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異世界転石  作者: 七田 遊穂
第12話 宝石
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12-1

 なぜこの職業を選んだのですか?と訊かれたら、長々と説明する準備がある。私は目を閉じて、ソファに深く身を預け、半ば脱力しながらそのインタビューの光景を妄想した。


 そう、それは私の初恋。私は一目で恋に落ち、来る日も来る日もその人のことを想い続け、でも、その恋は実らなかった。だから、せめて、その人の耳元でそっと揺れて、その人に聞こえない声で私の想いを囁き、その人の声を一心に受け続けたいと願った。そのために、私はアクセサリー職人の道を志した。


 あら、意外と長くならなかった。けれど、かいつまめばそんなもの。というわけで、私はせっせと毎日アクセサリーを作っている。初恋の人、次に好きになった人、その次に好きになった人…とにかくたくさんの素敵な人たちのそばに寄り添い続けることを夢想して。


 ああ…このイヤリングになりたい。そして、あの人の柔らかな耳朶を甘噛みするようにそっと挟んで、そこで揺れていたい…


「また石とお戯れですか。それはいい加減にして、武芸の鍛錬をなさってください。」


 あら、誰の声?声っていうか、想いが直接届いているみたい。何となく、渋い。イケオジってやつかしら。それだけでもう、いただきまーすって言いたいところ。


「あーあ、今からやろうと思ってたのに、言われたからやる気なくした。」


 あら、別の声?お子ちゃまかしらね。うーん、私はどちらかと言うまでもなく断然年上が好みなんだけれど。


「そんな聞き分けの無い子どものようなことをおっしゃらないでください。」

「そんな大きな声を出さなくても聞こえるよ、うるさいなあ。」

「いつもすぐに我らが駆け付けられるとは限らないのですよ。最低限、ご自分で御身を守って頂かないと。」

「はい、はい。」


 何かしら。超富裕層の有名人の一人っ子とか?それで、身代金目的の誘拐やら何やらで、割かし日常的に不審者が近くにいる子なのかな。お金持ちってのも大変ねえ。


 でも、それより大変なのはきっと、こっちのイケオジね。こういう気難しくて気位が高くて我儘で自分は万能で世界の中心にいると思ってるようなガキンチョをおだてて褒めて言うこと聞かせるなんて、ホント精神的重労働だと思う。ええ、そう、私、子ども嫌いなの。だって、アクセサリーを大事にしないでしょ。私の作品は繊細なの。引っ張ったり投げたり踏んづけたり、身に着けたまんまお砂場直行したりドッジボールしたり、そういう扱いをする子どもは大嫌い。


 なんて思ってたら、お子ちゃまの方がくすくすと笑った。まるで私の言ったことを聞いているみたいね。おあいにく様、私からお子ちゃまに語る言葉なんてありませんから。そちらからも何も言わないでいただきたい。


「分かった、分かった。」

「分かったなら、早速訓練に参りましょう。」

「ああ、そっちの話じゃない。」

「どういうことですか?」

「気にしないでくれ。そんなことより、私が強くなるよりも手っ取り早い方法を思いついたんだ。ほら、これ、どうだろう。」

「何ですか、この真っ黒い物体…卵ですか。」


 イケオジの不信感、爆上がり。お子ちゃまってば、イケオジを困らせてないで、言うこと聞きなさいよね、まったく。


 で、その黒い卵って、何なのよ。


「ゆで卵だ。温泉の成分でこんな色になるんだ。」


 へえ。温泉の熱で作ったってことかしら。おうちに温泉あるの?まあ、何でも良いけれど、それで何をどうするつもりなのやら。と思ったのはイケオジも同じ。


「はあ。それで、どうなさるのですか。」

「買収してやるんだ。」

「できるとは思えませんが。」

「まあ、見ていなさい。ほら、丁度良くお客様だ。出迎えてくるよ。…あ、念のため、お前もすぐ出られるように待機しておいてくれよ。」

「かしこまりました。」


 イケオジの呆れっぷりが伝わってくる。私も呆れたいけれど、ちょっと状況が読めないので保留。わざわざお出迎えするようなお客様を、ゆで卵で、買収?イケオジが待機するっていうことは、危険かもしれないってことだと思うけれど。この子、アホの子なのかしら。


 そう思っていたら、新しい登場人物が現れた。


「貴様が魔王か!」


 …アホの仲間かしらね、これは。


「よく来た、勇者よ。ここまでたどり着いたことは称賛に値する。」


 これはお子ちゃまね。ああ、やっぱり、お客様っていうのはお子ちゃまのお仲間に間違いない。イケオジ困らせてまで何してるんだか、全く。


「というわけで、ご褒美にお土産を渡すので、おとなしく帰ってくれないだろうか。」

「は?」

「この黒卵だ。」

「な、なんだその、おぞましい真っ黒な物体は…!さては毒か魔法弾だな!その手は食わないぞ!」

「いや、ほら、殻は黒いのだがこうして剥くと、中は真っ白い茹で卵。魔王城名物にしようと思っている。」

「…黄身もあるな…本当に卵なのか。」

「一つ試食に差し上げよう。塩もあるぞ。」

「…う、うまい…。独特の匂いはあるが、それがかえってコクとうま味を増し、多重層に味わいの世界を広げている…。」


 えっ、あれだけ警戒していたのに、あっさり食べちゃったの、このお仲間。やっぱりアホだねえ…。しかも、急に何そのグルメレポ。聞いてるこっちの力が抜けるわ。


「あなた方のパーティの人数分、準備した。どうだ、これで帰ってくれないか。」

「な、なにを…むぐむぐ…バカなことを…むぐむぐ。そんな手には乗らないぞ。」


 と言いながら、チラッと欲が出ているのは分かるのよ。いやしんぼだねえ。


「今すぐお帰りになったあなたには、なんと、ご家族の分もプレゼント。」

「えっ!本当に?うち、きょうだい多いから、12人分欲しいんだが…。」

「私は4人家族ですねえ。」

「うちは…父と母と、姉夫婦と、あ、姉が妊娠しているからおなかの子を含めて6人だな。」

「私は妻と二人だ。となると2個だけかあ…。何か納得いかないなあ。」


 アホ仲間、もっといた。お子ちゃまの仲間の割には、年齢高めみたいね。妻帯者もいるだなんて。どういうお仲間なんでしょうねえ、本当に。とりあえず、みんなゆで卵大好きってのは明らかだけど。


「良いだろう。各人に12個ずつ与えよう。それで手を打たないか?」

「…分かった。」


 分かっちゃったの?このお仲間、何か他に目的があってきたんじゃないの?私はよく分からないなあ。


 私はまったく腑に落ちていないけれど、このアホ仲間たちは12個ずつゆで卵を貰って、お子ちゃまの家令か誰かに案内されて帰って行った。口先では偉そうに文句を言っていたけれど、ゆで卵が嬉しくてしょうがないのは私にはバレているのよ。揃いも揃ってどうしようもないアホだねえ。


 と思う存分呆れかえっていたら、私と同じくため息満々なご様子でイケオジが出てきた。


「今回はうまくいきましたが、毎回通用するとは思えませんよ。」

「ああ、分かってるよ。でも、作戦は複数用意しておいた方が良いだろう?」

「そもそも、あなた様がしっかりなさっていればそんな姑息な手段に頼らずとも…。」

「姑息じゃない。平和的解決と言ってくれ。それに、この卵本当に美味しいんだぞ。ほら。」

「ええ、まあ、それは認めますが…。」


 あ、認めるんだ。イケオジ認定美味黒卵。いやん、私も食べてみたくなっちゃう。


 あっ、いけないいけない。私までアホの仲間入りをしてしまうところだった。卵一つで大人たちを手玉に取ってしまうだなんて。恐ろしい子。


「そうだ、あと、この耳飾り。お前が着けていてくれないか。」

「何ですか、これは。例の石ですか。」

「うん。」

「あまり気分の良いものではないのですが。正直なところ、薄気味悪いと申しましょうか。」


 あら。イケオジ、アクセサリーはお嫌いなのかしら。ちょっと、いえ、かなりガックシ。


 いえいえ、私ならイケオジにぴったりの、イケオジが鼻息荒くなっちゃうような、そんなイヤリングを作りますとも。目を閉じている私、イケオジの姿は想像しかできないけれど、逆に想像だけだからこそ創作のイマジネーションも広がっていく。このイケオジにふさわしい素材、モチーフ、意匠、アイデアがどんどん湧いてきちゃう。あんなの、こんなの、そんなの…。


 と思ったら、またお子ちゃまのくすくす笑い。なーんか、失礼ね、この子。


「ごめん、ごめん。」

「謝っていただくほどのことではございませんが。」

「ああ、そうじゃなくて。この石は多分長持ちしないから、着けてやってくれよ。それに、これはお前には聴こえないんだろう?」

「ええ、はい、私は感度が低いものですから。しかし…まあ、魔王様の命とあらば着けますが…。」


 イケオジ、ほーんとに嫌みたい。心の声に「嫌だ、気色悪い」という気持ちがあふれ出ている。よっぽど不似合いなイヤリングなんでしょうね。気の毒になっちゃう。どんなアクセサリーにも罪はないけれど、やっぱり、それがひときわ輝く場ってものがある。身に着ける人の品格、その人の服装や髪形、着けていく場所なんかがすごく影響するのだけど、何より本人が気に入っていないというのはアクセサリーにとっては最悪な条件だと思う。私が丹精込めて磨き上げたものだって、いまいちだと思っている人が身に着けた途端にくすんでしまうんだから。



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