でも、おなかペコペコでも生きていてくれる方が良いに決まっている。


 私の持ち主も、すっかり元気を失った。精神的なものだけじゃない。この人もまた、病を得ているような気がする。私を打つカチッカチッという音にも切れが無い。大丈夫かな。大丈夫じゃないよね、これ。


 こんなふうに一気に共同体の人口が減るとくれば、定番の原因は疫病だ。村の人たちも、それを恐れている気配がある。実際、死んだわけでもないのに村から姿を消す人が出始めているようだ。逃げたんだ。


 村がこんな陰惨な状態に陥った頃、例の勇者ご一行が3度目に現れた。逗留先と決めているのか、私の持ち主の家にやってきて、不安そうに話をする。


「随分、皆さんの顔色がお悪いようですが、どうかなさいましたか?食料が尽きたのでしょうか。」

「いえ、おかげさまで、まだ畑の作物は残っています。使う量も減りましたし。」

「それはどういう意味ですか?」

「お気づきになりませんでしたか。うちの子、いませんよね。亡くなったんです。」

「あ…ええと、ご愁傷様です。」

「向こうのお子さんも、あちらのお爺さんも、お隣のご夫婦も、亡くなりました。」


 私の持ち主、なんかもう、ヤケクソっぽい。次々と、勇者の前で亡くなった人を列挙していく。勇者は物も言えずに、押し黙ったままだ。


 持ち主が死亡者全員を読み上げ終え、口を閉ざすと、勇者はようやく声を絞り出した。


「それ絶対、疫病ですよね、ヤバっ。」


 言うに事欠いて、第一声がそれかよ。


 と思っていたら、クソ勇者ども、慌てふためいて家から飛び出して行った。どこに行ったかは、かまどのそばに置かれた私には分からないけれど、多分、村の外に逃げたんだ。だって、クソ勇者どもはそれっきり姿を現さなかったのだから。

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