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あーあ、イケオジ用のイヤリング、作ってあげたいねえ。と、私はまたぞろあれやこれやとデザインを考える。一度考え始めると、時を忘れて没頭しちゃう。ふと気が付いた時には、またあの生意気なガキンチョの声が聞こえていた。
「久々にお客様のようだ。行ってくる。」
「また卵を使うのですか。」
「いや…あれは卵が通用しなさそうな相手だな。」
ゆで卵好きかどうかって、見て分かるもんなのかしら。私には分からんけどねえ。でも、イケオジは笑ったりはせずに、真面目に受け答えをする。そういうところが、ステキなのよね。
「ならば、私も参りましょう。」
「ああ、準備はしておいてくれ。でも、まずは見ていてくれないかな。考えがあるんだ。」
あら。お子ちゃま、一人で頑張るんだ。っていっても、この子アホだから、また変なことするんでしょうねえ。
って思っていたら、やっぱり、相も変わらずお客様はアホ仲間のようだった。
「魔王よ、ここで会ったが百年目。今こそ恨みを晴らさせていただく!」
このお子ちゃまが、あなたに何したって言うのかねえ。かなりアホで、ちょっぴり生意気なだけじゃないの。お金持ちへの嫉妬かしら?私だって裕福ではないけれど、偶然に金持ちの家に生まれてしまったってだけでその子を恨む気は起きないね。
「勇者よ、幾多の戦いを潜り抜け、長き道のりを行き、さぞ疲れたであろう。」
あら、お子ちゃまは余裕たっぷり。まあ、生まれた時からその裕福さを僻まれ続けていれば、慣れるものかもしれない。
「疲れなど、感じるものか!」
「強がらずとも良い。そんな疲れた肉体に、よく効くこちらのお土産はいかがかな。」
「何だその怪しい白い粉は。それで何をするつもりだ。」
「何をするか、だと?簡単だ。この湯の花をこのように、湯に溶かす。すると、何と、ご自宅で温泉気分が味わえる。」
「お、温泉、だと…?!」
ほわわわわ~ん、と湯気が立ち上っている気がする。気がするだけだけど。
「今すぐお帰り頂けるなら、一人一瓶ずつ差し上げよう。どうかな?」
「…それで、何回分くらいの温泉になるんだ。」
「浴槽の大きさによるが、一般的な人間の家庭用浴槽であれば10回分ほどだ。」
「そ、そんなに!?」
「勇者様、私、あれ、欲しいです!」
「温泉入りてえ…もうクタクタだよ。勇者~、あれ貰って帰ろ~。」
また食いついてるよ、このお客様たち。何なんでしょね。
でも、今回のお客様のリーダーには少し自制心があった。
「こここ、ここまで来て、魔王を倒さずに帰ることなど、できようか。みんな、今までの苦労を思い出すんだ。傷もたくさん負った。土産のために頑張ったわけじゃないだろう。」
お友達を説得しつつ、ぐっと踏みとどまっている。エライ、エライ。すぐに懐柔されてしまった卵チームとは一味違うね。
でも、お子ちゃまの方が一枚上手だった。
「この湯は傷にもよく効くぞ。お肌もすべすべ。」
「帰らせて頂きます。」
ボキッとあっさりいったな、おい。
こうして湯の花をゲットしたお客様たちは、また家令に案内されて素直におうちを出て行ったみたい。おかげで、イケオジが一人でため息大合唱になっている。お子ちゃまはニッコニコのウッフウフだけど。
「また、こんな姑息な手段を…。」
「姑息じゃない。平和的解決だと言っただろう。このために、人間の家庭用浴槽の大きさも調べておいたんだからな。」
「それはお見事ですが。こんなこと、いつまでもは続きませんよ。」
「分かっているよ。でも、これは必要な種を撒いているんだ。いつか、芽吹くはずだ。」
何の種だか。ここに温泉街でも作るつもりかしら?それなら、地味だけど広報になっているかもね。この子、そのうち温泉まんじゅうとか温玉ソフトクリームとか、他のお土産も作りだすんじゃないかしら。
っていうか、お子ちゃまの邸宅って、湯の花採れるほど温泉が出るのか。さすがね。良いおうちに住んでるなあ。地熱発電所まで作っちゃったりできるんじゃないの。なんてったって、大富豪みたいだから。
あ、待ってよ。そんなことより、温泉とイケオジ。イケオジのお色気シーンじゃないの、ここは。いやーん。待って、待って。筋肉は絶対よ。もしかしたら、傷跡なんかもあるかもしれないね。胸毛、胸毛はどうかしら。濃いのは好きじゃないけど、イケオジならあっても許される気がする。私が許す。お湯は絶対に熱めよね。でも、アッツ!とか弱音は吐かないわけよ。男は黙って耐える、みたいなね。で、茹だっちゃったら、少し上がってほてりを冷まして、ええ、そのシーンが絶妙にお色気なわけですよ。四角く硬い大殿筋とか…見たい、見たい。いえ、見ませんよ、そんな破廉恥な。想像するのが楽しいの。
「定時だな。今日はもう良いから、上がりなさい。」
お子ちゃまの声が聞こえて、私は我に返った。いけない。ソファによだれ垂れたかも。
「ゆっくり温泉にでも浸かってきたらどうだ。」
ナイスな提案ね、お子ちゃま。この子、気が利くんじゃないの。でも、イケオジは御屋形様たるお子ちゃまが気になる様子。そういう気遣いができるところも、いいのよね。好き。
「魔王様はこの後いかがなさいますか?」
「少し考えることがある。気にするな、お前は先に休みなさい。」
「何か御懸念が?」
「いや…ああ、温泉まんじゅうって、どうだろう。湯の花を練りこむのかな。」
「硫黄臭いまんじゅうは、人間には食えないのではないでしょうか。」
「そうだな、彼らは身体が弱いからな。じゃあ、どういうのが良いんだろう。」
黒糖蒸しパンみたいな薄皮に、漉し餡よ。で、蒸すの。お坊ちゃん、蒸しパンとあんこくらい知ってるでしょ。エシレバターと生クリームたっぷりの洋菓子ばっかり食べてるわけじゃないんでしょ。何で硫黄を練りこもうとするのよ。んもう、富裕層ってのは、温泉まんじゅうの一つも食べたことが無いのかねえ。ちなみに、粒あんの温泉まんじゅうもあるかもしれないけど、私の好みは漉し餡なの。
「なるほど。というわけで、さあ、温泉に行ってきなさい。」
「は、はあ。今日はやけに温泉を推されますな。」
「うん。その耳飾りも一緒に入ると良いよ。」
「金属は傷みますよ。」
「いいんだ。きっと、そろそろだからさ。」
何がそろそろなのやら。と思ったのはたぶん、私だけじゃなくてイケオジも同じ。
でも、イケオジは言われたとおりに仕事を切り上げて、温泉に向かったみたい。ただ、ルンルンうきうきスキップスキップ嬉しいなって気分ではなさそう。このイケオジ、御屋形様たるお子ちゃまがとっても気になるご様子。忠義に篤いって、イケオジの良いポイントよね。私もこんなイケオジにお仕えされてみたい。
「はあ…」
温泉に入るっていうのに、楽しくなさそうなため息。ねえイケオジ、仕事も良いけど、切り替えって大事よ。私もついつい没入しちゃって、時間も食事も睡眠も忘れちゃうから、よく分かるの。結局、そうやって気が付かないうちに自分を摩耗してると、作品も荒れてくる。人間って、いえ、どんな生き物もそうでしょうね、ちゃんと休まないとダメみたいよ。
「む…ああ、いかん、いかん。着けたまま入れと言われていた。」
あ、イヤリングのことかしらね。私としては、温泉には外して入ってほしいけれど。お子ちゃまはどういうつもりなのかしら。
「おふざけになるのも大概にしていただきたいな…。」
愚痴が漏れてますよ、イケオジ。でも、しょうがないね。あんなアホの子の相手を毎日していたら。きっとお疲れよね。お湯で癒されて頂戴。
「…しかし…きっと…。はぁ…」
ため息、深し。何を考えているのかしら。
「本当に、私は、役に立たないな。」
そんなこと、ない、ない。なに、イケオジ、急にどうしちゃったの。元気出して。ちょっと、お子ちゃま、イケオジが落ち込んでるじゃない。もう少し、自己肯定感をはぐくめるような労働環境にしてあげなさいよ。
ああ、こんなとき、私ならイケオジにぴったりのイヤリングをそっと耳元に飾って、指輪をそのゴツい指にはめて、筋骨隆々たる首元にネックレスを回して、そうやって少しでも勇気づけてあげるんだけど。アクセサリーは、ただの飾りじゃない。武器なのよ。背筋を伸ばし、自分の心を奮い立たせ、困難に立ち向かうための。
そう。私は、アクセサリーを作る。私の思い出を飾るためだけじゃない、身に着ける人たちを応援するために。私、イケオジにこれ以上ないってくらいふさわしいイヤリング、作ってみせる。イケオジが「気色悪い」だなんて思わずに、共に時間を過ごしたいって思えるような物を。
俄然やる気とファイトが湧いてきた。私はカッと両眼を見開いた。遮光カーテンを引いて電気を消していたから薄暗いけれど、目が暗闇に慣れているからうすぼんやりと部屋の様子は見える。
ちょっと傷つくことを言われたからって、凹んでる場合じゃない。小さい傷なら磨けば治るし、大きな傷で歪んじゃったなら別の形に生まれ変わらせれば良いのだから。
やるぞ、私。まずは、あのイケオジ用のイヤリングからだ。あのお子ちゃまなら、いくら良いお値段を付けたって買ってくれそうね。ふふ。
私はコーヒーを淹れようとしてやめ、緑茶とおまんじゅうを持ってアトリエに向かった。