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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第13話 烈火の石
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13-1

 ああ、時間が無い。子どもを叩き起こして、弁当を作って、朝食の支度をして、まだ起きてこない子どもをもう一度叩き起こして、自分の身支度をして、子どもを追い出して、私も出かける。ギリギリすぎる。一本でも逃したらアウトだ。走らないと間に合わない。


 全然起きないくせに、起こしてやらないとさんざん文句言う。自分で起きりゃ良いじゃないか。何で当たり前みたいな顔して弁当持って行くわけ?自分で作れよ。汚れた弁当箱はちっとも洗い場に出さないし。昨日だって夜のうちに出しておかなくて、朝になったら堂々と食卓に置いてあった。ただでさえ時間ないのに、洗うところからやれって?私は奴隷じゃない。養育義務と無条件無制限無償奉仕とは違うはずだ。


 仕事に行けば行ったで、時間が無い。業務量に対して人員が少なすぎる。オフィスからランチにお出かけ?冗談じゃない。そんな時間ない。今日もコーヒーとカロリーメイトを片手にパソコン叩きながら「昼休憩」だ。それだけやっても、定時なんてただの通過点。今日も残業確定。だけど、子どもの夕飯を作りに帰らなきゃいけない。ギリギリまでこなして、また走って帰る。それなのに、「またスーパーの総菜?飽きた」とか文句言われるんだから世話ないわ。だったら米炊くくらいしておけよ!


 またキレてる、と子どもがしょっちゅう言う。こんな生活してたら誰でもキレるわ!


 ああ、時間が無い!と駆け出したら駅の階段を踏み外した。


 イタッと思ったときには、辺りは真っ暗。何も聞こえず見えず。身体動かないし。何、これ。私、急いでるんだけど。冗談はやめてよ。


 またキレそうになった時、カッカッと硬い物同士をぶつける音がした。


「あー、良いね、この火打石。よく出るわ。」


 はぁ?火打石?何の話よ。っていうか、いつの時代?そんなことより、この状況、何とかならないのだろうか。なんで、何の感覚もないんだろう。さっきは勢いでキレかけたけど、よくよく考えたら怒ってる場合ではない。不安の方がむくむく育ってきた。


 何、何が起こってる?誰か助けて!と思ったら、どこかから反応があった。


「時間が無いので手短に説明しますね。あなたは石に転生しました。多分、火打石です。私の後継です。以上。」

「は?」

「私、割れかけで、もう逝っちゃうので、サヨウナラ。頑張ってね。」

「は?」


 は?の一言に思い切り不快感と皮肉を込めたつもりだけど、通じなかった。というか、もうそれきりその人からの反応は得られなかった。私のことが気に入らなくて無視しているか、どこかに逃げたかだろうか。


 それとも、本当に私、火打石に転生?確かに、さっき誰かが火打石とか言っているのが聞こえたし、ぶつける音もしたけれど。そんな転生ってありだろうか。いやその前に、私、死んだの?ちょっと待ってよ、まだ全然若いんですけど。そりゃ若者を名乗るほどじゃないですけど、平均寿命なんてまだまだ先だし。やめてよ。子どもだってまだ手がかかるのに。死んでる場合じゃない。私が死んだらあの子どうなるの。


 だというのに、カッカッばかり聞こえてくる。まじかー。何で火打石やねん。意味分からんわ。


「お母さん、今日のご飯、何?」

「今日は魚の煮つけ。」


 はあー。炊事をやる辺りにいるのかね、私は。かまどとか。想像もつかないけど。私だって、ご飯作るために帰るところだったんだけどな。煮魚なんて、もうずいぶん長いこと作ってない。私も子どももメバルの煮つけとか好きなんだけど、下ごしらえや片付けに手間がかかるので、つい切り身や出来合いのものに頼っちゃってたな。


 ああ、何としても生き返らなきゃ。私の先任?はどうやら割れて、火打石を脱却したみたいだし。向こうの体が無事ならきっと戻れるだろう。私は階段から落ちただけだから、打ち所が悪くなきゃ何とかなるはず。


 割れろ!私、割れろ!砕け散れ!


 と私はひたすら念じたけれども、全然効果なし。ひたすら火花を散らすしか能がない。くぅ~。


 そんなことをしている間にも、私は火を起こし、何やかんやとお料理が作られる。献立をずっと聞いていると、おかずがあんまりない。魚が出たのは最初の時くらいで、あとは野菜スープ、芋の煮っころがし、煮豆、そんなのばかり。最初の食事が無かったらヴィーガンか菜食主義だと勘違いしそう。でも、子どもも特に文句を言わない。うちだったら大ブーイングで食べてくれやしないよ。いい子だねえ。


 でも、さすがに粗食が続きすぎたのか、ぽそりと控えめに呟いた。


「お魚食べたいなあ。」

「また今度、勇者様をお泊めするときにね。」


 は?勇者?


 ああ、そうだった。私、転生したんだよね。火打石とかかまどとかイメージしてたから、てっきり過去に転生したんだと思っていたけど、異世界系なのかな。剣と魔法と勇者と魔王ってやつかね。べただね~。べたな世界で、火打石かよ…。せめて村人Aにしてくれよ。何度でも「ここはマルペケの村です」って繰り返してやるからさ。


 ぶうたれてたら、久しぶりにたんぱく質のおかずが出てきた。


「あ、お魚の塩焼きだ!」

「ごめんね、これは勇者様の分なの。今日はたくさんお泊りになるから、うちの分は無いの。」

「えー…」


 えー。勇者って、なに、太平洋戦争中の軍人さんみたいな扱いなの?そりゃ、世界平和のために危険を顧みず肉体労働してるんだろうけどさ。成長期の子どもだってたんぱく質要るよ?芋がらと豆のスープじゃねえ…。


 ところがどっこい、その芋がらと豆すらも危機的な状況に陥っていることが判明した。ご近所さんがやってきたのだ。


「食べるもの、何か分けてくれない?上の子も腹ペコだけど、下の子のためのお乳が出なくて…。」


 ご近所さん、かなりへろへろな感じ。食うや食わずやではあるまいか。見えないけど、きっとがりがりだろう。


「芋がらくらいしかないけど。」

「ありがとう!すっごく助かる。」


 い、芋がらで超絶感謝されちゃうのか。本当に、太平洋戦争末期的な状況じゃないの。やっぱり、異世界じゃなくて過去転生の方かなあ。


「はあ…こんなところ、来たくなかった。町で狭い家に押し込められて、使用人としてこき使われるのは嫌だって夫が言うから、しょうがなく付いてきたけどさ。町の方がずっとマシだよ。」

「本当だよね。土地が悪いせいか、全然作物育たないし。魚も獣も捕れないし。」

「おまけに、魔物が出るじゃない?私、この間も見かけちゃった。何食べてんのか知らないけど、丸々肥えてさ。ああ、嫌だ嫌だ。町に帰りたいよ。こんな土地を開拓するなんて、無理なんだよ。」

「ねー。勇者が来るたびに、乏しい食糧で歓待してやってるけどさ、全然魔物減ってないよね。何なの、あいつら。もう来ないで欲しいくらい。」

「でも、そうすると魔物が…ねえ。」


 はーあ、と二人はため息をついた。どうやら、太平洋戦争末期の線は消えたみたい。あの時代、焼夷弾は降っても、魔物は現れない。どっちがマシかは、どちらも経験していない私には分からないけれど。


 その後も、このご近所さんは食べ物の無心に現れた。ずうずうしい、というよりは、なりふり構っていられないくらいどん底まで困窮しているようだ。そのことを私の持ち主も知っているので、乏しい食料を僅かずつ融通してあげている。


 それでも、限界ってものがある。ある日もやってきたご近所さんのお願いを、私の持ち主はとうとうお断りした。ご近所さんも、お互いの事情は分かり切っているので、文句も不平も言わずに静かに立ち去って行った。


 それから間もなく、ご近所さんの赤ちゃんはお乳が足りなくて亡くなったらしい。私の持ち主の責任ではないけれど、それでも気落ちするのが人情というもの。持ち主も言葉少なになってしまった。

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